第51話 最高だぜ!

 泰樹たいきが目を覚ましてから、1年が過ぎた。

 いまでは、すっかり健康を取り戻して、泰樹は復職した。

 相変わらず高い所を怖いとは思わなかったし、とび以外の仕事を泰樹は知らなかった。

 一つ、変わったのは、用心深くなったこと。

 命綱のチェックはしつこいほどに行うようになったし、無理は避けるようになった。


「泰さん、明日休みでしょー? これ、行きませんか?」

「んー。やめとくわ。酒あんま呑むなってカミさんがうるさくてさ」


 同僚が誘ってくれる飲み会を断って、家路についた。今日も帰る。愛しのボロアパートへと。

 詠美えみと2人で貯めていた、マイホームを建てるための資金は泰樹の入院で目減りしている。その点でも、飲み会に使う金など無いのだ。



「今帰ったぜー」

「おかえり! とーちゃん」

「おかえりー!!」


 我が家の扉を開ける。飛びついてくる子供たちを抱き止めて、2Kの部屋に帰宅した。


「お帰りなさい、泰ちゃん」


 台所でカレーを作りながら、詠美が振り返る。部屋に入る前から、このいい香りは鼻に届いていた。


「今日はカレーか! 最高だぜ!」

「ふふっ! お隣も今日はカレーだって言うから、うちもカレーにしちゃった」


 泰樹たち家族の部屋は、2階の角部屋。6部屋あるアパートの隣は空き部屋だが、他の部屋埋まっている。


「隣? ああ、とうとう隣埋まったのか?」

「うん。今日、越してきたみたいよ。さっき挨拶に来てね、外国の人みたい。でもすごく日本語、上手だった」

「ふーん。外国の……留学生か何かか?」

「うーん。学生さんには見えなかったなーもうちょっと年上ね」


 詠美と他愛ない世間話をしながら、「とーちゃん、ぶらさげて!」と、腕に飛びついてくる下のちびすけをどうにかかわした。下の子はもうすぐ7歳。今年小学生になって、流石に重たくなってきた。

 泰樹は味見と称して、カレーをつまみ食いする。


「んー。美味い! やっぱかあちゃんのカレーが一番だな!」

「ありがと! もうすぐ出来るから、ちゃぶ台の上片付けてー」

「んー。ほら、おねーちゃんもちびすけも、片付けろー」

「えー! とうちゃんはやらないのー?」

「えー!」


 子供たちが不服を言う間に、泰樹は手を洗う。子供たちのきゃあきゃあと言う声を聞きながら、ふっと笑みが漏れてしまう。やはり、我が家は楽しい。


「……やっぱ俺も、隣に挨拶に行った方が良いかな?」

「そうねー。これからお隣になるんだし……家、うるさいしね」


 詠美は苦笑しながら、騒ぐ子供たちをたしなめている。ここはボロアパート。壁はそんなに厚くない。


「ん。じゃあ、飯前に行ってくる」


 玄関で靴をはきかけた泰樹の背中に、詠美が声をかける。


「うん。シーモスさんに『引っ越し挨拶のお菓子有り難うございます』って、泰ちゃんからも言っておいて」

「……え」


 ――今、なんて、言った?


 泰樹は慌てて廊下に飛び出して、隣の部屋の戸を叩く。インターフォンがあることなど、頭の中から吹っ飛んでいた。


「おい! おい! 隣の上森かみもりだ! 開けてくれ! いるんだろ!!」


 扉の内側で気配がする。外開きの扉が開かれる。


「タイキ!」


 真っ先に飛び出してきたのは、イリスだった。相変わらず背が高い。だが、その頭に角は無い。イリスはそのまま、泰樹を抱きしめて、涙ぐむ。


「イ、リス!」

「タイキ様」

「……タイキ」

「シーモスとアルダーも?! な、なんで……!?」


 ――あれは、あの世界は、俺の夢では無かったのか。嘘だろう?!


 だが、これは夢では無い。隣の部屋から出てきたのは、よく、見知った3人だった。


「タイキ様。私、あの『儀式』を解析いたしまして、世界の壁を越える術を編み出しました。それで、来てしまいました」


 あっさりと明るい口調でシーモスが、言う。


「シーモスがタイキの所に行くって言うからね、僕もついて来ちゃった!」


 イリスは相変わらず、楽しそうに笑う。


「イリス陛下が行くなら、護衛の俺も行かざるを得ない」


 アルダーの表情は、心なしか柔らかだ。


「……夢、じゃ、なかった……」


 呆然と泰樹はつぶやく。この、胸にこみ上げてくる感情は何だ。ああ、俺はうれしい。コイツらにまた会えた。また、会えた!

 泰樹はぎゅっと、イリスを抱きしめ返す。


「あ、アンタ、王様稼業は良いのかよ!?」

「うん! 大丈夫! 戻ろうと思えばすぐにあっちに帰れるから。1年とちょっと頑張ったからね、何日かお休みもらったの!」

「私は、こちらの世界の調査をいたします。食べ物の他にも、何か素晴らしい技術を流行として取り入れたいと思いまして」

「実はイクサウディ筆頭司書殿も一緒でな……あの方は、朝に図書館を探しに行ったまま帰ってこない」


 積もる話は尽きない。1年以上、彼らと離れていたのだから。これからは、隣同士、いつだって会うことが出来る。


「これから、よろしくお願いいたしますね? タイキ様!」




END

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【改訂版】異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています! 水野酒魚。 @m_sakena669

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