第16話 彩芹屋
「それで今日はどうするつもりなの?」
くるくる……
真尼は目の前のナポリタンを箸でくるくる回しながら康隆に尋ねた。
あれから風呂屋を出て、伊太利料理の店『彩芹屋(さいぜりや)』にご飯を食べに入った。
この世界ではパスタとかも普通にあるが、箸で食べるのが常識だ。
たらこパスタの大を食べ、木の椀に入った葡萄酒を飲んでいる康隆が答える。
「と言っても、今日は家に帰るだけだよ?」
「わかったわ」
あっさりと引き下がる真尼だが、月婆が慌てて言った。
「姫様! あの長屋に入るのはダメですよ!」
「えー? 婚約者なんだから入って良いでしょ?」
さらりと不思議そうに答える真尼。
ただ、流石に康隆が慌てて言った。
「流石にあの長屋で姫様を守るのは無理!」
「大げさねぇ……たかが一泊するだけじゃない」
不思議そうな真尼に蒙波が説明した。
「あんたが『男』ならな。あそこにいるのはならず者ばかりだ。どんなに腕に覚えがあっても寝ているときは不用心だからな。俺たちも守るというのは簡単だが集団で襲ってくる連中には太刀打ちできん。明日の仕事のこともあるから、今日のところは宿に帰りな」
「むぅ……」
頬を膨らませて不満げな顔になる真尼に月婆も更に言い募る。
「姫様。わたくしも現役時代は何度もあの長屋で襲われたものです。若い娘が入るようなところではありません。ましてや姫様は富貴の身分を持っておられます。貞操は未来の旦那様に渡すべきです」
「ぐぬぬぬぬ……」
渋面になって月婆の説得に唸る真尼。
実際、こういった事件が日常茶飯事なのも傾奇者の世界である。
蒙波は月婆の意外な話を聞いてすこしだけ聞いた。
「あんたも大変な思いしてたんだな……」
「わしの場合はむしろバッチコイじゃったな。一度に百人の腰が立たなくなるまでしたこともあったのう……数人程度では欲求不満じゃ」
「それはそれですごいな!」
呆れる蒙波だが、大事なことに気づいた。
「そういや、あんた兎人だったな……三大多淫の……」
「わしからすればやりたい時にやらん方がわからん。姫様のように富貴の身分で貞操が大事な方ならともかく、平民なら結婚前に数百人付き合うぐらい当たり前じゃろう? 逆に貞操守りすぎてこじらせてしまう奴もおるんじゃから、それに比べたらこっちの方がマシじゃ」
「いや流石に経験人数が数百人はおかしいだろ?」
あっさりと独自の価値観を語る月婆。
蜘蛛人が三大ヤンデレなら、兎人は三大痴女と言われており、男女ともやたらと性交することで知られている。
まあ、こういったことはそれぞれの価値観の違いだろう。
流石に真尼もため息を吐いた。
「仕方ないわね。宿に戻るわ」
「そうそう。今日のところは帰らないと」
若干ウキウキ顔で言う康隆に少しだけ眉を顰める真尼。
「私は江戸城前の御公儀旅籠に居るわ……と言うか、康隆もそこに泊まればいいじゃない」
「それやると明日荷物取りに長屋に一回行かないといけないから、二度手間だからやめよう?」
「仕方ないわねぇ」
真尼は残念そうに立ち上がって月婆に言った。
「じゃあ、宿に戻りましょうか」
「はい姫様」
「お疲れ様~」
そう言って外に出て真尼が見えなくなるまで見送る康隆……………………
「行ったな……………………」
にやりと笑って康隆は席にもどって嬉しそうに言った。
「よっしゃ! ようやく岡場所で遊べる!」
「お前……ある意味凄いな……」
蒙波があきれ顔でぼやく。
岡場所とは風俗街のことで、幕府が唯一認めているのは吉原だが、そこだけでは足りないので勝手に売春を営んでいるのが岡場所である。
正規ではないので何かと軽いのが特徴だが、そこへ康隆は行こうとした。
蒙波も立ち上がって言った。
「俺は先に戻るから。早く帰って来いよ」
「わかったよ! 千住に行ってくるわ~♪」
そう言って二人は勘定を払って店を出た。
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