サプライズ忍者、ダンジョン配信に乱入する。

ZIPA

サプライズ忍者inダンジョン

 魔法文明が発展し、魔法道具も様々な分野に広がって、家庭製品として無くてはならなくなった時代───


 そんな時代になっても、未踏破のダンジョンというものは数多く点在していた。


 ダンジョンには、深層に行くほど屈強なモンスターが数多く棲息していると言われているが、ダンジョンから出てくることは無いし、地下三階までは比較的安全で、半ば観光名所みたいになっている。


 近年、治安維持関係者もダンジョンから引き上げており、それを良いことに深層に向かう配信者達が増えていた。


 現在は魔法道具の発展も相まって、ダンジョン配信というのが流行っているらしく、魔法学校のクラスメイト達もそれに夢中になっている。



「はぁ~…なんで皆こんなのに夢中なんだろ…。私の感性がおかしいのかなぁ?」

 放課後の教室。

 三つ編みメガネにセーラー服の生徒が、スマホで動画を観ている。


 背丈が小さく、十七になるというのに私服だと小学生に間違われる事すらあるのがコンプレックスの少女。

 マジカは友達の話題に付いて行けないことを憂いていた。

「はぁ~…」と、再び大きな溜め息をついているマジカに声が掛かった。


「よっすマジカ~!一緒に帰ろ~!」

 ハツラツとした明るい声が教室に響く。


「プリスちゃん、もういいの?」

「へーきへーき!」


 彼女の名前はプリス。

 活発で明るく砕けた性格。オシャレや流行りにも敏感な子で、日焼けした褐色の肌に眩しい笑顔でマジカに接してきた。

 マジカのことを気に掛けてくれていて、彼女とはよく一緒に遊んでいる。


 彼女との日常は、普段ならマジカがやらないような事など二人で挑戦したり、それが良い刺激になっててとても楽しい。

 最近は二人で動画配信をやったりしているものの、全く伸びず。同時接続数も一桁を超えることがないのだけがちょっとした悩みだった。


「それよりも待たせてごめんね!暇だったでしょ?」

「ううん、大丈夫。暇つぶししてたし」

 そうプリスに返すと、彼女はスマホの動画に気付いて、覗き込んでくる。


「ほほぅ?マジカが読書じゃなく動画とは珍しいですにゃあ?」

「う、うん…私達も配信してるけど、伸びたことないでしょ?何か参考にならないかなって思って」


「真面目だねぇ~!でもマジカも再生数とか気にするようになりましたかぁ…ってこの動画、ダンジョン生配信!?」

「クラスの皆が話題にしてたから、ちょっと気になって観てたんだけど…」


 その話を聞いて、プリスはしばらく思考を巡らせる。

「ん~、じゃあさ!ウチらもやってみる?ダンジョン配信」


 唐突な提案にマジカは目をパチクリさせた。参考の為に観ていただけで、ダンジョンにそこまで興味はなかったからだ。

「…えっ!?でも、人気順だとバトルばっかりになってるし、私達には向かないんじゃ?」

「ダンジョン配信って言っても、バトルだけじゃないよ~?それこそ観光地めぐりみたいな事をしてる人もいるし!キャンプとか!」


「でも、危ないんじゃ…」

「フフフ、そこは任せて?安全圏内で出来ることだって色々あるみたいだから!」

 プリスの勢いに押され、あれよあれよと予定を組まれるマジカであった。



 ───そんなこんなで、休日の朝。

 プリスに「なんでも挑戦してみなきゃね!」と背中を押され、ダンジョンへとやってきた。


 物々しいイメージを持っていたが、何か看板やら出店やらが並んでいて、お祭り会場みたいに賑わっている。

 観光地にもなっているというのは本当のようで、他の配信者らしき人たちもショッピング等をしているようだ。

 低階層が安全というのはどうやら本当らしい。


 <今日の目的はレアモンスター探し!>


 ポピュラーかつ安全な階層でも出来る!と、プリスの触れ込みだったので、今回はそれに挑戦することにしている。

 低階層なら人間にも友好的で、可愛いレアモンスターもいる!と言われて興味が湧き、実は楽しみで仕方がなかった。


 それもあってか、今日は早く来すぎてしまった…。ここでプリスと合流する予定だけど、約束の時間まで三十分くらい余裕がある。


 時間があるならと思い立ち、他の配信者や観光客の邪魔にならないように隅っこに行って、ひっそりと魔法道具の撮影魔材ドローン等を改めてチェックすることにした。


「ちゃんと一通り揃ってるよね?ドローンも…うん!バッチリ起動するし…えーと、録画と配信開始のボタンは…うん!大丈夫、大丈夫!」


 まだ時間があるのに緊張してくる。

 早くプリスちゃん来ないかなぁ…と、マジカが辺りを見回した時、それは目の前に現れた。


 白いウサギに似た姿をしているが、妖精にも似た透き通る羽を生やしており、宙に浮かんでいる。

 二つの意味でフワフワしていて可愛い!

