第35話 銀級冒険者の日常、それはポーションの作製 (2)

“ブルルル”

「おっ、気持ちいいかい?でもこんな枯草の束で作ったたわしでごめんな、今度街に行ったらお手入れ用のブラシを買おうな」


魔の森の中に佇む一軒の小屋、その脇で幌馬車から離された引き馬の背を枯草の束で拭くシャベル。引馬は気持ち良さ気に嘶きを上げ、シャベルに甘えるように頬を擦り付ける。


「ハハハ、やめてよ~。それじゃ今度は反対側ね。終わったら魔力水を飲ませてやるからな」


シャベルの生活に新たに加わった“家族”。

シャベルは引き馬の背を拭きながら、こんな穏やかな生活がいつまでも続けばいいと思わざるを得ないのであった。


シャベルの一日は朝の鍛錬から始まる。空が白み始める頃に起きだしたシャベルは、炊事場の桶に生活魔法<ウォーター>で水を出し、顔を洗ってから外に出る。

引き戸脇に立て掛けてあるお手製の棍棒を掴むと、目を瞑り自身の身体の中に語り掛ける。意識するのは戦闘スキル<棒術>。


“ブンッ、シュッ、ブンブンッ”

目の前に敵がいることを想定し、一振り一振りに思いを込め、実戦を想定したシャベルの鍛錬は、幼少期に伸び悩んでいた彼の実力を確実に引き上げるものとなっていた。


「春、夏、おはよう。ほかのみんなもおはよう。今日は四体同時でお願い」

素振りが終われば今度は乱取り、敵に気取られずに行動することを得意とするフォレストビッグワームたちを相手にした訓練は、シャベルの周辺感知能力、索敵能力を格段に引き上げることに役立つものであった。

実際マルセリオからの帰り道に多くの冒険者たちの待ち伏せを受けた際も、遠方からその人数を正確に知る事が出来ていた。


“バッ、ババッ、シュッ、ババッ”

“・・・・・・バッ、ドガッ”

「ダ~ッ、イタタタタ。夏、お前気配消すの上手過ぎない?全く分からなかったんだけど。と言うか時々春と風と水の気配が感じ取れてたのって、もしかしてわざと?

俺って誘われてたとか?」

フォレストビッグワームの夏に背中を小突かれ地面に転がったシャベルは、痛む背中を摩りながら彼らに問い掛ける。

その問いに四体の従魔たちは、楽し気にクネクネと身を捩る。


「う~、次は負けないからな、もう一回だ!」

““““クネクネクネクネ♪””””

シャベルと従魔たちの鍛錬という名の戯れは、少しずつ、だが確実にシャベルを鍛え上げていくのであった。



“パチンッ、パチンッ”

竈の炎に薪をくべ、掛けられた調薬鍋の様子を見る。湯の中に沈む癒し草が鍋底に焦げ付かないようたまにヘラで動かしては再び竈の炎に目を向ける。

自分は不器用である、多くの事を熟す事は出来ない。

やりたい事はある、やらないといけない事もある。だが今は目標であるマジックポーチを手に入れるため、ポーションを作り続けなければならない。


自分は器用ではない、多くの物事に目を向けてそれぞれを同時に熟す事など出来ようはずもない。

シャベルは三日間のポーション作成と一日のお休みという生活を、食料の貯えの続く一月の間ただ只管に続けて行くのであった。


「さて、今日はよろしく頼むよ、日向ひなた

“ブルルルル”

シャベルにそう言葉を掛けられ首筋を撫でられた日向はうれしそうに顔を摺り寄せながら嘶きを上げる。

日々引き馬の世話をしていたシャベルは、ただ馬と呼ぶことに味気なさを感じていた。この引き馬は自身の仲間である、自身の家族である。ならば名前を呼んであげるべきなのではないか?

小難しい事を覚えていることに自信のないシャベルの名付けの仕方は単純である。忘れにくいか否か。日向という名前も、この引き馬が森の木々の隙間に出来る日の当たる場所でよく昼寝をしている姿からとったものであった。


「それじゃ皆行ってくるね、風と水は護衛の方よろしくお願いします。天多は小屋の管理をお願い、他のみんなも周辺の警戒をお願いします」


“ガタガタガタガタ”

