第33話 行こう!大書庫へ!

 鏡の前で、泰樹たいきは糊のきいた服を着せられている。その周りで、やはりよそ行きの服を着たイリスが、待ちきれない様子でそわそわしていた。


「じっとしてろ、タイキ。後はボタンを留めるだけだ」

「それくらい、自分で出来る!」


 なにかれと世話を焼きたがるアルダーに任せてしまうと、横着になってしまう。泰樹は慌てて服のボタンを留めた。


「さて、皆様。ご用意はよろしいですか?」


 シーモスも普段よりかっちりした服を着て、ぽんっと手を叩いた。


「良いぜ」


 泰樹の返答を微笑みで受け止めて、シーモスは引率教師の鷹揚おうようさでうなずいた。


「それでは参りましょう。魔の王様の城、『大書庫』へ!」




「ようこそ、『大書庫』へ」


 魔の王の城は、相変わらずデカかった。その中に、『大書庫』へ続く扉があった。

『大書庫』は『城』の地下に広がっていて、蔵書の数は普通の司書ですら正確には知らないという。

 地下へ続く『大書庫』の扉もデカい。木製に鉄の留め具の両開き扉は、4mくらいは軽く有る。

 その前で、長い髪も肌も真っ白い男がイリスたち4人を待っていた。

 頭のてっぺんから服、靴にいたるまで、全てが白い。ただその右眼だけは真っ赤な遊色で、この男が魔の者で有ることが解った。


「僕はイクサウディ。この『大書庫』の筆頭司書だ。そのむさ苦しい人間が『ソトビト』のタイキだな? シーモス」


 イクサウディ、と名乗った男は赤い右眼にだけ眼鏡をしていた。片眼鏡、とか言うヤツだろうか。コイツ、『食欲』に負けていない時のシーモスと同じ匂いがする。


「ええ、その通りです。イクサウディ筆頭司書。私たちは、彼のために本を探しに来たのです」

「どんな本を検索するんだ? 『ソトビト』に関する文献か?」

「ええ、それも必要ですが……詳しくは『大書庫』の閲覧室にてお伝えしたい」


 イクサウディは『大書庫』の扉を押し開けながら、「解った」とだけ告げた。

 扉が開くと、地下への大きな階段が待っている。泰樹はごくりと、驚愕を飲み込んだ。

『大書庫』の中は静かで、声を出すことさえ躊躇ためらわれた。薄暗く背の高い廊下を抜けて、一行は司書について歩く。1階分、階段を下りて大きな書庫にたどり着く。天井までは約5m。そこに所狭しと本棚が作り付けられて、どこを見回してもぎっちりと本が並べられている。


「でけぇ……」


 思わずつぶやいた泰樹を振り返って、イクサウディはふっと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「ここは1階、開架書庫かいかしよこ。まだまだ深奥なる『大書庫』の入り口だ。ここまではただの人間で有っても足を踏み入れられる。それで? シー、面白い検索だって言うから君たちの入庫を許可したんだぞ。さっさと用件を言ってくれ」

「ああ、ディ。それにはまず、これを見ていただきたい」


 いつになく砕けた調子で言って、シーモスは本を取り出した。それは、『マレビト』の儀式が行われた記録のある古文書。

 イクサウディはそれをパラパラとめくって、シーモスがしおりをはさんでおいた箇所かしよを読んでいる。


「『マレビト』の儀式か。確かにこの『大書庫』には、『マレビト』に関する文献が154冊ある。その内で儀式に言及がある物が17冊。その内禁書庫の蔵書は5冊。君の望む書物はその中にあるだろう、シー」

「助かります、ディ。禁書庫の蔵書は複写禁止。閲覧えつらんは?」

「……なあ、アンタたちってもしかして仲良いのか?」


 あだ名で呼び合い、打てば響くように言葉を交わす2人に、泰樹は思わず聞いてみた。


「は! 誰がこんな奴と友であるモノか! この色ぼけ魔人!」

「いいえ? 友などではございませんよ、タイキ様。こんな紙魚しみのような魔人と誰が友になりたいと思うのでしょう?」


 2人が、ほとんど同時に泰樹に告げる。


 ――2人とも息、ぴったりじゃん。


 そう言いたいのをぐっと堪えて、泰樹はあははと笑った。


「それで、ディ。閲覧は?」

「僕の胸先三寸むなさきさんずんだ。シー」


 シーモスとイクサウディの背丈は、そんなに変わらない。そんな二人が張り合うように、胸を張っている。背後にずずずっとかごごごっとかそんな擬音が聞こえる気がする。


「イクサウディくんはね、シーモスと同じで自分で魔人になった魔人でね、『能力』とどの幻魔の魔人でも無いって立場で『大書庫』の司書さんになったんだよ」


 シーモスたちがにらみ合っている間に、イリスがこっそりと教えてくれる。


「イクサウディの『能力』って?」

「『超記憶レコード』だよ。イクサウディくんは、この『大書庫』のほとんどの本の内容を覚えてて、それがどこにあるのかも解ってるんだ」

「なるほどー」


 そんな『能力』なら、司書にぴったりだ。どの幻魔にも属していないと言うのも、政治的に中立で都合が良いのだろう。


「……筆頭司書殿。ぜひ、禁書庫の閲覧を許可していただきたい。タイキのためにも」


 静かに辺りを見渡していたアルダーが、イクサウディに視線を向けて語りかける。

 突然声をかけられて、イクサウディはハッとアルダーを見た。


「……っ!」


 驚いたように見開かれた瞳。ポロリと片眼鏡が落ちる。とっさに、イクサウディはシーモスの後に隠れた。

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