 確か、低階層でも見掛ける害のない珍しいモンスターだったと思う。

 名前は…なんていったっけ?でも、こういうのは視聴者に訊ねた方が詳しかったりするものだ。


 なんてことを色々と考えていると、レアモンスターがフワフワと去って行ってしまう。


「ま、待って!姿だけでも撮らせて!」

 マジカは慌ててドローンを起動させ、姿だけでも残そうと撮影ボタンを押し後を追う。

 慌てたのが良くなかったのか、レアモンスターも驚いて逃げ出してしまった。


「ああっ、ごめん!驚かせるつもりじゃ…」

 そう言った時には既にレアモンスターの姿は見えなくなっていて、マジカはガックリと肩を落とす。


 レアモンスターの映像を残して、後でプリスを少し驚かせたい!という欲が出たのが良くなかったのかもしれない。

 マジカは反省し、トボトボと元の場所へと戻ろうとした──瞬間だった。不意に足元で魔力が広がるのを感じたのは。

 気付いた時には手遅れで、魔法の光に包まれていた。


「えっ!?嘘っ?!」

 比較的安全とはいえ、ここもダンジョン内部。

 トラップなどが生成されることもあるのだ、しかもこれは──転送トラップ!!


 滅多に出現しない罠な上、低階層は業者が定期的に解除してくれてるらしいのだが、マジカは運悪く生成されたばかりの罠にハマってしまったようだった。


 光に呑み込まれた後、マジカの視界が戻った時…。そこには見たことがない光景が広がっていた。

 先ほどまで居た観光地とは違い、空気が重い。

 一切の魔力を感じないのにダンジョン内は赤紫色に発光していて不気味だった。


「嘘…でしょ…?ここどこぉ…?」

 やけに静かで、起動させていたドローンだけがマジカの近くを漂っている。

 いきなりの転送で呆気に取られていたものの、自分の置かれている状況、それに実感が伴ってきて緊張が走り、孤独感で泣き出したくなる。


 元の場所に帰らなきゃ…、助けを呼ばなきゃ!

