第40話 はあ?何考えてんだ?

「……僕の母様かあさまは、もう死んじゃったけれど、僕は母様のことが大好きだった。だから、君がお母さんを食べた人を探したい、その人が憎いって気持ちはわかるよ。あのね、もし、良かったら君のお母さんを食べた人を、一緒に探してあげようか?」


イリスは、シャルを案ずるようにそっと手を差し出す。その手に気付かないように、シャルは放心して独り言を繰り返した。


「嘘、だ……うそ……うそ、だ……っ」

「……とりあえず、彼には頭を冷やしていただきましょう。アルダー様、彼を鍵のかかる部屋へ」

「わかった」


 アルダーはシャルの身体を担ぎ上げ、窓のない倉庫に彼を連れて行く。シャルは不思議と大人しく、連行されていく。


「……さて、タイキ様も。お疲れでございましょう? まずはお休み下さい」

「うん。流石に疲れた……その前に風呂入りたい。治癒魔法も、かけて欲しい」


 どっと疲労が全身を包む。身体はあちこちヒリヒリと痛む。それでも風呂に入りたい。寒い。身体の芯が冷えている。


「かしこまりました。用意させますね。お湯の用意が出来る間に、治癒魔法もおかけします」

「うん。ありがとな、シーモス」

「……礼にはおよびません。申し訳ございません。わたくしの責任です。……私が、奴隷の証を外してしまったばかりに……」


 悔しげにシーモスは唇を噛む。その遊色の瞳が、怒りに燃えてに揺れている。


「……アンタのせいじゃねーよ。俺が外してくれって言ったんだからさ」


 今度も危なかった。それでも結局は無事に切り抜けられたのだ。


「……アンタたちは、助けに来てくれた。絶対にアンタやイリスやアルダーが助けてくれるってわかってたから……だから、耐えられた。大丈夫! 俺は大丈夫」


 その笑顔を見つめて、イリスはにっこりと笑いを返す。


「うん! ほら、タイキ。風邪引かないようにちゃんとお風呂はいってね!」

「おう!」


 ああー早く風呂に入りたい。ひとっ風呂浴びて温まって、さっさと寝ちまいたい。


「……それにしても……せっかくタイキとお出かけだったのに……! ひどいコトする人たちもいるもんだね!」

「左様でございますね! あ、タイキ様、治癒魔法はお風呂の後でよろしいですか?」

「おうー頼むわー」


 イリスとシーモスの二人と別れて、泰樹たいきは風呂に向かう。ざっと汗と汚れを落として、浴槽に浸かっていると、ようやく人心地がついてきた。




 風呂の後でベッドに横になってうとうとしていると、部屋の扉をノックする音がした。


「おうー開いてるぜー」

「失礼いたします」


 扉の外にいたのはシーモスだった。彼は扉を開けてベッドの隣に来ると、泰樹を見下ろした。


「治癒魔法をおかけする、約束でしたでしょう?」

「……」


 シーモスの格好に、泰樹は眼が点になる。


 ……何というか、スケスケ?


 ガウンのようにゆったりした服は、袖もすそもどこかしこもスケスケだった。あまり筋肉のついていない褐色の身体も、胸元も、股間の辺りもうすーい布に透けて見えている。シーモスは、ご丁寧に下着もつけていない。


「……は?」

「ふふふ。私の夜着がなにか?」

「なにか、じゃねーんだよ!! 見えてんだよ!! 何も隠せてねーんだよ!」


「てめーは露出狂か!」そう言いたいのを飲み込みきれずに、ついつい口に出してしまう。


「違います。嫌ですね。こんな格好をお目にかけるのも特別な方にだけ、でございます」


 ちょっと恥ずかしげに視線をそらすのが、わざとらしい。泰樹は額の辺りにぴくりと青筋を立てつつ、「いいから、もっと、ちゃんと色々隠れる服を着ろ!!」と叫んだ。


「えー。せっかく勇気を出して誘惑しておりますのに?」


 そっと、シーモスが肩に腕を絡ませてくる。それを払いのけて、泰樹はベッドから毛布を引っぺがす。ぐるぐるとシーモスに巻き付けてやると、ようやく眼のやり場に困らなくなった。


「腹立つくらい露骨なんだよ! そんなんで、はい、そうですか、いただきますって言うか! バカ野郎ー!!」


 そんな事を言いつつも、泰樹の顔は少し赤い。それを楽しげにながめて、シーモスは唇をとがらせた。


「はあ……仕方がございませんね。今日は治癒魔法をおかけして退散いたします」

「変なカッコしないで、最初から素直にそうしてくれよ……」


 がっくりと、泰樹の肩がうなだれる。

 シーモスは泰樹にベッドに腰掛けるように言うと、その隣に座った。


「それでは、治癒魔法をおかけいたしますね?」

「おう」


 シーモスは泰樹の腹に手を触れて、静かに呪文を唱える。歌をうたうように、優しく言葉がつむがれていく。


「『智恵の王、癒やし手の女王、全ての水の王。人の母、土くれの女王、肉の守り手……』」


 ぽぅっと、シーモスの手のひらが光る。

 泰樹は、身体中の痛みが取れていくのを感じる。シャルに痛めつけられた所は、どこも温かく優しい光に包まれた。


「……はい。これでいかがですか? 痛む所はございませんか?」

「ん。さんきゅー。もうどこも痛くねー!」


 泰樹は回復の印に、大げさな力こぶを作ってみせる。

 それを見て、毛布にくるまったシーモスは楽しそうに笑った。

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