黄昏

PROJECT:DATE 公式

若葉探偵

七「んー!今日もいい天気ー!」


カーテンを思いっきり開けて

窓を全開にする。

そして目一杯外の空気を吸い込む。

春夏秋冬、雨が降る時以外は

毎日こうして肺に酸素を送っているの。

いつから始めたのか覚えていないけど

外の空気が大好きで、

毎日ころころと変わりこそしないけど

季節が変わるとがらっと変わる

空気の香りや温度感が好きで

いつの間に日課になっていた。

井草の香りも

季節に染まるようだった。


それから入学前の説明会で受け取った

春休みの宿題を眺む。

机の上につまれたままの冊子たちは

埃をかぶっていた。


七「げぇー…答えあればいいのになあ。」


せっかく受験が終わったっていうのに

入学する前にも宿題があるなんて聞いてない。

もう勉強はしたくないからと

放っておいた結果だった。


七「いいや!てるに答え教えてもらお!」


でも、てるは「自分で考えたのか」とか

いつも硬いことを言う。

前髪をセンターに分け

眼鏡をかけた仏頂面が浮かぶ。

所謂、論理派な兄のてるは

小さい頃…とはいえ歳の差があるから

てるが中学生くらいの記憶だけど、

いつも難しそうな本を読んでいた。

いくら話しかけても

適当にあしらわれるだけ。

大学生になってから忙しいのか

前よりあっさりとしている。

これまでに何度も問題の答えを聞いたけど

私の言い訳スキルが上がると共に

教えてもらえるようになるため

壊さなきゃならない壁も高くなる。


それっぽい理由を考えるためにも

座布団に腰掛けて

パラパラと問題集を捲る。

中には地図があり

どこがどこの国か、首都はどこかという

検索すればすぐに答えのわかりそうなものから

ひたすらに式が並べられているものまである。

数学こそてるに任せよう。

あとは調べたらすぐ出てきそうだし後でいいや。


10分座っていただろうか。

私にとって長時間だったそれを終えて

脳内で適当な理由は

見つけていないままにリビングに向かう。

簡単に昨日作り置きされていたご飯を食べて、

すぐ下の探偵事務所へと足を運んだ。


この4階建のうち上2階は

藍崎の家が持っていた。

叔父さんだかおじいちゃんだか忘れたけど

代々受け継いでいるらしい。

今はパパが責任を持って引き継いでる。

そんなパパはなんとかっこいいことだろう

探偵さんなのだ!


古びた建物ということもあり、

ところどころ塗装の剥がれた室内が

お出迎えしてくれる。

事務所としても使っていることから

よく不動産で見かけるような

1LDKよりかは広さを有しており、

社長用、パパ用の大きなデスクと

オフィスっぽいデスクがいくつか、

あと面談したり相談したりする時用の

お客様用のソファ、テーブルがある。

ここにあるものは

比較的綺麗な方ではある。

所謂外向きの内装をしてる。


そして衝立の奥には

パパが短い間休憩する用のスペースが

こじんまりと存在している。

ソファとちっちゃな机、テレビ。

そのどれもが年代を感じるほど

古びていることは言うまでもない!

いっそ古物展として扱っても

バレないんじゃないだろうか!

机の横にゴミ袋が

吊るされているだけだったり、

その割には掃除用のコロコロがあったりと

なんだか妙に中年男性のリアルさを感じる。


七「疲れたー!」


と、大の字になって寝転ぶは

草臥れたしわくちゃなソファ!

ここは私やパパが疲れた時に

ごろんとする場所。

目の前には年代物っぽい見た目をしている

木製の大きいローテーブル。

更に奥にはこのちっちゃ私が

ぎゅって抱えられるくらいの小さいテレビが

面白いのかわからない

誰かも知らないスキャンダルを報道してる。


スキャンダルってそんなに

面白いものなのかな?

私のパパがやっているこの探偵事務所にも

よく依頼が舞い込んでくる。

といえど、その多くは不倫やら

彼氏が浮気してないかやら

恋愛絡みのものばかり。

恋愛が絡むとどうにも人って

盲目になっちゃうらしいの。

ほら、よく言うでしょ?

恋は盲目って!

スキャンダルもそう。

恋だとか愛だとか。

そうじゃなきゃ次はお金。

愛か金かとよく問うけれど、

大切かつバレたらまずいものって

そのふたつしかないのかな?