 そんな焦る気持ちを一度グッと堪え、まずは身の安全を確保すべく、マジカは学校で教わっていた身を隠す魔法を試みる。

「とにかく、隠密の呪文が先だよね…」


 しかし、いくら呪文を唱えてもパシュンという音を立てて魔法が失敗してしまう。

「な、なんで魔法が消えちゃうの…?」

 マジカは魔法が得意だし、成績も上から数えた方が早いくらいで唯一の取り柄だ…と思っていたが、それが使えず焦りと不安がさらに募っていく。


 こういう時こそ努めて冷静に、他に出来ること…。

「あっ、スマホで何とか連絡して…。えっと、あれっ?」


 スマホを取り出して初めて気付く、配信を開始してしまっていた事に。


『あっ、やっと気付いた!大丈夫!?』


 数少ない視聴者がこの状況に気付いていたようで、ずっとコメントをしてくれていた。


「は、はい!今のところ大丈夫…ですっ!」

 この状況に置かれたことを他の人が知ってくれているだけで少しだけホッと安心する。


『良かった、とりあえず配信画面は切らないで!場所を特定できる人が来てくれるかもだから…』

『治安維持局の連絡先は分かるかい?今回のは事故みたいなもんだから動いてくれると思う』

『もう私が連絡は入れといたよ!詳しい場所が分かったらまた連絡入れるから安心して!』


「あ、ありがとうございます!」

 マジカはドローンに向かってペコペコと頭を下げた。

 そして視聴者のアドバイスに従い、ドローンを撮影&スクリーン投影モードに切り替えて、コメントは見れるままにする。


 その操作をしていると、新たなコメントが入ってきた。

『そこ、魔法禁止区域じゃないか?それなら階層はある程度絞れると思うが…周りの撮影はできるかい?』


 同接数が増えている、どうやら誰かがこの事態を察して場所特定が出来る人を呼んでくれたようだった。

 同接数の増加よりも助けてくれようと動いてくれている事の方が嬉しかった。


「は、はいっ!やってみます」

 少しだけ希望が湧いてくる、何とかなるかもしれない。


『赤紫色の明かりで特定できないの?』

『その明かりが魔法禁止区域の証明ってだけだからな…それだけじゃ分からんのよ』


 視聴者も色々と考えてくれているようで、ともかくそれを信じて何か目印になりそうなモノを見付けたい。

 もしくは上へと行ける階段があれば、魔法が使えるかもしれないので、それにも少しだけ期待していた。


 周囲をドローンで映しながらダンジョンを歩くと、開けた場所に辿り着いた。

 ダンジョンというのに、湖が目の前に広がっている。

「あのっ!湖…が、ありました。これって目印になりませんか?」


 視聴者の知恵を貰おうと、ドローンに向かって話し掛けると、コメントが返ってくる。

『おぉ~!綺麗な場所やん?この状況じゃなきゃ撮れ高だったろうにのう…』

『特定班、はやくして、やくめでしょ?』


 少しだけ盛り上がるが、それに混じって経験者っぽい視聴者は何かを察したようだった。

『魔法禁止区域で…湖?』

『湖、マ?ヤバくね?はよ離れて』


 美しい場所に見えたが、どうも危険な場所のようでそこから離れるようにとのコメントがいくつか来ていた。

「えっ?危ない感じですか?…は、はい…そうします」


 元の場所へ引き返そうと、湖に背を向けた時。

 背後からザパリと水飛沫の上がる音が聞こえた。

 恐る恐る背後を振り返ると、そこには透明な鱗を纏った巨大なドラゴンが湖の中から出てきていた。

 こちらに完全に気付いているようで、目と目が合ってしまう。


『クリスタルドラゴン!?』

『あかん(アカン)』

『にげてええええええ』

 阿鼻叫喚のコメントが流れる…が、見る余裕はなかった。

 それでも逃げるしかないことは一目瞭然で、ここに入って来た通路に向かって駆け出す。


「──痛っ!」

 しかし湖周辺は砂利道で足場が悪く、足首を捻ってマジカは転んでしまう。

 急いで起き上がろうとするが、マジカの目の前に、ドラゴンの大きく開いた口が、牙が、迫っていた。


 恐怖でたまらず、まぶたをギュッと閉じる。

 そして、ガキィン!という音が響いたのを最後に、静寂に包まれた。


(ひょっとして私、もう死んじゃったのかな…?痛くも苦しくないし、一思いに死ねたのは良かったけど…プリスちゃんにも視聴者にも悪いことしちゃったな、私が死んだこと気にしなければいいけど…ごめんね皆…。お父さん、お母さんごめん…)


 死んだら、あの世に行くらしい。どんな所だろう?

 そう思い、ゆっくりと瞼を開けると…目の前に黒い影がいた。

 その影が剣と素手でドラゴンの口を抑え、ピタリと止まっている。



「ぬあ~っはっはっは~!!配信者に死なれたら逆に困るからな!拙者の獲物は渡さぬでござるよぉ」


(?????)


 マジカは夢でも見てるのかと思った。

 変な覆面で頭部を覆い隠し、黒ずくめの衣装で身を包んでいる妙な男が、高笑いをしながら意味不明な事を言っている。


「えっ?何??誰!?」


 一瞬、治安維持局の人が助けに来てくれたと思ったけれど、その制服を着ていないし、そういう人は顔を隠したりもしないだろう。

 ひょっとしたら同じ配信者が助けてくれたのかもしれない。


「ん?拙者?…拙者はサプライズのニンジャ。つまりサプライズ忍者!!」


「サプライズ…忍者…さん?」

「左様ッ!」

 小気味の良い返事と共にドラゴンを殴り飛ばしてドラゴンは湖へ、ドバァン!という音と共にブチ込まれた。


 高く水飛沫が上がり、それが小雨のように降り注ぐ。

 しかし、ドラゴンは怒りを剥き出しにして、再び湖から上がってこようとしていた。


「す、すごく怒らせちゃってますけど?!に、逃げましょう!」


 足首は捻ったせいで痛むが、何とか立ち上がってサプライズ忍者に声を掛ける。


「うーむ?サプライズ感、足りなかったでござるかね?」

「な、なに言ってるんですか!?そんな場合じゃないですよぉ!」


「仕方なし!分身の術!!!」

 マジカの言葉を無視して、サプライズ忍者が指を組むと…。サプライズ忍者がどんどん分身し始めた。

 何かの魔法なのだろうか?でも視聴者の人が魔法禁止区域とか言ってたし…よく分からない。


「さらに!忍法、重機関銃十字砲火の術!!!」

 サプライズ忍者がそう言葉を発すると、どこからともなく道具が出てきた、魔法兵器だろうか?


