第40話 千筋縄
「よっしゃぁ! ようやく一本取った!」
嬉しそうにガッツポーズを取る少年。
「たっちゃんすごーい!」
少年よりも少し幼い可愛らしいお姫様が嬉しそうに笑う。
(……久しぶりに一本取られてぎょっとしたもんじゃな……)
しかもそれだけではない。
(あの爺さんの一撃とよく似ていたな…………………)
自分が負けなしの頃に初めて敗北を知らされたあの老人によく似ていたのだ。
そのせいで一瞬を呆けてしまっていたのも月婆は覚えている。
そして……
「やーいババア! ここまでおいで♪ べろべろべぇ♪」
調子に乗って煽りまくるクソガキ。
「しゃがれたババア♪ 枯れ切ったババア♪ 老いぼれたババア♪」
子供と言うのはかくも残酷であり……そして、浅はかでもある。
「このくそがきゃぁぁぁぁ!!」
「うぎゃあああああああ!!」
ぼこぼこぼこぼこぼこ!!
月婆は煽りまくる少年をぼこぼこにしてやった!
※
「月婆! 起きたのね!」
嬉しそうに月婆を見下ろす真尼。
月婆は視界いっぱいに広がる真尼の髪と綺麗な顔を見てすぐにどういう状況かわかった。
「姫様……ご無事でしたか……」
真尼の明るい笑顔を見てほっとする月婆だが、真尼は逆に怒る。
「月婆は無茶しすぎ! 危なかったんだからね!」
「すみませぬ……」
そう言ってゆっくり起き上がる月婆。
(姫様の癒しの祈祷のお陰で助かったようじゃの……)
大体の状況を把握する月婆。
真尼はこう見えてもかなり高位の神官でもあり、祈祷術はほぼすべて習得している。
「しかし、あの者が妖人であったとは……」
月婆は思い返して苦々しい顔になる。
真尼が「泥棒猫がいる」と言い出したので、懲らしめるのを一緒に付いて行っただけだった。
何しろこのお姫様なら相手を殺しかねない。
なので最悪の場合止める為に付いて行ったのだが、こんな状況になってしまった。
真尼も苦々しい顔で同意する。
「あの女があんなに強かったなんて……」
「そもそも妖人は弱くても熟練の傾奇者に相当しまする。相手が悪うございました」
そもそも妖人とは知恵のある妖怪人間なので、上手く隠れるし、倒すのが難しいし、一見するとただの一般人なので見つけようがない上に、奇怪な術を操るのでそう簡単には行かない。
真尼が悔し気にぼやく。
「月婆で互角の相手なんて……初めて見たわ」
「わたくしめでこれです。なみの相手ではひとたまりもありませんでしょう……」
月婆は最強の傾奇者の一人でもあり、今でも最強議論の常連だ。
年老いて衰えたとは言え、そうそう負けることは無い。
真尼は不安そうにぼやく。
「たっちゃん……大丈夫かしら? 月婆ですら倒せなかったのに……」
真尼の不安そうな顔を見て月婆は少しだけ笑う。
「大丈夫ですよ。あやつはああ見えてしぶとく狡猾なクソガキですから」
「もう……月婆はいつもたっちゃんをクソガキ呼ばわりする……………………」
口を尖らせて抗議する真尼だが、月婆はあることに気づいた。
「はて? 姫様。ひょっとしてあやつは一人で妖人を倒しに行ったのですか?」
「違うわ。鬼平様に報告したら、これから討伐に向かうって言ってた。よくわからないけど北町と南町にもお願いして行くって言ってたわ」
「なるほど……………………」
それを聞いて少しホッとする月婆。
(さすがは鬼平……判断が早い)
逃げられる恐れもあるからすぐに行動を起こしたのだろう。
北町と南町の奉行所にも救援を要請しているので何とかなるだろうと考える月婆だが、真尼はそれでも不安そうだ
「たっちゃん……」
「姫様。大丈夫ですよ。妖人も一筋縄ではいきませんが……………………」
そう言いながらくすりと笑う月婆。
「あやつは劉邦よりもしぶとく、趙高よりも狡賢い者です。一筋どころか千筋縄でも行かない男でがございます」
そう言って月婆は秦末期の偉人に例えて笑うのだが、真尼の顔は暗い。
「でもでも! たっちゃんは月婆に一回しか勝てなかったじゃない! 月婆にも勝てないのに妖人なんて……………………」
不安そうな真尼に月婆は笑い飛ばした。
「ひゃっひゃつひゃっ! 確かにそうでしたねぇ……………………姫様。確かにあやつと私に一度しか勝ったことがありません。百に一つしか勝てないでしょうなぁ……」
「だったら! 私も助けに行った方が…………………」
「ですが、姫様。その百に一つを一番最初に持ってくることが出来る男なのです……」
「……えっ?」
きょとんとする真尼に笑いながら月婆は言った。
「最初の一回だけは勝つことが出来る男です。そしてどんな生き物も命は一つしかありません。この勝負は必ずあやつが勝ちます」
自信満々に笑う月婆にきょとんし続ける真尼であった。
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