コ ロ シ ア ム

仮面の兎

第1幕

第1話 奴隷の経由



う"………頭が痛い。


激しい頭痛の波に押され、やむを得なく目が覚めた。

見知らぬ光景を見たのは、その時だった。


生い茂るように生えたコケ。

壁一面の汚れ。

どこからか鼻に流れ込んでくる、酷い悪臭。


暗くてよく見えないが、廊下と私のいる空間とで、鉄格子が立ちはだかっていた。


「ここは………」


そうつぶやきかけたが、奥から聞こえてくる声に、ピシッと背筋が凍り付いた。

声は段々と、こちらへ向かってきていた。


どこかへ隠れようとするも、後ろは壁。前は鉄格子。逃げようがない。


「なぁなぁ、ここに新しい雇人が入ったってよ」


「はぁ……またかよ……」


どうやら、声の主は、中年男性と、青年らしきものだった。


鉄格子の奥に映る影を、物凄い顔で睨みつける。


「それがだな、今回は13くらいの女らしいぜ」


影が一歩ずつ近づく度、胸の心拍数が早くなる。


「ここだ」


「へぇ………結構いいじゃん」


品定めをするような目つきで私を見つめる男達。どうも気に入らない。

緊張を押し殺し、二人に訊ねる。


「ここは、どこですか?」


緊張しすぎたのか、声が少し掠れていた。

そんなことも察せず、男は唇の両端をニィ裂けるように上げ、笑みを浮かべた。


「ここは、奴隷価値Eの下級共が暮らす地下牢だ」


「奴隷?地下牢?」


きょとんとしている私に、またしてもニヤリと笑みを浮かべる男。


「忘れたのかい?嬢ちゃんは雇われたんだよ。路地生活から抜け出す為、富豪の

奴隷に」


富豪の奴隷………。


そうだ、思い出した………。



■□■⚔■□■



うちの親は商業に失敗し、多額の借金を返すべく、生まれたばかりの私達を売った。

物心がついたころには、暗い路地裏で生活をしていた。


勿論、親がいないのだから、名前もない。

同時に捨てられた弟と妹は、私が勝手にキトンとパピーと呼んでいる。


いつものように、食に飢え薄暗い路地に横倒れていたときだった。


三人の大男が突如路地へ入り込んできたと思うと、私達に契約書を差し出してきた。


その契約書の条件は、

富豪の奴隷となる事。

衣食住は確保される事。

ある階級を突破すれば、給料を一定期間貰え、自由な外出が許可される事。


食に飢えていた私達にとって、十分過ぎる条件だった。

私達は馬鹿みたいに目を輝かせ、喜んで契約を結んだ。


奴隷の意味なんか、知る由にも無いというのに。



■□■⚔■□■



「んじゃ、案内頼むよ。俺、他の仕事あるからさ」


一人の男が牢屋から見えなくなると同時に、もう一人の男が、牢屋の扉を開けた。


「出てこい」


言われた通り牢から出て辺りを見回すと、左右とも果てしなく続く廊下があった。


「こっから、コロシアムに行くぜ」


「コロシアム?………どういうことですか」


「コロシアムでの戦闘は、奴隷の業務だよ。これから嫌なくらい見るだろうなぁ?」


へぇ………。


契約書の条件には、そんなこと書かれていなかったけれど?