それからたまに探し物や探し人の依頼もある。

けど、身代金が要求されるような

大事件はまずない。

あったとしてもパパは秘密裏に進めているか

そもそも受理しないか。

特に探し人の依頼は

好んで受けないようなイメージがある。


七「むむむ…。」


ソファと一緒に草臥れながら

午後のサスペンスドラマへと移行する。

途端に心踊る感覚になった。

目をキラキラさせて上体を起こし

飛び起きてソファに座る。

前のめりになりながら

冒頭の映像をー。


その時、ぷちりと電源が切られ

真っ暗な画面の中には

ソファに座る私のきょとんとした顔が映る。

振り返ってみれば、

兄の輝彦がテレビのリモコンを片手に

歯磨きをしていた。


七「てーるー!今から始まるのにー!」


輝彦「休日くらい静かにしてくれ。」


七「まだ静かだったじゃん!てるが消したから!」


輝彦「ドラマが始まったらもっとうるさくなるのは目に見えてんだ。」


七「じゃあ春休みずっと静かにしてなきゃいけないじゃん!」


輝彦「騒ぐなら外に行ってくれよ。」


七「ねえ!リモコンかーえーしーて!」


輝彦「宿題は終わったのか?」


七「ぐ…なんで宿題あるって知ってるの。」


輝彦「父さんが言ってたからな。大層心配してるぞ。あいつは高校でもやっていけるのかって。」


七「できるもん!やってるもん!」


輝彦「じゃあ手伝うことはないな。」


七「…ぅ…ある!」


輝彦「やってんだろ?」


七「やってるけど、やったからわからないところ出てきたの!教えて!今すぐ取ってくる!」


輝彦「もう高校生だろ?教えないからな。」


七「え、何で!なんでなんで、なーんーでー!」


2階へと駆け上がろうとした手前、

てるの心無い声が聞こえてきて

咄嗟に駆け寄り袖を掴む。

すると、てるは鬱陶しそうに

腕を振り払った。

その頃にはすでにテレビでは

ドラマがはじまっていることなど

すっぽり抜け落ちている。


輝彦「高校生だからって言ったろ。」


七「なんで!何で高校生になったら勉強教えてもらえないの!」


輝彦「お前が欲しがるのはいつも勉強の方法や問題の解き方じゃなくて答えなんだよ。中学生気分でいると痛い目見るぞ。」


七「でも、でも1年生だもん!」


輝彦「自分の頭でいい加減考えろって。」


七「なんで教えてよー。考えたよ、ちゃんと考えたの聞いて聞いて。」


輝彦「どうせいつもみたいにわからない言い訳が始まるんだろ、うんざりだから。お前、父さんの探偵事務所を継ぐっていうんなら考える頭になるよう養え。」


七「でも私いろんな人と話せるよ?パパはよく「人との関わりがどうたらこうたら」って言ってたよ!」


輝彦「ちゃんとした意味で捉えられるまではまだまだかかるな。」


七「てるはわかってるの?」


輝彦「大人だからな。」


七「じゃあ私もおとなー!高校生だし。」


輝彦「じゃあ宿題くらいちゃんと解け。」


七「あ、待っててすぐ取ってくる!」


ばたばたと階段を駆け上がり

部屋に飛び込んで数学や理科の科目の宿題を

これでもかとかき集める。

でももしかしたら国語や英語でも

聞きたいことがあるかも。

そう考えているうちに

結局全ての宿題を抱えていた。


慌てて事務所に戻ると

既にそこはもぬけの殻。

てるは私を置いて逃げたのだ!


七「もー!てーるー!」


家で準備を終えて

出かける前に事務所に寄ったんだろう。

わざわざ私を茶化すためだけに

来たのだとしたらそれは許せない!


LINEで何か言ってやろうと思うも

山のようになった宿題を

持ってきていた腕が疲れてしまって

事務所の隅の机に置いた。

今日は依頼もないようで

月曜日だというのにパパも遅起きだ。

こういう時間は決まって

私の秘密基地となっていた。


机に宿題を広げる。

まずはすぐに答えのわかりそうな社会から!


七「この天才探偵にお任せあれ!」


どか、と盛大にくたくたソファに座り

シャーペンを指でくるりと回す。

そして宿題に対して放つのだ!


七「題して!春休みの宿題編開幕!」


まずはネットを使って

答えの捜索から始まる。

手を動かすのが面倒なだけで

答えはほいほいと捕まえられた。


が、集中できたのは

たったの数分だけ。

テレビの音がないと

どうしても身に入らないと言い訳をして

テレビのリモコンを手に取る。

そういえばてるってば

結局茶化しに来ただけですぐ出かけたんなら

テレビをつけてて「うるさい」なんて

別にいう必要なかったじゃん!


今更になって怒りが顔を出す反面

流れるサスペンスドラマは

シリアスシーンに入っていた。


七「あー!もう誰が死んだとかわからないじゃん!」


途中から見たって面白くない!

