第3話 伍
高鵬は伍長になったことで、生まれて初めて地図というものを見た。作戦というものを聞いた。まったく理解はできなかった。自分の国のことさえ定かではないのに、敵の国など、国名を聞いても、耳にしたことはある、という程度だった。
伍長になったからといって、いいことは一つもなかった。
何も変わらぬどころか、損なことばかりだ。さっぱりと分からない内容の注意事項をいろいろ聞かされ、それを部下に伝える。戦場では五人の先頭で進み、最後に退く。将であれば、自分で自分の身の置き場を考えることもできようが、伍長には何の自由も与えられていない。まあ、そんな自由を戦場で与えられたところで、どうしていいのか決められない高鵬には、その点はそれで良かったのだが。
彼は臆病だったので、戦場で自分と自分の部下たちが死んだりしないように、許される範囲内で消極的に行動した。そして臆病だったから、許される範囲を逸脱することもなかった。
それでも敵兵と直接衝突すると、いつかのように、大声を上げて刀を振り回した。それは敵味方からの評価につながった。
主に運によるものには違いなかったが、まるで高鵬たち五人が、敵の一角を突き崩したように見えたり、味方が押し込まれそうになったところを立て直したように見えたりすることもあった。
さらなる昇進こそなかったが、褒詞とともに褒美をもらうことが幾度か重なった。褒美は主に食料だった。それも五人で分けて食べるようにした。
彼は、兵士たちの間で立派な伍長だと言われるようになっていった。悪い気はしなかったし、部下たち四人も、誇らしく感じているようだった。四人にしても戦の玄人ではない。彼の刀の振り回し方が、弱さのせいであることなど見破れるはずもなかったのだ。高鵬の話し方や所作が、父親の教育というか見栄のお陰で、堂々としたものであったことも、そんな勘違いを助長したのかも知れない。
五人は無事に過ごすことができていた。ふと思いついて辺りを見回すと、周囲の兵たちもほとんど欠けてはいなかった。前回までの徴兵では、気付くと周りが寂しくなっていることも多かったから、今回はいい意味で異常と言えた。
「新しい軍師さまが、どうやら優秀なお方なんだそうで」
食事する時、陳濤は幅広の体を縮み込ませるような姿勢で食べる。
最近、そこここで同じような言葉を耳にするような気がする。何がどのように優秀なのかは不明だが、どうやらあまり兵士が死んでいないように思えるのは、その軍師さまとやらのお陰らしい。軍師という言葉が何を意味するかくらいは、高鵬もいろいろな話を読んで知っていた。
そう言われて改めて考えてみると、前回までは、最初から最後までただ走っているばかりだったが、今回は最初の何日かは走り通しだったものの、それからは一日中茂みに隠れているだけだったり、石ころを山の中へ運んだり、妙な任務が多かった。それらがすべて自分たちを生かす術であったとすれば、軍師さまとは何と偉いお方なのかと、彼は感心した。
「そのようですな」
宇俊は、とても皆と同じものを食べているとは思えないような品を感じさせる。姿勢はつねに正しい。
「へえ、そんなにすごいんで」
洪昌が、半分質問のように視線を楊然に向けても、楊然は少し笑うだけで何も言わなかった。
食事の時の楊然は、つねに話し続けていた。つい先刻のこともあれば、前の戦のこともあった。また、自分の故郷の話や家族の話など、いつも舌は滑らかで、話が途切れることがない。楊然の故郷や家族の話も、話を無理に読ませる父親がいないという違いだけで、高鵬のものと似たり寄ったりだった。しかし、なぜか楊然が話すと、それは面白かったり、悲しかったり、劇的な人生のように聞こえた。戦場で走り回っている時でさえ、楊然は黙るということがなかった。叫んでばかりのこともあるが、それでも賑やかなのには違いなかった。
だから高鵬はこのとき、楊然にしては珍しい態度だな、と少しだけ不思議に思った。
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