やはり、ここにはそうやって次々と奴隷が増えていくんだろう。


一度契約してしまえば、奴隷は抗えないから………。


逆に一定の条件をクリアした者は、自身に悪影響はないから、見て見ぬふりをするという仕組みになっているのだろう。


考えた者も、凄い悪知恵が働くもんだ。


まあ、ここでその発言をしても、どうせ首を跳ねられるだけ。

こういうのは、沈黙する奴が生き残る世界だ。


「その前に、嬢ちゃん、名前は何だい?」


突然の男の言葉に、ギクッと体が飛び跳ねる。


「名前が必要なんですか?」


男の顔色を確認し、慎重に訊ねる。


今まで、ストレスを路地生活の私達で発散してきたものを、何度も見てきた。

そのため、今では機嫌取りのプロフェッショナルになっている。


「戦闘結果の情報管理に使うらしい。名前が無ければ、奴隷としての価値が無いってことで、捨てられるかも?」


「スコッシュ・ヴォルフです」


〝捨てる〟という単語が聞こえた瞬間、名前を即答する。


「へぇ。珍しい名前だな」


そりゃあ、私が今作った名前だからに決まってるでしょ。


つぶやいた男に、内心皮肉を言いながらも、表面上はポーカーフェイスで耐える。


他にも、男はここについて教えてくれた。


ここは階級で奴隷の価値基準が決まるり、下から順に、

FEDCBAS、に分かれているらしい。


奴隷の階級によっては、貴族と変わらぬ生活をしている者もいて、

死の間際を漂う生活をしている者も少なくないんだとか。


ちなみにここは、E棟。

下から二番目の階級だ。


通常、路地生活の者はF棟に飛ばされるが、特例の場合は飛び級する事がある。


その特例というのも〝顔〟だ。


私は13の娘だし、それなりの顔をしていたので、一段階だけ飛び級することができたのだろう。


といっても、奴隷の条件は変わらないが。


コロシアム、というのは、顔を除いて奴隷の階級を上げる、唯一の手段。

コロシアムで勝利を手にした者こそが、ワンランク階級を上げる事ができるのだ。


そのコロシアム内でのルールは、五つ。



1.ランダムに与えられた能力を使用。コロシアム内での自身の魔法は使用不可能


2.弓や剣は、特定の能力を除き、試合開始時に付与される


3.殺害された場合、その時点でゲームオーバー


4.一試合に付き参加者は15名。決まって階級の同じ者とする


5.大変無礼な行為を働いた場合、その時点でゲームオーバー



5の大変無礼な行為、とは、正式に言えば富豪の機嫌を損ねることを指している。


富豪の機嫌を損ねること=死刑

を意味する。


ここでは、媚びを売った者が勝つ世界だ。



「一通り説明は終わった。最後に、試合見学といこうか」


キィィィイイ


金属が擦り合うような音に、はっと目が覚めた。


「この下で、丁度戦いが始まっているぞ」


ガシャンギャシャン


金属をぶつかり合わせるような音。誰かの荒い息。

音につられて下に目をやる。


そこには、二人の剣を持った男が、死に物狂いの目で剣を振っていた。

数分間、剣を密着させていたものの、耐えられなくなったのか、一人の男が剣を取り離してしまった。


そこに近づいたもう一人の男が、容赦なく剣を振る。


男の頭に剣が付く………と同時に、私は目を塞いだ。


グジュッ


鈍い音と共に思わず目を開けると、男の残骸らしきものが、塵になって消えた。


残骸………?


何だ、と辺りを見回すと、会場の上に取りついた画面から、1158番GAMEOVERと書かれていた。


『おぉっと、ここで1158番敗退か?勝利したのは1220!』


1158番とは、きっと、さっき姿を消した男のことだなのか。


その光景の何もかもが、私の中の何かを、えぐり取るようだった。

なんだろう。この抑えきれない胸の圧迫感は。


「ここでは、敗退は死を意味するんですか?」


「あぁそうだ。お前も、今度からあの立場になるんだぞ」


「………へぇ」


思わず漏れてしまった声を、口を塞いで隠す。

その行為も無駄だったのか、男は疑いの目でこちらを見る。


「へぇ……だって?馬鹿なのか?戦場で剣を持って戦うんだぞ。死ぬんだぞ?」


「いいや………その………」


想うように口が動かないというのは、こういうことなのか。

必死に弁解しようとする私を、男は一層非難するような目で見つめる。

もう剥がれてしまったポーカーフェイスは、後戻りができない。


「へぇ………って、もし私が驚きのあまり口にした言葉だったら?

もし私が不満のあまり声に出した言葉だったら?そこまで想定して言っているの?

お前らのような人間の言葉は軽すぎる。浅すぎる。貴方のような人間達が軽い気持ちで行ったことが、どれだけ私達に重く響いているか、考えたことはないの?」


ポーカーフェイスを脱ぎ捨て、精一杯の皮肉を込める。


必死に弁解していた大人しい少女が、突如声を上げ怒鳴り狂う、なんて、

ただ単に恐ろしい話だ。


これには流石にひよれたのか、男はそれ以上口にしなかった。


呆れた私はコロシアムの入り口の扉を開け、果てしなく続く廊下へ移動する。


「お、おい!待てよ!」


焦って廊下に飛び込んできた男を、心底蹴散らしたいと思うも、我慢する。

全く、どっちが奴隷なんだか………。


男がコロシアムから出たのを確認し、

私は丁寧に扉を閉め、コロシアムを後にした。










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