急に主人公がはっとしたって

見てない部分が鍵になって

その反応をされてもぱっとしない。

てるのせいで見れなかった。

ぶーぶーと独り言で

文句を言っている間に不貞腐れてしまって、

宿題をすることなんて忘れて

スマホを手にした。


スマホではいっつも動物の、

しかも猫ちゃんの写真が

流れてくるようになってる。

猫ちゃんは世界を救うと思ってる。

わんちゃんも同様!

生き物って素晴らしいんだよね。

そこにいるだけで癒されるし

疲れも嫌なことも全部吹っ飛ぶ。

パパに何度も「犬が猫を飼いたい」って

お願いしているけれど、

探偵事務所や家に人がいる時間が短かったり

もしわんちゃんを飼うことになったら

お散歩行かないでしょって言われて

ずっとその願いは叶わないまま。


そういえばとふと思い出して

LINEを開いてみる。

上の方にはパパや知り合いの人の

直近の連絡が、

下には今や連絡など

とうに取らなくなった人たちの連絡が

静かに埋もれている。


七「あ!」


ふと、突如見知らぬ人から来た

LINEがあったと思い出す。

探してみれば確かにそこにあった。

2月ごろだったろうか。

人を探すにはどうしたらいいかみたいな

連絡が舞い込んだのだ!





°°°°°





ナナ『わたしが何でも解決しちゃうよ!任せて!』


茉莉『お手数おかけしますがお願いします。』


ナナ『人探し!何か写真とかあるの?』


茉莉『写真はなく、記載されていた住所も既に建て替わっており現住所は不明です。電話番号もつながりません。探し人の生年月日、名前はわかっています。』


ナナ『え、それじゃあ受理難しそう?わかんない!』


茉莉『ご依頼ではなく、人を探す時手詰まったらどうすればいいかをお聞きしたく連絡しました。』


ナナ『そうなの?パパに聞いてくる!』



---



ナナ『昔住んでたところの市役所?とかにいくと、転入とかなんかねいろいろあるかもだって!無理だったらその人を知ってる人とか、親とか、友達とか、周りの人?に聞くとか?』


茉莉『教えていただきありがとうございます。』


ナナ『探偵だからね!すごいに決まってるじゃん!』





°°°°°





それ依頼連絡は途絶えているけど

誰からどのルートで知ったんだろう?

大人っぽいなあと思いつつ

その後すぐ別のことに気を取られて

放置していた。


七「ま、いっか!」


今度はテレビを見ることも忘れて

Twitterを開いた。

相変わらず猫ちゃんの写真が

大量に流れてくる。

そ!をいくらか堪能していると

ふと違和感が目を掠めた。


七「…ん?」


よくよく見てみれば

アイコンが変わっている。

何でだろうと思いつつ

すぐにプロフィールを変えようとした。

けれど、なぜかエラーで

変更することができない。


七「えー何でー!」


そのままスマホを投げ出してしまいそうな

衝動に駆られながら唸り続けていた。

すると、あろうことか

自分の名前まで変わっているではないか!

気づかなかっただけなのか

たった今変わったのかわからないけれど、

確と藍崎七と表示されていた。


七「えーっなにこれなにこれ!」


思わずてるに連絡する。

電話をしても出ない。

LINEをしても「忙しい」スタンプで無視された。

「乗っ取りかも」と言ってみれば

「じゃあアクセスできる間にアカウント消せ」と

冷たく言い放ってくる。


七「もー!てるのばーか!」


そう言いながらアカウントの削除を試みる。

確かに、消して仕舞えばそれは

なかったことと一緒になる。

目に入らなかったら

多分気にならないだろうし、

そうするが吉だ!

そう思った私はアカウントを消そうと

設定のところから色々操作してみるも。


七「なーんーでー!何で何で!」


そこにはエラーと表示されるばかり。

どうして変えられないの。

この前は変えられたじゃん。

誰かが意地悪してるんだ。

苛々は募るばかりだったけれど、

ふとそこで思い立つ。


もしかして…

これはなにかしらの犯罪に

巻き込まれているんじゃないだろうか。

どくんと心臓の跳ねる思いで

スマホを握りしめて立ち上がる。


七「ふっふっふ…。」


そうともなれば話は早い。

私がやることはそう、ひとつだけ。

この謎を解き明かすことだ!


七「題して!変異アカウント解剖編開幕!」


声高らかに宣言する。

外からはお昼間だからだろうか、

どこかの家で掃除機をかけている音がした。

それと同時にドラマのエンディングが流れ出す。

うんうん、それっぽい!

そう思うと同時にはっとして

テレビの前まで駆け込み跪く。


七「あーっ!全然見れなかった!」


一部見ていない状態で見るのは嫌だけど

1話分まるっと見れないのはもっと嫌だ!

わっと駄々をこねても時間ばかりは

戻ってこなかった。

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