第22挑☆酸の泉で再会! 藤花の涙 中

「下がれ!」




 俺が叫ぶと、農民たちが一斉にもと来た方向に走り出した。




 羅忌が口から酸を噴き出す! 広間の入り口に向かって酸の塊が降ってくる。赤鬼が野太刀で酸の塊を切る。廊下側に酸が入り込まないよう、防御した。




 そのはずだった。赤鬼が切った酸の塊は弾け、廊下側に飛んできた。




「危ない!」




 蕾は藤花を自分の影に隠した。蕾の右脚に、酸がぶつかり、皮膚を焼いた。




「っつ……!」




 右脚のふくらはぎが焼けただれた。蕾は藤花の両肩を抱いて、倒れずに踏ん張っている。




「蕾ちゃんっ!」




 藤花の悲鳴にも似た声が響く。蕾は藤花を落ち着かせるように言った。




「大丈夫。それより、藤花はモデルなんだから。大事な身体が傷ついたらダメなんだから」




「そんなの……そんなの、蕾ちゃんもいっしょじゃない!」




 藤花は広間の奥――小さく見える、大統領の執務室の扉に向かって叫んだ。




「大統領! いい加減に出てきて! この騒ぎ、わかっているでしょう。お願いだから、話を聞いて! もうこれ以上、みんなを苦しめないで!」




 藤花の叫びが届いたのか、執務室の扉が開いた。出て来たのは大統領――藤花の親父だ。武装した男を両脇に1人ずつ従えて、広間に向かってきた。といっても、広間はもう酸の泉になっているんだが。




 酸の泉を挟んで、藤花と大統領が対面した。




 大統領は先に空を見上げて、羅忌に呆れた声をかけた。




「まったく、何をやっているんだ、羅忌。こんな下賤の者など、一瞬で始末せんか」




「……申し訳ございません」




「お前は減俸だ。やられた者たちも全員給料没収だ」




 こいつ。てめーのこと守るために戦った奴らの報酬を出さないってのかよ。




 もう一回殴らねえと、わかんねえかな、こいつ。と、思ったけど、今は藤花の時間だ。藤花は、大統領に向かって言った。




「大統領、私のお願いを聞いてください。国民ひとりひとりに100万ゴールドを返してください。そして、お米の売り上げの90パーセントを国民の取り分とする法律を定め、世界に向けて発表してください」




「藤花、お前は何を言っているんだ? それは、犯罪者がほざいたことだろう」




「いいえ。もとはといえば、私が考えたことです。大統領、もう国民を苦しめる政治はやめましょう。国民を豊かにする政策をとってください」




 それを聞いて、大統領は鼻で笑った。




「何を馬鹿なことを言っているんだ。私のおかげでこの国は戦争にも巻き込まれず、平和でいられるんだ! 国民が苦しむ⁉ いったい何がだ。仕事がある、飯も食える。それで充分じゃないか」




「でも、自由がありません!」




「自由がなくたって生きていける。それで充分じゃないか。自由とは、自由を得られるだけの富と権力、そして実力がある者にだけ認められるものだ。その辺の農民に、そんなものは備わっていない」




「それは、大統領が富を独占しているからではありませんか」




「私の仕事に見合った対価を得ているだけだ! 藤花、もういいから戻ってきなさい。お前が戻ってくるなら、そこの愚民どもの罪も許そう。な、そろそろパパを困らせるのをやめてくれ」




 大統領が笑いながら両腕を広げた。




 藤花はうつむき、両手を握りしめた。そっと蕾から離れて、大統領に向かって歩き出した。




「藤花……?」




 藤花は酸の泉の手前で立ち止まった。ここからまっすぐに大統領のもとに進むことはできない。どうするつもりだ?




「……私が死んだら、願いを聞いてくれますか?」




「は……?」




 藤花の目は真剣だ。だが、大統領は笑った。




「あっはははは、何を馬鹿な。そんなこと、できるわけがないだろう。いいから戻ってきなさい、藤花」




 なおも両腕を広げる大統領。その危機感のない表情を一瞥したあと、藤花は酸の泉に向かって飛んだ。




「あ!!」




 やべえ! 本気じゃねえか!




 俺とカイソンが走る。落下していく藤花の身体。蕾の悲鳴を突き抜けるように、モコの触手が伸びる。




 あと数ミリのところだった。藤花の身体を、モコの触手が絡めとった。少しだけ酸に触れた栗色の髪の毛先と、水色のドレスの裾が溶けてしまったが、藤花は無事だ。




 モコがゆっくりと藤花を持ち上げ、床におろした。藤花は床にへたりこみ、涙を流している。




「藤花!」




 すぐさま蕾が藤花に寄り添った。




 大統領は、真っ青な顔で慌てふためいている。




「と、藤花! なんだなんだ、心の病か⁉ おい、お前たち、すぐに藤花を病院に連れていけ!」




 両脇の護衛になんか言ってっけどよ。




「病院に行かなきゃなんねえのはてめーのほうじゃねえのか」




 俺は大統領に向かって怒鳴った。




「てめーの娘がよ、命懸けで訴えてんだぞ! みんなのために、親友のために、命張ってじゃねえか! いい加減、わかってやれよ」




「……くっ……」




 大統領が唇を噛む。藤花は蕾の手を握って、声を振り絞った。




「お願い。蕾ちゃんの夢は、私の夢。蕾ちゃんの夢を叶えたいの。ヘーアンの国を、みんなが自由に生きられる国にしたいの」






 少しの間のあと、大統領が小さくつぶやいた。




「……80パーセント」




 なんだ?




「80パーセントだ。米の売り上げの80パーセントは国民に与える。譲れるのはここまでだ」




 それって。




 藤花の目が大きく開いた。蕾も頬を赤くして、藤花を見た。




 廊下中に人々の歓声が響き渡る。それは、外にいる人々にも伝わっていく。




「80パーセントだって!」




「給料が今までの何倍になるんだ?」




「いや、もう、計算なんかいらない!」




「貧乏生活脱出だ!」




「藤花様、ばんざい!!」




 人々の大歓声のなか、蕾は藤花に向かって言った。




「ありがとう、藤花」




 抱き合う蕾と藤花を見て、蕾の親父が泣いている。大統領は、静かに執務室に戻っていった。




「ちっ」




 オオムラサキと羅忌も、夜の闇に消えていく。




 よかったな、蕾、藤花。






 ……ん?




 関根と赤鬼が、酸の泉のほうを見ている。どうしたんだ?


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