第34話 あー。分かりやすい。

「……っこ、コイツは誰?!」


 シーモスの後に隠れたまま、イクサウディはアルダーを指さして慌てている。


「ああ、アルダーくんは初めてだね。こちらはアルダーくんだよ。イクサウディくん」

「お初にお目にかかる。筆頭司書殿。俺はアルダー。魔人になったなったばかりの若輩者じやくはいものだ。よろしく、お願いする」


 アルダーは、イクサウディに向かって丁寧に一礼する。


「……アルダー様は、わたくしの護衛です」


 勝ち誇ったように告げるシーモス。イクサウディはびくっと肩をふるわせて、シーモスの影から離れた。


「……ふんっ。初めて見る顔だったから、警戒しただけだ! 君の護衛にはぴったりだな、その、そっ、その頭の悪そうな顔は!」


 ふるふると肩を震わせて、イクサウディは言い放つが、その頬は明らかに赤くなっている。


「そっかーああ言うのが好みかー」

「? イクサウディくんは、アルダーくんのこと、好きなのかな?」


 泰樹たいきがつぶやく横で、れたれたに全くうといイリスにも丸わかりなあたり、痛々しい。


「イリス、それ、アイツに言っちゃダメだぞ。ムキになって否定するから」


 こっそりと泰樹がささやくと、イリスは小首をかしげた。


「んー? よくわかんないけど、アルダーくんは魔獣の時も良いコだからね! 好きになっちゃうよねー」


 うちのコは良いコだから当然、とばかりににっこり笑うイリス。うん。まあ、そういうことに、しとこう。

 頭の悪そうな顔と評されたアルダー本人は苦笑して、「確かに。シーモスや筆頭司書殿に比べたら、俺は脳味噌を有効に使っていないのだろうな」とつぶやいた。


「あ、あ……そ、そんなことは……っあ、いや、違う! そんな話じゃ無い! 禁書庫の話! 禁書庫の話だ!」


 慌てて話題をすり変えようとするイクサウディに、シーモスはふわりと微笑んでみせる。


「もし、禁書庫の閲覧えつらんを許可してくれるなら……アルダー様と二人きりにして『さしあげても』構いませんが……ディ?」

「うるさい! 黙れ! シー! 僕は君みたいな『食欲・・』魔人じゃないんだ! ……くそーっ! 解った! 解ったよ! 禁書庫を開けてやるよ!! 見返りなんていらないからな!! いいな!!」


 書庫には相応ふさわしくない大声で、イクサウディは絶叫する。ますます勝ち誇るシーモスと、苦笑するアルダー。それから、「よかったねえ」と喜ぶイリス。うーん。何だか、あの司書がかわいそうになってきた。




 禁書庫は、『大書庫』の真ん中辺り、地下四階に位置していた。

 両開きの扉は金属製で、いくつもの鍵がかけられている。その、一つ一つをイクサウディが開けていく。最後の鍵を開けて、司書の魔人は鍵束かぎたばを腰につるした。


「……ほら。ここが禁書庫だ。ただし、入庫許可を出せるのは幻魔と魔人だけだ。これは規則だから、『ソトビト』はここで待て」


 禁書庫の中に入ろうとした泰樹を、イクサウディが止める。仕方なく、泰樹は扉の外で待っていることにする。


「では、俺もここに残ろう。タイキを一人にする訳には行かないから」


 アルダーはそう言って、泰樹の後ろに立った。


「……ぼ、僕もここに残る。君を助けてやる義理なんてこれっぽっちもないからな! シー」


 負け惜しみなのか、アルダーと一緒に居ることを選んだのか。どちらかは解らないが、イクサウディは禁書庫の前に残るようだ。


「ふうむ。ま、良いでしょう。棚番号はあるのですよね? ディ」

「もちろん。『マレビト』の関連書籍は13番の棚だ。シー。他の棚には触れるなよ?」

「解りました、ディ」


 シーモスは泰樹を振り返って、微笑みを浮かべた。


「タイキ様。それでは閲覧して参りますね?」

「僕も手伝ってくるねー!」


 シーモスとイリスが禁書庫に入っていく。それを泰樹は固唾を飲んで見送った。




 沈黙。沢山の本棚に囲まれて、泰樹、アルダー、イクサウディの3人が並んで立ちながら、会話は無い。


「……なあ、アンタとシーモスは、仲が悪いんだろ? なら、なんであだ名で呼び合ってるんだ?」


 最初に沈黙に耐えられなくなったのは、泰樹だった。


「はあ? ……それはな、昔から『シー』っと呼ばれるのをアイツが嫌がるからだ」

「お、そう言うことかー。あんたらの腐れ縁は以外と根が深そう」


 揶揄からかうように自分を見た泰樹に、小柄な犬が吠えるようにきゃんきゃんとイクサウディが噛みつく。


「おい、『ソトビト』! 腐れ縁とかいうな! 腐れてただれているのはアイツだけだ!」

「……まあ、アイツは爛れてるというか、何というか……」


 もう、泰樹は苦笑を浮かべるしか無い。


「……筆頭司書殿。そのようにシーモスと対立しているのにも関わらず、こうして協力していただいて……感謝する」

「あ、い、いや……いえ。彼には過去の遺恨はありますが、それをたてに閲覧を制限するつもりはありません。僕も、司書ですから……あ、あのっ……アルダー殿。僕のことはどうかイクサウディ、と」


 きりっと、今更イクサウディは表情を改めた。そのほおがほんのりと赤い。


「解りました。では、お言葉に甘えます。イクサウディ殿」


 柔らかく浮かべられたアルダーの笑みに、イクサウディは夢見るような眼差しを向ける。

 あーダメだコイツ。完全に落ちて・・・いる。恋とかそう言うモノに。

 泰樹がやれやれと肩をすくめていると、チラリとイクサウディが彼を見た。その口が、不意に開かれる。


「……なあ、『ソトビト』くん。君、本当は『マレビト』なんだろ?」

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