動き出した幌馬車、シャベルは御者台に座り手綱を握る。荷台の上にはフォレストビッグワームの風と水が乗り込み、楽しげに身体をクネクネと揺すっている。

留守番を言い渡されたフォレストビッグワームたちはそれぞれの持ち場に移動して警戒態勢に入り、スライムの天多はピョンピョンと跳ねて小屋の屋根に飛び乗った。

それぞれが自分の出来る事をする、大好きな主人、シャベルの帰る場所を守るために。


夕日が差し日が暮れようとした頃、シャベルは街道沿いにある草原の野営地で野営の準備を行っていた。野営と言っても普段の生活と何ら変わらず、薪で火を起こし、簡易竈に鍋を掛け、癒し草とホーンラビットの干し肉と岩塩でスープを作る。

魔の森の小屋での生活では、ここに水で溶かした小麦粉を流し入れたりもするのだが、野営地では簡単な食事が基本。

それでも冬場は主食としていたメニューであり、味は保証出来る代物だ。


「風と水、今夜の夜番はお願いね。俺は荷台で横にならせてもらうね」

日向の飼葉と水の世話を終えたシャベルは、フォレストビッグワームの二体に声を掛け身体を休める為に幌馬車へと潜り込む。

外套を身体に掛け横になったシャベルは、“これ、上掛けの毛皮でも欲しいな”と一人呟くのであった。


「次、身分と目的を告げよ」

翌日目を覚ましたシャベルは、簡単な朝食を摂ると早速幌馬車を走らせ、目的地の街ヘイゼル男爵領リンデルへ向かうことにした。


「はい、薬師のシャベルと申します。本日は作り置きをしましたポーションの納品のために薬師ギルドへと向かうところです。こちらが薬師ギルドのギルドカードになります」

そう言い薬師ギルドのギルドカードを提示するシャベル。


「ふむ、職外の薬師か、珍しいな。なんでもスキルなしに調薬を行うそうだな、相当大変だと聞いた事がある。まぁなんにしても薬師が増えるのはいいことだ、頑張ってくれ。よし、通れ」

「ありがとうございます、失礼します」

“ガタガタガタ”


シャベルは御者台から手綱を操り幌馬車を街の中へと進める。リンデルの街は以前訪れた時と変わらず、活気に溢れているのであった。



「こんにちは、薬師ギルドリンデル支部へようこそ。本日は買取という事でよろしいでしょうか?」

薬師ギルドの場所は街の人に聞く事ですぐに辿り着く事が出来た。

シャベルはギルド前の馬車停めに幌馬車をつなぎ留め、ギルド受付ホールにある買取カウンターに向かったのである。


「はい、今日はポーションの納品に参りました。こちらがギルドカードになります。

それで本数があるんですがカウンターに並べてもよろしいでしょうか?」

シャベルが差し出したギルドカード、そこに記された職外の印に訝し気な視線を向ける買取職員。


「はぁ、職外の方ですか。何かそういう制度が出来たらしいですね。なんでもスキルなしにポーションを作ることのできるレシピが発表されてから見習い薬師の中からそう言った者が出てきているとか。

まぁこっちとしてはちゃんとしたポーションさえ納品してくれるんなら職外だろうが調薬系職業持ちだろうがどちらでもいいんですが」

職員は明らかに面倒といった口調でシャベルの提出するポーションを一本ずつ念入りに鑑定していくのであった。


「えっと、シャベルさんは本当に職外のギルド会員なんですよね?確か一回の調薬に三時間半掛かる上に火力の調整が非常に難しい例のポーション作成レシピを使って調薬されている・・・」

買取職員は驚愕といった表情でシャベルの事を見詰める。それはポーションレシピによるポーション作成の困難さを理解しているからこその言葉であり、シャベルが提出した六十三本のポーションが全て良品であったことに対する驚きでもあった。


「あ、はい。その通りです。やはり女神さまのお与えになってくださる職業というものはすごいですね。私ではこの数のポーションを作製するのに一月は掛かってしまいますが、皆さんは二日もあれば作り上げてしまう。本当に敵いませんよ」

そういい頭を掻くシャベルに、“イヤイヤイヤ、スキル無しでこれだけの量を作るあんたには負けるから”と心の中で叫ぶ買取職員。そしてこの思いはこの会話を聞く受付ホールにいる全職員の心の声を代弁するものでもあった。


「では金貨一枚分を口座に入れて、残り銀貨二十六枚からポーション瓶百本の支払いの銀貨八枚を引いた銀貨十八枚のお渡しになります」

買取職員はそう言い皿に銀貨十八枚を並べるとシャベルに差し出した。


「確かに、それではポーション瓶は外の幌馬車の方にお願いします」

シャベルは銀貨を皮袋に仕舞うと買取職員に声を掛ける。買取職員は販売所の職員に合図を送ると、「本日はありがとうございました、またのご利用をお待ちしています」と声を掛け、シャベルを見送るのであった。


