第15話 鍵がかかってる
チャリング・クロス駅が開業したときに周辺一帯の土地は商業施設用に売りに出されたらしいのだが、それを頑なに拒んだカップルが一組いて、腹いせにチャリング・クロス教会で心中したのが事の発端だった。
それ以来新しい買い手はつかないし、心中の名所になってしまうしで、放置されてもう七年になるそうだ。
廃教会と言うからどれほど寂れているのかと思ったが、駅近くの土地と言うこともあって案外人通りの多い場所に建っていた。
『KEEP OUT』と書かれた看板を無視して芝生(といってもほとんどが雑草に置き換わっている)を突っ切ると、石造りの苔むした教会が現れた。
木製のドアに至っては下半分が腐り落ちており、中が少し見えている。
ドアノブを回してみるが微動だにしない。
「鍵がかかってる」
「君は律儀なんですね」
とワトソンが腐ったドアをくぐり抜け内側から鍵を開けた。
ドアマンよろしく慇懃な態度で扉を開けると、
「どうぞ」
「……こりゃ丁寧にどうも」
わかってたけど一応確かめたんだよと目線で訴えるが口には出さない。
出せばたぶんもっと惨めになる。
中はさらに荒れていた。
ファラオの墓でもここまで荒らされないのではと言うくらい、壁や装飾に使われた貴金属が根こそぎ剥がされており、むき出しになった生木が湿気でずぶずぶに腐っている。
隙間から吹き込んだ砂埃も湿気のせいで粘性を持ち、全体的にぬるっとしていた。
「床板も腐ってますから気をつけてくださいね」
「わかった」
ワトソンが靴の先で床を突く。
途端にぼろっと下に抜け落ちて大きな穴が開いた。
言われた通りにまだマシと思われるところを選んで進んでいく。
教会は縦に長い構造になっていた。
対岸の壁は中央だけ半円形に飛び出しており、そこに祭壇が設置されている。
その上部、天井近い位置には円系のステンドグラスがはめ込まれていて、長方形の大聖堂の真ん中あたりに赤や緑の光を落としていた。
祭壇の右側には木製の扉が見えるが、建物の形状からしてあれは外に繋がっているのだろう。
僕たちのいる出入り口から祭壇を結ぶ直線は回廊のようになっていて、奥に向かって長椅子が等間隔で並んでいた。
右の壁を見れば木製の扉が二つ、左には三つある。
「まずは左側の部屋を調べてみよう」
僕が左へ舵を切るとくんっと背後に身体が引かれた。
「えっ」
「さっきも言ったように、こういうところは荒くれ者が根城にしています。一応人がいないか警戒したほうがいいですよ。ここは隠れられるところがいっぱいありますから」
と、ワトソンが僕の前に立ち、足音を殺してゆっくりと歩き出した。
前後左右に視線を走らせ、死角を作らないように進んでいく。
不用心に足音を響かせた僕とは大違いだ。
隠れるところ……?
僕はあたりを見回した。
一見すれば回廊として開けているので身を隠す場所はないように思えるが、少し意識すれば長椅子の間とか祭壇の裏とか背を向けている右側の小部屋とか……人が潜伏できる場所はいくらでもあった。
危機意識が弱いのは平和ぼけした現代っ子の弊害なのか、それともワトソンがこの時代でも特に警戒心が強いタイプなのかはわからない。
どっちにしろ僕には危険エリアが見抜けないので、正直言って助かった。
自助努力を諦め、ワトソンの背後をコバンザメのようについて行く。
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