恐ろしい顔

過言

笑顔

突然笑顔が飛び出してきたのでした。


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ほらその、ここって暗いじゃないですか。

やっぱり人間、明るいところよりは暗いところの方が怖いですよね。

はい。まあ、わざとですよ。あなたをこんなところに呼んだのも。扉を壊して、二人ともここを出られないようにしてしまったのも。

だからもう観念してください。

あなたはもう、怖い話を聞くしかないんです。


そんなに怖い顔をしないでくださいよ。

ああそうだ、怖い顔といえば、こんな話があります。

聞きますか?

ああそうですか。

頭の横、剃刀か何かを置いておいた方が良かったですかね。

そうしたら、首、横に振れないですよね?

……そうそう。あなたは、おとなしく座って、私の話を聞いていれば、それでいいんです。

じゃあ話しますね。

……あれ。腕も縛った方がいいですか?

ほら、耳からその手を離して。そうです、力を抜いて、腕をおろして、楽な姿勢で聞いてください。

あんまり困らせないでくださいよ。早く話したくってうずうずしてるんです。


あれは私が、美術館に行ったときのことでした。

絵とか彫刻とか、天井から吊るされた謎のオブジェとか、色々なものがあったんですけど。

私はそういうセンスが全然ないみたいで、ただ、美術品だなあとしか思えなかったんですよね。

だから、その美術館で一番美しいと思えたものは。

穴を開けられて額縁が吊るされていたり、美術品のライトアップに巻き込まれていたりする、

真っ白な壁だったんです。

白くて。

白くて白くて。

何よりも純粋で、清潔、絵の具みたいな汚れはどこにもない。

ずっと、私の視線は壁を伝って、順路なんかはとっくに逸れていたんでしょうね、

気付くと小さな部屋にたどり着いていました。


周りを見ても、他のお客さんは一人もいませんでした。

まあ当然と言えば当然です。

そもそもその部屋は、人間一人がようやく入るくらいの広さしかありませんでしたから。

そしてその部屋は、四方を壁に囲まれていました。

おかしいですよね?私が入ってきたはずの扉がないんです。

それに、白い壁をずっと、追っていたはずなのに。

その部屋の壁は、赤黒く汚れきっていました。

わかりますか?乾いて固まった血の色です。

血だったらよかったでしょうね。それはただの汚れじゃなくて、意味があるから。

それがただ、赤と黒を混ぜた絵の具で壁が汚されているだけだってことに気付いて、私は、

私がようやく見つけた私だけの美術品を台無しにされたような気がして、座り込んで、

見つけました。


床はまだ、真っ白でした。


そして私が笑った、その瞬間だったんですよ。

ああそうだ、その小部屋、美術館らしく展示物はしっかり飾られていました。

私の眼中になかったというだけで、きっと恐ろしい仕掛けのある、恐ろしい笑顔の絵が壁に吊るされていたんでしょう。

想定外だったんでしょうね。

誘い込んだ人間が、それを一瞥もしないっていうのは。

絵が。

笑顔が。

文脈と仕掛けをすべて無視して、私の眼前に迫って来ました。


面白かったんですよね、怪異ってこんなになりふり構わないんだって思って。

とにかく驚かせられたら勝ちだって思ってる子供の作ったホラーゲームみたいな、意味の分からない爆音も鳴っていて。

滑稽で滑稽で。

だから、また見たくって。

ここ、結構有名な心霊スポットだそうです。

なんでも、この家の二階にあるとある部屋に入った人間に憑りつくだとか、呪うだとか。

だから、こうしてリビングでずっと、全然関係ない怖い話をして、無視してみてるんですよ。

そろそろ、この家の曰くとか、呪いになった過去とか、そういうの全部どうでもよくなって、襲ってくる頃じゃないですかね。

ああほら、音がしてきました。

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