言妙昔噺

ZENWA

壱噺 言ひへて妙

時を日本は逆撫でする。

時代も人も、想いも心も。形を模しても模さずともその限りに過ぎない。

繕い繕われ、紡ぎ紡がれ人を成し、時を成す。

美しき記憶は鮮やかに、苦しき記憶は甚だしく、時間はおるものを選ばず。

等しく久しく人が生きた時間を今一度繰り返す。

喜んだ分だけ、悲しんだ分だけ、生きた分だけ。

微笑んだ数だけ、泣いた数だけ、愛した数だけ。









時は梯杪だいみょう 二一三〇年頃

正確な年代など知る由もなく、存在しない。


二〇三〇年頃より日本はかつての姿にかえろうとする。

人は、過ちを繰り返した。故に綻び、衰退とも発展とも言えぬ文化を織りなす。

そこを機に、日本と呼ぶべき人の暮らしはまるで時を戻るように、再現されてゆく。

契りし盟は破綻し、かたきを生み、この島の中のみの文明を築く。それは洋式、和洋折衷、和魂洋才、和式という風に開化の道を後戻りするように発達する。それすなわち、戦争、恐慌、好況、富国、大政、鎖国、戦乱、栄華、信仰、大化、古墳に土器。この順に日本は移ろい、近代化の対義であり旧態依然ともまた違うかたちに、つまりは和を色濃く上塗り、なぞる。

かつて弥生の時代を迎えたならば、必ず再び弥生の時代を生きることとなる。そしていずれは…


兎にも角にも、このというものによれば始まりがあるなら終焉おわりがあるのだという。とはいえそこまでのことではなく、所詮は二一三〇年頃の話である。






―美しくとも、哀しくともあるこの地にて、それを麗しいと視て誠に不幸にも幸と感じてしまう者を、何人なんぴとたりともおとしめることはできず。ただそこにその者の幸せがあるならそれをあざむくことできず。これすなわち、本に幸せな者というのは、不幸ふしあわせを知る者である―




如月 山奥にて二人の影在り


「そこに斧は置いておいて」


「わかりました」


小柄な女子おなごがその場の切株に斧を刺し置く。

日本にて、どことも言えぬこの土地は、僕とたえが暮らすには十分が過ぎる。


弥嵩みかささん。そちらのお仕事がおわりましたら、どうぞお家へ。昼食がございます」


「わかったよ」


僕は畑を世話するのをやめて、背伸びをする。帰るにそこには妙の料理があるという。待ち遠しいのやら疲労やらで思わずため息がこぼれる。この息に後悔という念など何一つ混じっていない。

汗をぬぐい、帽子を取って家へと向かう。簡素とはいえ木造と、これまた不足のない家―もはやそれはかつての日本の村のそれであり、そこに入れば味噌の汁物の香りが鼻を撫でる。入って右手にある台所に隣接する居間にて、妙が白飯を握って置いている。


「では、いただきます」


二人で向かい合い、汁の入った鍋を煮る囲炉裏いろりと食事を挟んで向かい合って正座する。


「はい」


妙は僕が合掌するのをみて微笑みながら軽くお辞儀をする。まったく、笑顔が絶えない花のような女子おなごだ。

妙―風月白妙ふづきしろたえは、体は小さく幼げだが、見た目以上に大人びており、しっかり者で、とても心優しい。容姿も物腰もやわらげで、常に落ち着いた雰囲気はあるものの、名前とは異なり冷たいというわけではない。元気で、誠に温和で、人懐っこい小動物のようだ。その姿、甲斐甲斐かいがいしく。

彼女は幼い時に両親を亡くし、同じく両親がいない僕とこの家でともに暮らしている。互いに正確な歳はわからないが、二十はいっておらず、十五かそれ以上かといったくらいである。見た目も、僕と妙はほぼ同い年とみえる。着物姿は桃色を基調とした花柄で麗しく、それでいてせっせと動いて見せるその身のこなしに、衣の動きやすさもあるのだろうが、服に着られぬ女性の凛とした強さを感じる。

なぜ僕らがこの歳で二人暮らしをしているかと言えば、それは親がいないからであり、事情は違えど境遇を同じくする僕らは、互いを支えあうことで生活を取り持っていた。近くに村もあり、そちらのお宅で厄介になることもできたろうが、どうにも僕らは生き抜こうとする想いが強く、それが歳の近い者同士の結託であった。それでかつて僕の家族が住んでいたこの家を居場所とし、畑で作物を育て、獣を狩ってはそれを食い、たまにそれらを村の市で売ればほかの村から仕入れられた米やらを手に入れる。意外にもなるようになっているわけだ。それもこれも妙の努力家な性格の賜物たまものである。


「美味いよ、今日も」


「ありがとうございます」


微笑んだ顔がさらに緩む。


彼女の家族について、かつて聞いたことがある。その時は僕の家ことについても話した。これから生活を共にするという上で、身の内をさらしておくと何分なにぶん気が楽であるからだ。当然わざわざ触れるようなことはしない。だがしかし、秘めた記憶というよりは、かつてのことを懐かしむように、昔噺むかしばなしをし合うことはある。互いに、家族との思い出は悪いものではない。


「食事が終わったら、どうなさるのですか」


「今日は狩りに行こうと思っているよ。風呂を沸かしておいてもらえるかい」


「承知致しました、本日は柑橘の皮でも入れておきますので」


わかった、という風に両手を握りしめて笑っている。こうして食事をとれば疲れも何も明日への気力へと変わりゆく。

思えば生きようと思えたのは妙のお陰である。そうでなければ僕もまた、父母と同じ命にてその生涯を閉じていたやもしれぬ。互いに支え合うというけれど、僕ばかりが支えられているようで、なんとも不甲斐のない。


「これはひとつ、大きいのを捕まえねばな」


僕は意気揚々と家の戸を飛び出す。


吹く吹く風よ、いつかに散らす桜に伝えておくれ

弥生の頃には咲かせよと

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