とある手紙(ディストピア)

涙田もろ

とある述懐

――百年後の日本人へ。


ごめんなさい。


わたしたちはするべきことを怠りました。


権力者の権力を掣肘せず野放しにし、無能な為政者を数多育ててしまいました。


そのために国民は彼らの家畜となり、彼らが定めた法律によって、


もはや逆らうことができなくなりました。


逆らう兆しをみせただけで、矯正所に送られて多くの人は二度と出ては来れません。


日本と言う国の中に権力者の国がうまれ、


その国の為だけにすべてが為されるようになりました。


権力者だけが住む国家の中の国家、


その枠外に住む国民はすべて奴隷同然になりました。


わたしたちはそれまで政治に無関心で、そして無知蒙昧でした。


先進国の中で最も政治に対する能力が劣ることを


認めず

気付かず

関知せず


個人の稼ぎだす小銭のことだけを日々考えて自らの技能を高め、


お金の為にだけ生きてしまいました。


そのためにその他の事をおざなりにし過ぎました。


もはや取り返しはつきません。


ここから先の子供たちはただの権力者の家畜です。


わたしたちの責任です。


どう償っても償いきれません。


ごめんなさい。

ごめんなさい。


西暦2028年3月末日



 ――西暦2087年


 木造の古い一軒家を買い取り、そこの小さな地下室にあった古びた金庫の中からそ


の手紙を発見した壮年の男性は、市の図書館へ足を運び日本語の辞書を開いた。そし


てこの手紙を読み終えた男性は、


「何年前の誰かへ。あなたが謝るには及びませんよ。あなたが謝るべき日本人という


国民は、もうどこにもいないのですから」


 流暢なE国語でそう呟くと、その手紙を丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。


 外へ出ると西から吹いて来る風にふと、自分が子供で日本語を話していた頃、まだ


日本人と言う同胞同士だったこの列島の西側に住む人たちを思った。


 彼らは今、C国語を話している。


 そこでは、日本人同士での男女の交わりは一切絶たれ、同化政策によって適齢期


に達した女性は、ことごとくC国農村出身の兵士たちの子を身籠らされたという。


 一方男性はみな強制労働によって搾取され、その他どのような自由も存在せず、誰


一人子孫を残すことを許されぬまま世を去って行った。


「それに比べたら、差別の中にあると言っても、私はまだ幸運なのですよ……」


 男性は歩き始めると、彼の生業とする土地転売のため、買い取った建物を更地にす


る業者に連絡をした。


「――極東州市民か? なら〇〇ドルだ。その他に『アレ』を15%上乗せ……分かってるな?」


 男性は猫撫で声でその高圧的な電話の相手の要求に応じると、溜息をついて歩き出


した。


 その後、彼はその手紙のことを誰にも話さなかったし、思い出すことも二度とな


かった。


 やがて、世界の人たちの記憶からも日本と言う国があったことは忘れ去られ、長き


歴史を持つ美しかった国は、単に記録の中だけの存在となり、完全にこの惑星から消


え失せた。

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とある手紙(ディストピア) 涙田もろ @sawayaka_president

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