 呆気に取られて見ていると、分身の一人がマジカに話し掛けてきた。

「ちゃんと耳を塞ぐでござるよ?」


「えっ?えっ?」

「仕方ないでござるなぁ…」

 分身の一人が混乱しているマジカの耳にそっと手を添え、それと同時にズダダダダダダァン!!という炸裂音が聞こえてきた。

 フロアの空気が振動し、ドラゴンの透明な鱗が炸裂音と共に砕け散っていく。


 ドラゴンはギャアァン!という悲鳴にも似た叫び声を上げると、戦意喪失したのか湖の中へと逃げて行ってしまった。


「うむ!邪魔者は去ったでござるな?さて…」


 サプライズ忍者が再び指を組むと、ボンッ!という音と煙を上げて分身が消滅する。


「あのっ、ありがとうございます…助かりました」

 マジカは丁寧に頭を下げる。


「いや、礼にはおよばぬ!何故なら今からお主のアカウ…んん?」

「ど、どうかしました?」


 ドローンが映し出しているスクリーンが気になったようで、サプライズ忍者がそれをまじまじと見た。

「同接数、四十人…でござるか?」


「えっ?あっ…はいっ!凄いですよね?ウチのクラスより多いですよ!…健全な伸び方じゃないですけど」

「ええ?これでぇ?」

 マジカの反応とスクリーンを見て、サプライズ忍者は腕を組んで何か考え込み始めた。


(あっそうだ、心配かけた視聴者にも無事なことを伝えなきゃ!)

 そう思いスクリーンを見ると、色んなコメントが飛び交っていた。


『魔法禁止区域で魔法使ってたぞアイツ!?』

『気を付けた方がいいよ?流石に怪しすぎでしょ』

『あの魔法兵器なんだろ、初めて見るわ…こわぁー』

『とにかく無事で良かった、階層特定できたし治安維持局にも連絡しといたわ』


 視聴者もマジカの心配と、そして一連のおかしな出来事で混乱しているようだった。

「皆さん、ご心配お掛けしました!なんとか無事です。連絡もしてくれて、ありがとうございます」


『いいよ~!後はモンスターに見つからないように隠れてて』

『助かったならヨシ!』

『あっ、うわでた』

『うしろうしろー!!』


 コメントに従い、後ろに視線を移すとサプライズ忍者が気配を殺して背後に立っていた。

「きゃっ!?な、なんですか?」

「お主、視聴者を増やしてみぬか?」


 何を言っているのだろうこの人は…?

 マジカの現状は遭難に近く、それどころではない。

「い、いえ…私それ所じゃなくて…っ、痛ッ…」


「む?怪我したのでござるか?」

「あっ、大丈夫です!このくらいなら回復魔法で」

 先ほどサプライズ忍者も魔法を使っていたし、実はこの場所なら使えるかも?と、思って魔法を試みる。

 しかし、魔法はかき消されるだけであった。


「あれ?やっぱり使えない…なんで」


「まぁ、魔法禁止区域でごさるしな?」

 ションボリしていたマジカが、いつの間にか椅子に座らされており、怪我した側の靴と靴下が脱がされている。


「えっ!?」


 それに気付いた時には湿布を貼られていて、クルクルと手際よく包帯を巻き終え、サプライズ忍者が処置を終わらせていた。


「あ、あの…ありがとうございます。サプライズ忍者さん…」

「めんどくさいからサプ忍で良いでござるよ?お主の名は?」

「あっ…はい、マジカって言います。…あの、サプ忍さんも配信者なんですか?」

「ん~?拙者は違うでござるよ?ただのサプライズ忍者でござる」

「えっと、忍者…ってなんですか?」


 その一言がサプ忍には衝撃だったのか、ものすごいショックを受けた顔をしていた。

 覆面を被っているものの、表情がとても豊かなのが伝わるレベルで、マスク越しに驚きの顔を浮かべているのが分かる。


「くっ…、ならば説明しよう!闇に潜み、人目につかぬよう目立たず影に生きる!それが忍者でござる!」


 マジカは混乱した、滅茶苦茶ハデに暴れたのをしっかりと見ているからだ。


「あの…めちゃ目立ってますけど…。あっ!助ける為に仕方なく出てきたんですか?それなら、悪いことしちゃいました…ごめんなさい」


「何を謝ってるでござるか?目立ちたく無いと口だけで言いつつ、派手に目立つ事が目的なので大丈夫でござるよ!むしろ本懐みたいな?」


(?????)


