第5話 Motherの屋敷へ


「さぁ、行こう。おいで」


 ジェンダーの白くて細い手が差しのべられる。

 

 後悔などしない。

 やるからには必ず、愛と幸福を手に入れる。

 今の状況より酷いものはないと信じるしかないのだ。

  

 雪が降る中、私はコクリと頷き、ジェンダーの手を取る。


 その一瞬にして場所が変わり、古びた洋館の中に移動された。


 私は目を大きく広げて、ヨーロッパにでも来たのかと辺りを見回す。ジェンダーは私から離れて、さらに大広間を歩いていた。


「お待たせしました、皆さん。これでやっと、8人の候補者が集まりましたよ」


 赤色のベロアで出来たソファで4人が座っており、残り2人は窓辺にすがって私をじっと見ている。


 私がこの状況に戸惑っていると、後ろから声がした。


「萩本?」


 聞き慣れた声に、見慣れた男性。

 それは英語教師の繁崎だった。 

 

「繁崎先生!?」

「お前、なんでこんなところに……」


 ジェンダーがはいはいと手を鳴らして自分に注目させた。彼は黒いコートを雑に脱ぎ捨てると、中に着ていたタキシードを整える。

 準備が整ったのか、彼は赤いカーペットが敷かれた階段の上で深くお辞儀をした。


「ようこそ。Motherの館へ。あなた方がここへ来た目的は、ただひとつ。女神Motherの愛と幸福をもらうこと。ただし、その資格を与えられるのはたった一人。Motherの厳しい審査を受けて残った一人だけがその資格を与えられます」


 候補者の一人である五十代半ばの男が、ジェンダーに向かって攻めるように言う。


「騙してねぇだろうな! こっちは全てを賭けてここに来てるんだぞ。審査ってのはどんなことをするんだ」

 

「審査は全部で7回行われます。脱落者が必ず一人だけ選ばれるということです。審査内容はその都度お教えします。その審査を受ける準備として二週間の猶予を現世で送り、二週間経った零時ちょうど、強制的にこの館へ戻っていただきます。それから個別にMotherの部屋に呼ばれて審査を受ける流れです」


 再び、男性が大きな声で愚痴った。


「一回の審査で二週間もかかるのかよ! さっさと審査すればいいじゃねぇか」

「いえ、いえ。覚悟を決めるには二週間は必要です。なんなら短いと感じるかもしれません。彼女の審査内容はそれほどまでに厳しいのです」


 ジェンダーは目を光らせて、彼を黙らせた。


「他に質問があるならお答えしますよ? ありますか? 無ければ第一の審査を始めますが」


 私は候補者たちをざっと見る。私を含めて男女四人ずつで年齢はバラバラだった。七十代くらいの老人や、私と同じくらいの年の子までいるように見える。

 

 候補者たちが互いに目を合わせていると、四十代くらいの眼鏡をかけた男性がおそるおそるジェンダーに尋ねた。


「途中でリタイアすることはできるのかい?」

「残念ながら、リタイアすることはできません。ここに集まった人たちはそれ相応の覚悟で来たという認識ですので。ただし、今なら辞退することができます。審査が始まっていないので」


 今度は二十代くらいの女性が元気よく手を挙げて質問する。


「屋敷へ戻るにはどうしたらいいの?」

「零時ちょうどになると、強制的に屋敷に瞬間移動されます。その間にやることを済ませておいてください。たとえ入浴中であっても、容赦なく移動されますよ」


 今度は繁崎がジェンダーに尋ねた。


「審査のときに、Motherに会えるのか?」

「はい。Motherの部屋でお待ちしております」


 ジェンダーはにっこりと微笑むと、繁崎は疑うような目で彼をにらんでいた。


「もう質問はありませんね? またわからないことがあれば聞いてください。私はMotherに従う者、あなたたちのお世話をするように言われておりますから」


 候補者たちは姿勢を整えて、ジェンダーを見る。

 部屋の空気が一気に重くなるのを感じた。


 ここからMotherの審査が始まる。

 

 どんな審査なのだろうか。

 面接をしたりするのだろうか。

 それとも特技を披露したり、物を送ったりしなければならないのだろうか。

 私が想像のできる範囲はここまでだ。

 

 ジェンダーはゆっくりと口を開いて、はっきりと言葉を発する。


「第1審査。あなたたちの一番の特技をMotherに献上してください」


 候補者たちは少しどよめいた。

 献上というところで引っ掛かっているのだろう。

 

 一番年配の女性が彼に聞く。


「特技を見せればいいってことよね?」


 それを聞いて、彼はにんまりと笑った。


「いいえ、いいえ。披露したり、見せたりするのではありません。特技をMotherに捧げるんです。あなたが思う一番の特技、一番の能力をMotherが吸収します。吸収されたもう特技は二度と返ってこない。Motherのものになるのです」


 口うるさい五十代半ばの男性が再び怒鳴った。


「なんで俺たちがMotherにあげなきゃいけないんだよ! 俺たちはもらう側じゃねぇのか!」

 

「何をおっしゃっているのですか? ギブアンドテイクですよ。Motherの愛と幸福は偉大なもの。それをタダでもらえると思っていたのですか? あなたがたの覚悟の証を見せていただきたいのです。それが嫌なら今ここでリタイアしていただいても構いませんよ。Motherだって自分のChildに選ぶ人間をよくよく吟味しなければならない。そのための審査ですからね」


 候補者の誰もがシーンと静まり返る。

 皆、Motherの愛と幸福が欲しい。

 そのためにここにやってきたのだ。


 私は階段に近づいて、ジェンダーに言い返した。


「わかった。私は受ける。特技でもなんでも捧げればMotherに近づけるんでしょう?」

「よく言ってくださいました。皆さんも、参加でよろしいですか? ここからはリタイアできませんよ」


 候補者たちは各々頷いて、覚悟を決めていく。

 窓際で腕を組んですがっていた繁崎も、ゆっくりと頷いた。


「それでは、これからまた二週間後にお会いしましょう! いいですね、自分の特技を捧げるのですよ。何が自分の特技かちゃんと把握しておいてくださいね」


 ジェンダーがパチンと指を鳴らす。


 するとまた場所が変わり、私は自分の部屋に戻っていた。

 

 時刻は夜の九時。

 あれから少しだけ時間が経っていたようだ。


 部屋の窓を少しだけ開けて、冷たい空気を吸う。

 私にはもうMotherしかない。

 

 愛と幸福が手に入る切符を掴んだ以上、やりきるしかないのだ。

 

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