第29話 戦闘開始!

「負けたらなんて言うな! 絶対一緒にイリスんとこに帰ろう!」


 思わず、泰樹たいきは声に出していた。アルダーはふっと息を吐いて、唇を笑いの形に変える。


「そうだな。負けはしない!」


 それだけ言って、部屋を出たアルダーの背中を、泰樹は見送った。




「で、ですから、タイキ様などというお方は……」

「いいからさっさとエサをだせよ! この村まで匂いを追ってきたんだ、俺の鼻は間違えねえ!」


 アルダーは、村長宅の居間に向かう。そこでは、犬面いぬづらの獣人とクマづらの獣人が村長に詰め寄っていた。その後に数人の獣人たちがひかえている。

 扉が開く気配に、犬獣人が顔を向ける。その隙を狙って、アルダーが切りつける。

 自慢の鼻を傷付けられた犬獣人が、ぎゃっと悲鳴を上げた。


「……タイキ様はもう出立された。これ以上、後を追うなら俺が相手になるぞ」


 思ったより、切れ味の悪いショートソードだ。手入れをおこたっていたな。アルダーは内心で舌打ちし、その剣で玄関の扉を指し示す。


「表へ出ろ。この家には世話になった。家財を壊したくない」

「……っめた真似を……! お前たち三人は、外に出てエサを探せっ! 後の者はコイツを狩るぞっ!」


 痛みにのたうっている犬獣人の代わりに、クマ獣人が部下たちに命令する。

 残ったのはクマ獣人と手負いの犬獣人、それから獣の度合いが薄い獣人が二人とネコのような獣人が一人。


「村長、すまんな。損害は『慈愛公』が保障する!」


 いいざま、アルダーがクマ獣人に向かうと見せかけて、一番隙の大きい、獣から遠い獣人を襲う。一人目を一刀のもとに斬り捨て、二人目の首筋を鋭い剣さばきが狙う。

 浅い。それでも二人目が倒れる。倒れ伏した二人目に止めをくれて、アルダーは苦笑する。

 腕が鈍っているな。こうして剣を持ったのも、100年以上ぶりだ。仕方が無い。だが、泣き言など言ってはいられない!

 襲いかかってくる、ネコ獣人の爪が腕をかすった。それをどうにか受け止めて、はじき返す。

 ネコ獣人は吹っ飛んで、テーブルが犠牲ぎせいになった。間髪入れずに、クマ獣人が飛びかかる。アルダーはそれをかわし、クマ獣人の脇腹に横薙ぎの一撃を与える。

 硬い。クマ獣人は、硬い鎧のような脂肪と筋肉で覆われている。たいした傷をつけられなかった。

 アルダーは、クマ獣人の間合いからわずかに外れる。そこに、怒り狂った犬獣人が襲ってきた。それを軽くいなして、背中に一撃をお見舞いする。残りは二人。

 ぐおおおおぉぉ!!とクマ獣人が吠えた。

 突撃してくるクマ獣人は、村長宅の家具をなぎ倒していく。村長は壁際に張り付いて、真っ青な顔で悲鳴を上げていた。

 アルダーは低く身構みがまえて、横から来たネコ獣人の攻撃を避ける。そのままクマ獣人に殺到、首筋を切り上げる。どうっと音を立てて、クマ獣人は倒れた。

 ネコ獣人が、床に腕をついて威嚇いかくのポーズをとる。ネコ獣人の動きは鋭く、爪はもっと鋭い。

 だだっ広くなってしまった部屋の中を、アルダーとネコ獣人は間合いを計りつつ円を描く。

 ネコ獣人が、先に動いた。アルダーの喉元を狙って、繰り出される一撃。それはアルダーの頬に一筋の傷を作る。

 アルダーはネコ獣人の攻撃を避けて、彼にショートソードを突き入れた。それが、ネコ獣人の腹に沈む。剣を抜き去ると、ネコ獣人の眼から光が消えた。一瞬の出来事だった。


「……は、ぁ」


 全ての獣人が沈黙した。アルダーはひどい有様の応接間に立ち尽くし、息を整える。


「村長、すまない。この礼は必ず……」


 そう言って、アルダーが村長を振り向いた、その時。最後の力を振り絞って突進してきたクマ獣人に、アルダーは跳ね飛ばされた。クマ獣人の爪が、アルダーの腹をえぐる。


「……が、はっ……!」


 壁にたたきつけられたアルダーは、腹から転がり出ようとする生命を必死に押さえつけて、クマ獣人に向かい合う。クマ獣人はそのまま膝をつき、前のめりに倒れて動かなくなった。

 アルダーもショートソードを杖代わりに立ち上がろうとして、そのままずるずると床に転がった。




「アルダー! アルダー!! 大丈夫!! もうすぐ、隣町だ!!」


 泣きながら、泰樹は瀕死ひんしのアルダーを揺さぶる。こういう時、後ろ向きなことを言ってはいけない、と誰かが言っていた。一応手当はしたが、血は中々止まらない。アルダーの意識は無い。時は一刻を争う。泰樹とアルダーは村人のあやつる荷馬車に乗って、夜道を急いでいた。




 客間に隠れている間に、大きな物音が聞こえて。気が付けば、決着は付いていた。

 村長の妻と、慌てて居間に向かう。そこは、まったくひどい有様で。獣人が幾人も倒れ、迎え撃ったアルダーも、今にも死にそうな様子で倒れていた。


「あ、あ……! アルダー!!」


 慌てて駆け寄る泰樹に、村長が悲痛な声をかける。


「タイキ様! 早くお逃げ下さい! まだ追っ手が……」

「村長!! 手当……なんでもいい、布持って来てくれ! それから……隣町に行く! 魔獣車かなんか貸してくれ!!」


 村長の妻が持ってきた布を、アルダーの腹部にぐるぐる巻き付ける。圧迫しておけば、少しは止血できるはずだ。


「魔獣車なんて、高価な物はこの村にはございません! ただの荷馬車なら……」

「それで良い! 早く!」

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