 支離滅裂な思考を聞かされ、マジカは頭がおかしくなりそうだった。


『良くない薬物とかキメてらっしゃる?』

『たぶん新手の変態だと思うんですけど(指摘)』

『誰か警察の人呼んで!あっ、もう呼んでたわ、早よ来て』

 良かった、視聴者の反応からして私がおかしくなったワケじゃなさそうで安心する。


「というワケで、同接数を伸ばす算段を今から一緒に考えるでござる!」

 なにが…「というワケ」なのだろう?


 でも、サプ忍は何か自信がありそうだし、少しだけなら話を聞いておいても損はないかもしれない。

 参考になるかもだし…。

「伸ばすって言われても…、何をすればいいんでしょう」


「なに、簡単でござる。ダンジョンでお風呂配信!ポロリもあるよ!これで一発でござる!」

「一発でBANじゃないですか!?というか嫌ですよ!ダンジョンも関係ないですし…」


「大丈夫でござるよぉ~!拙者は全年齢向けサプライズ忍者でござるから。謎の光や湯煙大量発生で大事な所を隠したりする術も完備!チョー余裕の御茶の子でござるよ?」


「言ってる意味が分かりませんし、そういう問題じゃないんですけど…。というか伸ばすなら健全に伸ばしたいじゃないですか、恥ずかしいのもちょっと…」


「真面目でござるなぁ。まずはどんな形であれ人目につかねば評価もされぬよ?伸ばしたいなら先ずは勝負の舞台に上がる所からでござる」


「えぇ…?」

 もっともらしい事を言い出した──ような気がする。一理あるかもしれないと少しだけ納得しそうになる。


『言われてみたらそう…なのか?』

『そうかな…そうかも…』

 視聴者も丸め込まれ始めていた。


「そもそも誤解しておるが、お風呂は健全でござるよ?国民的時代劇、水戸黄門ですら!【サプライズくノ一】が必ずお風呂シーンを入れていたりし──」

「うわ…わぁ!?わあぁーっ!!」

 マジカは急激に悪寒が走り、何故か叫んでしまっていた。


「ん?どうしたでござるか、急に叫んで」

「いや、何か凄くセンシティブな気配というか悪寒がしてつい…。と言うかサプ忍さんの言葉の端々に良くない予感がするんですが…」


「でも王道でござるよ?水戸黄門」

「あの、水戸黄門が何かは知らないですけど…大丈夫なんですか?その言葉」


「えー?だって実質フリー素材みたいなモノだと聞いたでござるもん?匿名掲示板で!!」

「えぇ?…あなたの知識に信憑性はあるんですか!?」


 頭痛がしてきた、目眩めまいもだ!


「そう言われると、そうでござるな?はっはっは!それに小学生の入浴シーンじゃ流石に需要もないでござるか」

「小学生…」


「そういえば、小学生がここにいるのは何故でござるかね?肝試しのノリで来ちゃった感じでござるか?…それともイジメか!?それは許せぬ!どうなっておるのだ、倫理観は!?」

