うそーだよー、ごめーんねー?
DITinoue(上楽竜文)
第1話
「これなんですけど」
「何これ」
「栗饅頭です」
「……プッ、ハハッ、ウハハハハハ、キャハハハハハハハッ!」
目の前の悪魔じみた笑みを浮かべた彼女は、持参した大きな栗饅頭と僕の顔を見比べ、背中のゼンマイがぶっ飛んだみたいに笑い出した。目には早くも涙が滲んでいた。
「あの、で、相談しに来たんですが……」
「キャハッ、はいはいそうだったね、ウヒヒ、まあでも栗饅頭じゃなぁあ、たかが知れてるけど、まあいいよ。プッ、どうしたの?」
しげしげとこちらの話を窺う中学生が食べている、カップラーメンの蒸気が顔面に直撃してきた。
「……まあ、簡単に言うと、もうすぐクラス替えじゃないっすか」
「そうね。卒業して夢の国に飛び込む私からすれば全く関係ないけどね」
いちいち挟むリアクションに、僕は頭を一掻き、空咳をした。
「どうやら好きバレしたらしい片思いの相手がいて、クラス替わる前にどうにかしたいんですよ」
「え、そんな、見ただけで噴き出しちゃいそうな顔したあんたが? もしかして、あのフェンシングのすごい人じゃないの? 無理無理、あんたじゃ無理、高嶺の花っしょ。諦めな諦めな」
やっぱり、前評判の通りだったのか――。
『明日・四月一日の一日限定で、「ハートフルラブの窓口41」を開設します! 要は恋愛相談所です。場所は「ちるどれん」で、明日ならいつでも相談受け付けます。あ、でも夜はやめてね。スタッフは
ハートマークが鼻血の出そうなほど群がる背景にデカデカと文章の綴られた画像が、生徒会副会長の寵愛を受けている妹の
伊織さんが勝手に、妹のスマホで投稿したのであろうことは大体検討がつく。
『まーた副会長殿が職権乱用ですか』
『立ち去ったはずの“性悪姉貴”は、まだ何かやるつもりだったのか』
『というか、もう卒業してるじゃないですか、この前。なんで妹のを使って』
『なんか、伊織さんの性格ならちゃんと相談してくれる気がしない……』
『いや! ここぞという時の伊織先輩は意外と頼りになる!』
そう、彼女は副会長の椅子についている間、権力を盾に暴走し、校長や教頭に呼び出されたこともしばしばある。
恋愛の仲介だとか言って出てきて、双方に相手の悪い所を吹き込んで別れさせたこともあったりするし、そうかと思えばどう考えても付き合えそうにないと思われていた二人を結んだこともある。
そんな伊織さんが恋愛相談所。
行けば、二つに一つだ。散々な目に合うか、結んでもらえるか……。
――どうする?
「おい、
母の声が耳元まで入ってきて、やっと僕は気づいて、慌ててスマホをポケットに閉じ込めた。
脳裏には、勝気な笑顔を浮かべた片思いの相手――
鷹央・山田の個人チャット
鷹央:『見た? あの鈴川さんのやつ』
山田:『あー見ました』
鷹央:『ヤバくね? ちょっとさ、お前も行ってこいよ。彼女欲しいんだろ?』
山田:『いやぁ、でも怖くないですか?』
鷹央:『何がよ?』
山田:『いやなんか』
鷹央:『まあいいけどよ。ところで、もうすぐクラス替えか』
山田:『ですね』
鷹央:『大とはついにお別れだ』
山田:『悲しいこと言わんといてください泣』
鷹央:『お前さ、新しいクラスでちゃんとやってけんの?』
鷹央:『じきにいじめられんじゃね?』
山田:『今まで通りやればどうにかなるのでは……助けてください、もしそうなったら』
鷹央:『いい加減そのキャラさ、舐められると思うけど。柔道であんな強い癖にどこまでも気が弱くてさぁ、人見知りでさ、おまけに女心も分かんないときたらそりゃあ誰とも付き合えないって。面白さだけが取り柄かな』
山田:『司さんみたいに実力も精神面も強くなれたらなぁ……』
鷹央:『アタシのマネはしない方がいいと思う。敵だけが増える』