“ガタガタガタガタ”

リンデルの街中を幌馬車で移動すること暫し、目的の場所に到着したシャベルは道に迷わずに辿り着けた事にほっと胸を撫でおろす。

そこはこじんまりとした商店であり、御者台から降りたシャベルは世話しなく働く店の主人に声を掛ける。


「こんにちはアルマさん、いつぞやはお世話になりました。なんとか銀級冒険者昇格試験に合格したのでお約束通り顔を出させてもらいました」

背後から掛けられた声に顔を向けたアルマは驚きに目を見開く。それはかつて街道で会った銀級冒険者昇格試験を受けている最中というテイマーの青年の姿であったからだ。


「えっ、君はいつぞやの。そうか無事合格したのか、おめでとう。でもいいのかい、君はテイマーだろう?あの立派な従魔を連れていたら街にいられないんじゃないのかい?」

アルマの心配はもっともなものであった。ここヘイゼル男爵領はテイマーに厳しい領地であり、従魔の街の滞在を禁止している土地でもあるからだ。


「ご心配ありがとうございます。今日はフォレストビッグワームは連れてきていません。流石にリンデルで用事を済ませようと思ったら従魔と一緒だと大変ですので」

そう言い苦笑いをするシャベルに、同じく苦笑いで返すアルマ。


「まぁそう言う事なら仕方がない。それで今日は買い物に来てくれたのかな?それとも顔を見せに来てくれたのかな?」


「はい、小麦粉を大袋でいただけますか?それと煮豆に使える豆があったら一緒に。後馬の手入れに使うブラシが欲しいんですが」


「あぁ、小麦と豆はすぐに用意できるよ、大袋だと銀貨の値段になるけど大丈夫かい?それとブラシだったね。申し訳ないけど馬用のものは置いてないんだ、そう言ったものは街門近くの馬具専門店を覗いてみてもらえるかい?」

アルマは申し訳なさそうな顔で答えると、急ぎ店の奥から小麦粉の大袋を運んでくるのでした。


「何かすまないね、大しておまけもしてあげれないのにこんなに沢山買ってもらって」

アルマはそう言いながらもニコニコした顔を崩さずにシャベルを見詰める。


「いえ、こちらこそ助かります。ジフテリアほどは遠くないとはいえリンデルも馬車で二日は掛かりますから。一度に色々買い物出来るのはとても助かるんですよ」

シャベルはこの際と小麦粉を大袋で二つ、大豆を大袋で一つ、日和り豆を大袋で一つ、その他手拭や服、紙とペン、インクといった細々としたものを購入し、銀貨十二枚の大人買いをしていたのである。


「それに木箱をいくつもいただいちゃって、これって本当に助かります、どうもありがとうございました」

久々のまともな買い物に気分の高揚したシャベルは、店主のアルマによくよく礼をしつつジローナ商会を後にするのであった。



「いや~、久々の買い物は楽しかったな~。小麦粉も沢山買えたし、豆を買えたのは大きいよね。豆があればおいしい煮込みが作れるからね」

草原の野営地、シャベルは日向の背中にブラシを掛けながらリンデルの街での買い物の事を振り返る。ジローナ商会では混ぜ物無しの小麦粉や豆を買う事が出来た。市場での買い物では時として質の悪い商品の上に普通のものを被せて売る者もいる。

シャベルはそうした事をスコッピー男爵家下男の元冒険者ジルバから教わっていたし、実際街で嫌われ始めた時にはそうした者たちからよく声を掛けられたりもした。

まともな商品を扱う誠実な商人と取引出来るという事は、とても幸運でありがたいことなのだ。


「アルマさんに紹介してもらった馬具店でいい感じのブラシも購入出来たし、これからは買い物はリンデルに来ればいいね、マルセリオはマジックポーチの購入資金が貯まってからという事で」


冒険者たちによる襲撃未遂事件は、マルセリオの街からシャベルの足を遠のかせるに十分な出来事であった。

更に言えばマルセリオの街に頼る必要がなくなった今、シャベルにとってマルセリオは近くて遠い街という位置付けになっていったのである。


「風と水もお留守番をしてくれてありがとうね。今夜も夜番、よろしくお願いします」

““クネクネクネクネ””


新しい街での新しい生活。シャベルは幌馬車の荷台に潜り込むと、今日の出来事を女神さまに感謝し、心地よい眠りにつくのであった。







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