 サプ忍が倫理観とか言い出した。


 今のところ倫理観から一番外れてる感じのサプ忍が言うべきセリフじゃない気がする。

 というか、小学生扱いもやめてほしい。歴とした高校生なワケだし。

「あの、イジメとかでもないですし!それに私、十七なんですけど」

「…うむ??」


「高校生なんですけど!」

「ん?えぇ…?拙者と同い年でござるか…?えぇ…?」


『高校生だったんだ…』

『服装が悪いんじゃない?いや違うわ、どう見ても小学生だわ』

 視聴者と、特にサプ忍にドン引きされてるのが頭に来る。

 というか同い年なんだ…。


「それならば、一応お風呂シーンも需要ある…ので、ござるかね?」

「や、やりませんからね!?」


「分かったでござる。お風呂が恥ずかしいなら、そうでござるなぁ…」

 最早お風呂とかいう問題ではないのだが、気力と常識がゴリゴリ削られていく気分だ。出来れば突っ込みを入れたくない。


「ここは強めに、サプライズ暴れん坊しょ───」


 ──ペチィン!と、思わずサプ忍の顔面に手が出てしまった。

 何故かは分からないけれど、喋らせたら終わる予感がしたからだ。


 しかし、それと同時にムカつく人ではあるけれど、命の恩人になんて事をしてしまったのかと後悔する。

「あぁっ!ごめんなさい!ごめんなさい!つい!」


 顔面に平手が入って一瞬の間があった後、サプ忍が「グワーッ!!」と叫びながら派手にぶっ飛んで行き、そのまま湖にザブーン!と、落下した。


「えぇっ!?」

 あまりにも派手なヤラレっぷりにマジカが困惑する。


 しかしコメントはそこそこ盛り上がっていた。

『やったぜ!…いや何かこっちもイヤな予感してたから助かる』

『うわ幼女つよい』

『やったか?』『やったか!?』



「不意打ちとは酷いでござるなぁ」

 マジカは心配して湖に目を凝らしていたが、背後から唐突にサプ忍の声が聞こえた。

 ビクッとなり、悲鳴を上げてしまう。

「ひゃあっ!?」

「ぬわぁ!?」


「…ちょっ、驚いたのはこっちなんですけど!」

「え?急に悲鳴出されると、こっちがビビるでござるよ」

「じゃあ驚かすの止めて下さい…。あと叩いてすみませんでした、大丈夫でしたか?」


「もちろん!じゃあ、話の続きでござるが…」

 マスク越しでも凄い笑顔なのが伝わる顔で、嬉々として先ほどの続きを話そうとしてくる。


「もう止めて下さい。なんか、凄く怖いですから…」


「なんで?上様見たくない?処刑用BGMが流れて成敗してくる上様!なんなら拙者、上様に斬られてみたいまである」


「その感覚が分かりませんし!上様も知りませんけど、なんかギリギリな予感がするので本当に勘弁してください」

「左様かぁ…」


 サプ忍が、あからさまにガッカリする。

 ひょっとしたら善意でやってくれたことかも知れないけれど、それ以上にマジカの心が、彼の言葉に危険信号を発していた。


「むう、であれば…」

「…今度はなんですか?」

「そんな露骨に嫌な顔せぬでもよくない?」


「誰のせいですかね!?」

「うん、拙者!ごめんね?」


「…次はなんです?」

「マジカ殿の、御趣味は?」


「あの…、その質問に意味あります?」

「もちろんでござる!配信をするにあたって、内容を尖らせることも大切。趣味でも何でも特化すれば、それは武器になるのでござる!」


 意外と真面目な質問だったようだ。


「え、え~と…。読書が趣味です」

「ほう読書?!であれば丁度良い、実は参考になりそうな人と出会っておってね?最近、プチバズらせたんでござるよ!…拙者が!!」


 マスク越しからでもドヤ顔しているのが分かり、少しだけムカつく。

 視聴者も同じような感想を抱いたらしく『顔うぜぇ!』とか『殴りたいこの顔』とかのコメントが目立った。


「参考になりそうな人…ですか?」

「うむ、その者はオッサンであったが…読書が好きで、それを全面に押し出した配信をしていたでござるよ」


 なるほど、それは少し参考になるかもしれないと魔法子は思った。

「どんな配信だったんですか?」


「ああ!クソ漫画を音読しながらダンジョンを練り歩き──」


(…?????)

「空っぽになっている宝箱を見つけては、クソ漫画を詰め込んで行くという配信と作業をしていたでござるな?」


 ───マジカは頭を抱えた。

 世の中には頭のおかしい人がまだまだ存在するらしい。


「いやぁ、実に勉強になったでござるよ!特にクソ漫画語録は一度は使ってみたいでござるね?マジカ殿はどんなクソ漫画を知ってるでござるか?」


『読書好き(クソ漫画愛好家)』

『クッソ迷惑な配信者がいて草』

『そんなんバズらせなくていいから…』

 マジカの代わりに突っ込みを入れてくれる視聴者の存在が有り難かった。


「ん?どうしたでござるか、頭を抱えて」

「少しでも期待した私がバカでした…」


「読書好きなら参考になるのではござらぬか?」

「なりませんよ、別にクソ漫画は好きじゃないですし」


「いやしかし、あの精神を汚染される感じがクセに…」

「なりません!」

「さ、左様かぁ」


 マジカが再び大きな溜め息をついた時、スマホの着信音が響いた。

 スマホの画面を見ると、プリスちゃんの名前が表示されている。

 サプ忍に翻弄されていて忘れていたが、約束の時間は既に回っていた。


 慌ててスマホに出る。

「もしもし」

『あっ!マジカ?なにかあった!?時間になっても来ないし、連絡もないしで心配でさ…』


「だ、…大丈夫だよ。ごめんね、連絡入れるの忘れてて…」

『…マジカがそういうの忘れるってさ、めずらしくね?どした?』

「う、うん…。実はね───」


 ───マジカはこれまでの出来事を掻い摘まんで、プリスに説明した。


『そ、そうなんだ?あっ、マジで配信してる…。うわ、同接数ヤバ!?』

「…えっ?」

 プリスに言われ、スクリーンに映し出された同接数を見ると、四桁に突入しようとしていた。


「ひえぇ…っ」

 嬉しさよりも恐怖の感情が上回ってくる。

 どこに伸びる要素があったか分からないけど、ひょっとしてサプ忍の効果だろうか?