山田:『モテモテじゃないですか、とか言って』
鷹央:『でもアタシさ、そういうチャラいやつとか興味ないのよね』
山田:『そうっすか……』
「まあ、こういう感じですね、メッセージのやり取りは」
「なるほどぉ……うわぁ、気持ち悪い話してるよあんたら。女子とエロい話出来んのに何で告白できないわけ?」
伊織さんに豪快に肩を叩かれ、それは自分でも分かってるんだよ、と内心呟く。
鷹央は、フェンシングの実力者だ。自分も柔道部で“陰の主将”と言われたりするが、それとは比較にならないほどの実績でインターハイも、もう目前。
男勝りの口の悪さと、すぐに飛び出す強靭な手足、性格はかなり意地悪。
顔は整っていて、はにかんだ笑顔は何よりも可愛いのだが、それに騙されていざ話しかけるとすぐさま悪口と殴打が飛び出す。時々、こちらの目に見えるようなところで他の女子とひそひそ話をしているものだから、こっちは肝っ玉が縮む。
「まあ、入学早々から、角刈りに大きな四角眼鏡、目の上には大きな痣があり、人見知りで気が弱い僕は、陽キャの連中に目を付けられ、事あるごとにイジられていたわけですよ。それがウケちゃって、結果、司さんにも目を付けられて、時々イタズラされることとなったんです」
「まあそりゃ当然だろうね。どう見てもそういう顔だもん。声も低くてさぁ、絶対“秋元大佐”とかの物真似できるでしょ?」
散々その物真似をやらされていたことは、この際黙っておくことにした。
「で、です。高校生活初めての夏休みに入った時、連絡先を好感してもらった時、弾んだスーパーボールみたいな胸の高まりを感じた時、僕は彼女にのめり込んでいるのだと知ったわけですよ」
「なんかもう、その無駄に胡散臭い比喩が、メンヘラで独りよがりな悲しき男なんよな」
僕は、こうしている間も炭酸が抜けたソーダみたいな空虚な気持ちをどこにぶつければいいものか模索していた。おっと、いけね。
「まあ、でもさ、条件的にはまだギリギリ当てはまってんじゃん?」
「自信が持てないんですよ。と言うのも、信頼して相談した友達がもしかしたらバラしたかもしれなくて、それで一回、LINEで『大ってアタシのこと好きなの?』って聞いてきたわけなんですよ。あーもう終わりかって」
「なんで? チャンスじゃん。なんて返したの?」
「既読スルーしました」
「あ、もう終わりね」
あまりにもあっさり掌を返すもので、僕は正直、この人に怒りさえ覚えた。あまつさえこちらは真剣なのに、どこかそれを軽んじ、大学入学までの暇つぶしにしているような感じがどうしても拭えない。
「でも、どうにかして関係を保ちたいんです。なんか、同じクラスでは話してても、違うクラスになった途端……ってあるじゃないですか。それが怖いんすよ」
「んー、まあでもそれくらいなら、わざわざでっかい栗饅頭なんて持ってこなくてもよかったんじゃない?」
「しかも、なんか最近、ちょっと臭わせぶりな言い方してくるんですよ。もしかしたら、つい一か月半前、告白してフラれたから、ターゲットがこっちに来たのかもしれないって思ったりして」
「そんなことあると思ってんの?」
あまりにスパッと胸の真ん中を射抜く言葉なので、実際にそう思っていたとしても、こちらはかなりのダメージを負う。
「だから、困ってるんですよ。お願いします、なんかいい方法ありませんか?」
「……あ、そうだ。良いこと考えた」
「えっ、どんな?」
「ちょっと順番があるから、ひとまず外で待ってて」
はい、次の方ー、と伊織さんが声を上げると、クラスの見知った女子が入ってきた。
相手はチラリとこちらの存在を悟ったようだったので、僕は逃げるように駄菓子屋を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます