第20話 少女とカミサマ②

 翌朝。


「くぁ……」


 目覚ましがたっぷり十分は鳴った後で、少女がモソモソと布団の中で動き始める。


「寝起きの悪さは、いくつになっても変わんねーな」


 苦笑の響きを伴わせながら、嘴に櫛を咥えたトモダチが飛んできた。


「昔に比べれば、だいぶマシになったよー」


「そうか……?」


 ふにゃっと笑いながら身を起こす少女の、寝ぐせだらけの髪をトモダチが丁寧に梳かす。


「ん、こんなもんか」


「ありがとー」


 一通り梳かし終わったところで、トモダチは床に降り立って櫛を置いた。


「んで、これが今日の服だと」


 次いで、やけに分厚く畳まれた布を足で指す。


「振袖、というそうだ」


「うえ、なにこれ見るからに面倒くさそう」


 振袖を手にとって広げてみた少女が、あからさまに顔をしかめた。


「着せてー」


 ポイポイと寝間着を脱ぎ捨て、下着姿になった少女が両手を広げる。

 早々に自力で着るのは諦めたようで、完全にお任せのポーズであった。


 昔と違って随分と各所が膨らんだ身体が顕になるも、少女にそれを恥ずかしがるような文化はない。


「端からそのつもりではあるけどよ……おら、襦袢に袖通すくらい自分でしろ」


 言われた通り襦袢に袖を通した少女の周りをグルグル飛び回りながら、手際……もとい嘴際よく着物を着せていく。


 トモダチは、着付けも出来る優秀なトリであった。




   ◆   ◆   ◆




「あー、めんどかった」


 数十分に渡る奮闘の末、少女が辟易とした様子で部屋を出る。


 もっとも主に奮闘していたのはトモダチであり、少女はただ指示されるがままに手を上げたり下げたりしていただけだったはずだが。


「ホントは髪型もちゃんとセットしたかったんだがな……」


「めんどい、パスパス」


 ひらひらと手を振る少女に、トモダチはやや不満げだ。

 少女の髪型はいつも通り、飾り気もなくストレートの黒髪を背中へと流れるままにしているだけ。


「大体、この格好は何を目的としてるの? こんな格好で外に出たら凄い暑そう」


「……いや、それはたぶん大丈夫なんじゃねーかな」


 そう言うトモダチの声は、いつもより少しだけトーンが低かった。


 そして、その言葉の意味を少女はすぐに知ることになる。




   ◆   ◆   ◆




「……あ」


 軒先に出た少女は、小さく声を上げた。


 セカイは、概ねいつも通りだ。


 見渡す限りのサバク。


 前後左右どこを見ても、砂砂砂。

 ソラは青く青く、砂で構成されたチヘイセンの向こうまで広がっている。


 そんなセカイに、ポツンと一軒の家だけが佇んでいるのもいつも通り。


 しかしその庭の池に、退屈そうなカッパの姿がない。


 来るはずもない敵を警戒するテンシの姿がない。


 うるさく戯れているミニカミサマの姿がない。


 セカイは静寂に包まれていた。


 十数年前には当たり前だった光景。


 しかし、今はそれが妙に寂しく少女の瞳に映る。


「そっかー」


 納得の響きと共に、少女が呟いた。


 いつも適温に保たれていたセカイが、今日は随分と肌寒い。

 実際に気温も低いのだろうが、その寒々しい景色が更に体感温度を低くしているように感じられた。


 なるほどトモダチの言った通り、振袖でも問題はなさそうである。


「もう、おしまいかー」


 その呟きも、空虚に消えていった。


「トモダチは、消えないんだね」


 頭の上に載るトモダチの喉を撫でる。

 出会った当初はそれだけで少女の頭はグラグラと揺れたものだが、今となってはもう何ともない。


 少女の頭は成長してあの頃よりずっと大きくなったし、対照的にトモダチの体躯はあの頃と少しも変わっていなかった。


「オレはあいつらと違って、完全に独立した存在として創られてるからな」


 この日のためにな、とトモダチが付け加える。


「そっか……」


 目を細め、少女は頭の上からトモダチを抱き上げた。


「いつも一緒にいてくれて、ありがとう」


 真っ直ぐ目を合わせて、もう一度トモダチを撫でる。


「なんだ、藪から棒に」


 トモダチは、くすぐったそうに身を捩った。


「ん、なんとなく」


 少女がクスリと笑う。


「礼なら、オレをこういう風に創ったカミサマに言いな」


 少女の手の中から飛び立ち、トモダチは少女の肩へと留まり直した。

 その視線は少女の前方、サバクの上に向いている。


「うん、そうだね」


 少女も、再び外へと目を向けた。


「人の子よ」


 すると、そこにいた。


「二十歳の誕生日、おめでとう」


 いつものような派手な登場はなく、いつの間にかそこにいた。


「カミサマからの、最後の誕生日プレゼントだ」


 いつものような高笑いもない。


「お前は、何を望む?」


 ただ、淡々と問う。


「真実を」


 カミサマに向けて、気負いなく、戸惑いなく、短く少女はそう答えた。

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