『うわ、気を付けてマジカ!となり!』

「と、となり?」

 プリスに言われて隣に視線を向けると、サプ忍がマジカのスマホに耳を近付けていた。


「ぴゃあっ!?」

 相変わらず気配を消してくるのに慣れない。

 驚きのあまりスマホをポ~ンと放り投げてしまった。


「おっと、…もしもしでござる!」

 サプ忍はスマホをキャッチすると、スピーカーモードに切り替えて勝手に話し出した。

(なにしてるの、この人!?)


 マジカが呆気に取られる中、スマホからプリスの声が響く。

『アンタなんなの!?ていうかマジカに何かしたらウチが容赦しないかんね!?』


「拙者はサプライズ忍者!略してサプ忍でござる。お主はマジカ殿の友達か?」

『そうだけど、それが何よ!?』


 それを聞いたサプ忍は感慨深そうに頷(うなず)くと、スマホをマジカにそっと返した。

 そして、ドローンに近づいていくと、カメラに向かって…いや、視聴者に向かって話始める。


「視聴者衆、良いニュースと悪いニュースがあるでござる!心して聞くでござるよ」


 何をするつもりだろう?


「先ずは良いニュース…あの声の感じ、拙者の見立ては間違いない!マジカ殿の友達は、オタクに優しいギャルでござる!」


『マジかよ!?』

『どうせテキトーに言ってるぞコイツ…』

 コメントは冷ややかだったがサプ忍は冷静そのもので、マジカに話を振ってきた。


「ではマジカ殿、通話先の友達はどんな子でござるかな?」


「えっ?えっ…えと、活発で誰に対しても優しいです。スポーツも得意で…日焼けとかしてますけど、逆にそれをオシャレの一つに取り入れたりして…凄いんですよ?スタイルも良いしコミュ力もあるし、…私の憧れなんです」


「加えて男女問わずにスキンシップ取ってくるタイプでござろう?」


「えっと…、確かにプリスちゃんはそういう所もありますけど…」

 その返答を皮切りに、コメントが増えてくる。


『伝説はここに存在した…』

『レアモンスター以上のレア度で草』

『やはりダンジョンには宝があるんですねぇ!』

『じゃあ俺ダンジョン潜ってくるから』


 等々、マジカには理解出来ないコメントが一気に溢れだした。

 心なしか同接数も増え出している。


「では次に、悪いニュースでござるが…。オタクに優しいギャルは…、なんと彼氏持ちでござるねぇ!声で分かる」


 サプ忍の一言でコメント欄が阿鼻叫喚になり、凄まじい勢いで流れ出す。


『ああァあああぁーッ!!?』

『あああーッ!』

『幻想(ゆめ)の話の途中で幻想を壊すんじゃぁねぇぞ!オラァン!黒一色野郎がァー!!』

『見つけたぞニンジャ』『しってた(絶望)』


 ダンジョン内部さえも同時に震えた気がした。

「むっ、この迷宮の揺れ…"起きた"かッ…!」

 サプ忍はそんなことを呟きながら、コメント欄をじっと見ている…。


 この状況に付いていけず、置いていかれてるマジカに対して、スマホから当事者にされたプリスの声が聞こえてくる。


『そいつワケわからなくてヤバくね?…マジカさ、マジで変なこととかされてない?』

「う、うん…大丈夫。平気だよ」

『…そいつってさ?何が目的でそこにいるの?』


 言われてみれば、サプ忍は配信者でもないらしいし…少し気になる。

 目立つ事を目的としているとは言っていたけど、それなら配信者になればいいだけだとも思った。


「ん?拙者の目的でござるか…?」

 耳ざとく、サプ忍が会話に入ってくる。

『うわ、聞かれてるし…』


「拙者の目的、それはダンジョンに潜ってくる配信者達を…垢BANする事でござる」


「えっ?」

『はぁ!?』


 サプ忍の爆弾発言により、空気が凍り付いた。


「なぁに!変化の術を駆使し、サキュバスみたいなドスケベモンスターになれば、センシティブ判定で一発BANでござるよ?モンスター虐殺はオーケーなのにエッチなのはダメとかどうなんでござるかね?運営は」


 …薄々勘づいてはいたけど、この人は相当ヤバいのでは?

 そもそも、全年齢向けサプライズ忍者とか自称していたのは何だったのか!?

