しのぶれどなんちゃら

筆開紙閉

封印

 日本には八百万の神がいるとされている。それくらい多くのという意味であり、その中には荒ぶりかつ人間社会に対して悪意を持つものも腐るほどいる。

 それら荒ぶる神への対応として通常は祀るなりで機嫌取っていったりするわけなんだが、星の海を越えてきてこの星を侵略しようとするような神性相手にご機嫌取りは通じない。文化が違うからな。壊すか封じるかの二択だ。その上うんざりするくらい強いんだよなあ。

 今ここ……なんか読み方が特殊村の封印が溶け落ちた。安倍晴明が封じたという由緒ある観光スポットだったが。封印の経年劣化はどうしようもない。

 山のような体躯の透き通った海月クラゲが全方位に溶解液をぶちまけている。どうしてこんな場所に来ているかというと仕事代わったんだよ。

 斬島開左キリシマ・カイザ後楽園哭苦亞アトラクエン・ナクアの娘、斬島亜沙キリシマ・アサを預かり、一年以上が経過した。年月の感覚が曖昧なので分からん。

 約二ヶ月前に遡る。

「入学式さあ、一応俺が行くつもりだけど俺より後楽園アトラクエンなり開左カイザなりが来た方が嬉しい?」

 小学校の卒業式は両方とも来れなかったので俺が出た。俺の方からヤンデレみたいに電話かけて催促したが無理だった。

「それはそうだけどお母さんたち仕事忙しいし……」

 両親が卒業式来なかったからまた来れないだろうなみたいな低いテンションだよ亜紗も。亜沙は親譲りの顔の良さと親に似ない常識的感覚を持ち合わせたほとんど手のかからん良い子。たぶん成長するとカッコイイ系の美女に仕上がる。

「聞くだけ聞いてみるわ」

 聞くだけ聞くよりも強い意志でどうにかスケジュール管理した。

 亜紗を預かっているだけの俺が入学式行くのも違うだろということで後楽園から仕事を無理矢理代わった。卒業式来れなかったんだから来い。開左は何処にいるかもわからない。ここしばらく行方不明らしいが、たぶん死んでない。死んでいたら後楽園がひりついていて電話越しでも不機嫌さが伝わると思うし、威圧感で俺の胃の中身が全部出る。

 後楽園の仕事というのはこの国に腐るほどいる国家転覆から世界滅亡級の危機を危機の段階で摘み取ることだ。警視庁の若くて活きが良い連中に代わりが務まるような人材が存在せず、俺が無償奉仕みたいなことをやることになった。概ね俺より弱いし。俺とやり合えそうな連中は忙し過ぎてスケジュールが合わないか俺のこと猛烈に嫌っているの二択。後楽園からは移動費と昼飯代だけ貰った。正式に国から仕事を受けれるように法律とか整備してくれねえかな。

 知り合いだからこれくらいで受けているけど、知り合い以外に頼まれてもこんな格安でやんねえよ。

 日本の治安が年々悪化し警視庁に暗殺部が創設されたりしているんだから警察業務の民間委託とかもやらないと手が回らないぞ。

 まあいい。そんなことより今は目の前の海月クラゲ退治だ。

 今回の件の人員は俺と土御門キョージだ。キョージは封印後に海月クラゲを渡すという契約で呼んだ。

 封印の経年劣化で海月クラゲが出てくる前に周囲には人払いを済ませた。キョージが。

 たぶんキョージだけでこれくらいの海月クラゲなら倒せると思うが、流石にそこまでやらせるわけにもいかんし。

 周辺の人払いも終わっているのでキョージに服を渡して全裸になっておく。本気出すと服が確実ダメになるからな。服を脱ぎ、素足で歩いて海月クラゲに向かっていく。海月クラゲとどつき合う。本気を出す。俺はヤマタノオロチから零れ落ちた神性なので、大蛇の姿を取ることができる。

「天叢雲剣が命じる。消え失せろ」

 大蛇と化した俺が持つ天叢雲剣(こっちがどちらかというと本体)から水流が吹き出し海月クラゲを切り裂く。手ごたえとしてはすんなりと切れるが切ってもすぐにくっつく。再生能力が尋常じゃないタイプか。

 向こうも起き抜けなのか周囲に溶解液をばら撒くくらいしかしていない。地面が煙を上げて溶けている。地面ってこんな溶けるものなのか?

 海月クラゲと視線が合った。何処に目があるのかも分からんが目が合った。

相手の触手がこちらに向き、溶解液を物凄い水圧でぶつけてくる。

 鱗で水圧は耐えたが、溶解液がキツイ。なんか溶けてその下の肉が痛い。鱗が再生する速度と溶かす速度がトントンだ。まともに殴り合うとスタミナが多い方が勝つ泥仕合になるな。まあそうする気はないんだが。

「終わりました」

 遠くからもりが飛んできて海月クラゲに刺さった。

 銛に引っ張られて海月クラゲはキョージの下に行き、そしてなんか予め用意されていた小さな箱に仕舞われた。『封印再度』。

 俺は大蛇から超イケている美女の姿に戻りキョージのところまで行く。俺の艶やかな銀髪はたまに行く中華料理屋の店長からべた褒めされた美しさ。まあ全部クシナダヒメの見た目パクッたんだが。

「では約束通り、こちらは貰っていきます」

 キョージは天パでスクエアフレームのメガネをかけていて、見ての通り胡散臭い奴だ。こんなのだが実力はたぶん人類でも上から数えた方が早い。これでコイツの人間性に問題なければ日本の将来も安泰なんだがな。

「ありがとな」

 無理言って来てもらったんだしお礼くらい言うさ。俺の服は綺麗に畳まれて地面に置かれていた。やや不敬だが、まあいいだろう。

「いえいえ。私は構いません。ですが須佐様はこれでよろしいのですか?」

 俺は須佐八一スサ・ヤイチという戸籍を作って人間社会に紛れている。天叢雲剣とか往来で呼ばせるわけにもいかんしな。

「入学式くらい実の親が来た方がうれしいだろ……」

 俺が腹痛めて産んだわけでもないし、ここ一年くらいの付き合いだし亜沙としてもこういう行事には実の親が来てくれた方が嬉しいだろ。

「そのような話ではなく……天災の化身たる御身が人間の真似事をしていつまでも人間に合わせるようなことをしていて本当によろしいのかと……」

 コイツ何考えているかわかんねえな。俺がどういうつもりか分かっていてそういうこと言っているのか?どうでもいいけど。

「風を自分で起こすより吹いた風を楽しむのもいいさ」

 『NARUTO』の大蛇丸みたいなこと言ってしまった。スサノオともう一度やり合うのは俺の悲願だ。そのためには元の力を取り戻し、冥界に下らなきゃなんねえ。何万年掛かろうがこれは譲れない。けどそんなに急ぐことでもない。じゃあのんびりと人の営みを眺めてもいいじゃないか。

「おっ、亜沙から入学式で撮った写真来たな。見るか?」

 RINEで写真が送られてきたので『ガラージュ』のスタンプで返した。

 こうやって亜沙と後楽園が並んでいる姿もなかなか見れない。良かっただろこういうイベントも。

 俺が話しかけているのにキョージはもう帰っていた。アイツこういうの興味ないよな。

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