AM2:00 疲れを抱き そして 眠る
柊 あると
ACT1 Vol.1
「慣れてしまうわ」
巨大な都市の小さな呟きは、発したレディの耳に響くだけで、他の誰にも届かない。それでも彼女は自分のために呟く。
「慣れてしまうわ」
この言葉しか喋れないかのように、レディは呟き続けるしかなかった。
辞めてしまったら、この状況に耐えられず、悲鳴を上げ、髪を振り乱し、泣き叫び続けながら、両手で顔を覆い、仰け反り……。
やがては気が狂ってしまうだろう。
しかし、それは許されていないし、起こり得ない。「悲哀」と呼ばれる心的ストレスがレベル
事実を認められず、否定したり嘆いたり、諦めようと「慣れてしまう」と呟く。けれど、どうやっても耐え切れず、発狂寸前にまで追い込まれ、自死しようとすると……。
……そこで、リセットが行われる……。
レディはこれを何回行ったか、自分のことなのに知らない。消去されてしまえば、バックアップ機能はないので思い出すこともできない。
「だから、諦めろ」
奴らはレディを、実験実用化のために創った「人工生命体」としてしか扱わない。
人間が持つ「喜怒哀楽」の感情なんてやつは、彼女には必要がないものとして軽く扱われていた。
けれど、科学者というやつは人工物に「人間らしさ」というものを持たせてみたくなる狂人だ。だからレディも、多少の喜怒哀楽の感情を持つことは許されている。
レベル
レベル
「ネガティブ思考」。「マイナーな気分」。精神を病む初期状態らしいが、レディ本人にもよくわからない。
「希死念慮」を持つことか? 突然理由もなく不安感に陥り、心が鉛のように重くなり、固まった心が水中深く沈んでいき、深海にできた深いクレパスへと堕ちていくような絶望感のことか?
人の視線が怖くなり、逃避行動に出る行為のことか?
わからない……。もしかしたら、すでに体験していたかもしれないが、それが悪化した状態がレベル
「希死念慮」だけではなく実行に移そうとした瞬間、脳の機能はシャットダウンされ、リセットを完了して再起動している。全てをきれいさっぱりと忘れ、幼子のような状態で覚醒する。
自分の心でありながら、最終的にはプログラムされた感情と行動しか許されていないらしい。
(らしい……)
これほどあやふやな言葉はないと、レディは卑屈な笑みを浮かべて頬の筋肉をひきつらせた。
「ふぅ――――――――」
大きく息を吐く。
自己管理能力には制限がつき、彼女の脳に負荷がかかることが一定のレベルに達すると、脳は彼女の心を無視して強制終了する。
しかし、有能なプログラムはシャットダウンの記憶を抹殺する。再起動にかかる時間はわずか三秒。
だから彼女は、自分がいつシャットダウンを執行され、再起動したか全く知らない。ただ気がつくと、レディの心は澄み渡った青空のように爽快な、幼女の状態になっているのだった。
レディはその事実を知っていた。カラクリの説明を狂人科学者から受けていた。
「君に、死んでもらっては困るのだよ」
ボサボサ頭に牛乳瓶の底眼鏡。絵に描いたような、狂気博士の風体。頭を激しくかきむしりながら、面倒くさそうに呟いた。
(こいつには何を言っても通用しない……)
レディは本能で、奇形めいた印象の男とコミュニケーションが取れないと悟った。
だから、納得しなければならないのだ。今の自分を。発狂寸前まで追い込まれては、無垢な幼女に戻る。この繰り返ししか認められていないことを……。
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お読みいただきありがとうございました。
リスタート。第二弾 「SF小説」です。簡単に読めるように文字数を減らして投稿しています。
お時間がありましたら、同時投稿「異世界ファンタジー」も、ぜひのぞいてみてください。
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