 こんな奴が倫理観とか宣ってたのも信じられなかったし、これには視聴者たちもドン引きしていた。


 ダンジョンに限らないが、配信は決して楽とは言えない。

 みんな大なり小なり苦労して、工夫しながら配信している。なのに、それなのに───


「そ、そんなの酷いじゃないですか、皆それぞれ頑張ってるのに…あんまりです!なんでそんな事してるんですか!?」


「うむ、ダンジョン奥地はまさに危険!…故にアカウントをBANすることで配信を諦めて下されば、危険に身を投じることも無くなる…と考えた次第でござるよ」


 サプ忍はマジカの訴えにも動じることなく、スンッ──とした態度で答えた。

「…えっ?そ、そうだったんですか?ごめんなさい、まさか善意でやってたなんて…。でも、そういうやり方は変えた方がいいと思います!」


「…え?信じちゃったでござるかぁ。テキトーに今考えたウソでござるよ、ただの趣味でござる」


「───ッ!!」

 マスク越しでもニヤニヤしているのが分かり、今度は自分の意志で平手打ちをする。

 だが、今度のサプ忍は微動だにせず、派手に吹っ飛ぶこともなかった。


「…さて、拙者はそろそろ時間がなくなって参った次第…。お別れでござる」

「まだ話は終わってませんっ!」

 のらりくらりと誤魔化そうとして、それが余計にマジカを苛立たせる。


「いやぁ、そろそろ拙者がBANさせた上位配信者が気付いて、強襲(カチコミ)してくる頃合いでござるから…ちょっと垢BANしただけで狙われるなんて、酷いと思わぬか?」

「だからっ!何で被害者面してるんですか!?自業自得でしょ!」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「そうとしか言えないんですけど!?」


 怒るマジカを尻目に、サプ忍は指を組み合わせた後、地面に手を置くと──ボムッ!と煙が上がり、その中から犬が姿を表した。

「つ、次は何ですか?あっ、かわいい…」


「サプライズ忍犬でござる」

「サプライズ忍犬…」

 サプライズ忍犬と呼ばれたそれは、サプ忍に似た黒装束を着て、おすわりをして待っている。


「忍犬、ほどよいデカさの術!」

(ほどよいデカさの術??)


 サプ忍の術により、サプライズ忍犬の大きさがほどよく大きくなった。

 少し感心してそれを見ていたマジカを、サプ忍がヒョイと持ち上げ、サプライズ忍犬の背中に乗せる。

「えっ!?なに…??」


「だから、お別れの時間でござるって」

 そう言って、マジカの脱がされていた靴下と靴を、布袋に入れて渡してくる。


「あの…」

「最後の最後に不愉快な思いをさせた事は、陳謝するでござるよ、それは申し訳なかった」


 その最後の最後で、マジカはあっさりと毒気を抜かれてしまった。

「あ…えっと、私も言い過ぎた…かも?」


「お詫びと言っては何でござるが、ラストに一発芸を」

「えっ?えぇ…?」


「さぁ、配信スクリーンに御注目!」

 そう言われるままスクリーンを見ると、サプ忍の顔がアップで映し出されている。


 そのアップの顔がうっすらと透過し始め、その背後にはプリスと約束していた合流場所…、出店が並んだお祭り会場のような場所が映ると…。

 透過したサプ忍のアップと入れ替わるように背景がズームアップしていく。



 その名も<皆川フェード>の術!!────



「な、何ですか今の演出??…あれっ!?」

 気付いた時、サプ忍の姿はどこにもなかった。


 マジカが辺りを見回すと、いつの間にかプリスとの合流場所に戻っている。


「まさか夢?…じゃないよね」

 少しだけ、笑みが溢れた。

 サプライズ忍犬の背中だったし、足首の包帯もそのままだ。

 サプライズ忍犬が伏せをして、マジカが降りると。

 その後、サプライズ忍犬はポンッ!と音を立て、小さな犬のぬいぐるみと手紙を残して消えてしまった。



「おぉーい!マジカ!良かったぁ…!本当に良かったよぉ…」

 プリスはマジカがいることに気付いたようで、駆け寄ってきて抱きしめる。


「うん!ただいまプリスちゃん!大丈夫だよ、心配かけてごめんね…」

「こっちこそゴメン…、ダンジョン配信なんて言い出さなきゃ良かったって…マジカに何かあったらって…」


「ううん、いいの。私が最初に動き回ったのが原因だし、それにね?」


 思い返してみても、振り回されてばかりでロクな思い出じゃない…と思う。

 けれど───

「ちょっとだけ楽しかった…かも」


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サプライズ忍者、ダンジョン配信に乱入する。 ZIPA @ZIPA

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