第9挑☆モコ禁止!? 米の国ヘーアン 前

「チョウチョ~、チョウチョ~はおらんかね~♪」


 俺の名前は大一文字挑。新しいバタフライを求めて森の中をさまよいながら、野太い声で歌っているムラサキ陣営のプレイヤーだ。

 だが、歌声は空しく響くだけで、たまにかさかさ出てくるのはヘビとかトカゲとかの爬虫類ばかり。空を飛ぶのは鳥だけだし、出てくる虫はハチとかアブ。クマノ村周辺の森の中には、バタフライはいないみたいだ。


「うーん、この辺り一帯のバタフライは、他のプレイヤーに根こそぎ捕獲されたのかもしれないわね」


 ポワロンが言うと、カイソンが頭を抱えた。


「じゃあ、俺のペットになる予定のバタフライは!?」


「ここで見つけるのは無理かも」


「ちくしょう! 俺もバタフライの能力使って戦ってみたいのにっ」


「まあまあ、今のところバタフライ使わなくても勝ててるからいいじゃねえか」


 そう、森の中にはゲームオリジナルの悪徳プレイヤーや盗賊なんかがいて、俺たちはそいつらと出会ってはバトルを繰り広げてきた。言い換えると、一方的にボコッてきた。おかげで5000ゴールドも溜まったし、レベルも8になった。


「そういや、チョーさんも全然モコの能力使ってないっすもんね」


「まあ、裏銀以来たいした奴が出てこねえからな。それにしても、シロと稲妻はどこまで行ったんだ。全然追いつかねえな」


「そうね。そろそろ森を抜けて、ヘーアンの国に出るわよ」


 ポワロンが指を差したほうを見ると、木の影のない、開けた草原が見えた。

 草原の先は崖になっている。崖の先には迂回して降りていくことができそうだ。

 俺たちは岩肌を横目に石ででこぼこした道を下っていき、崖の下に到着した。


「おお……!」


 眼前に広がるのは、生き生きした若草色の田んぼ。それが、どこまでもどこまでも続いている。


「はあ~、こんなに広い田んぼがあるなんて、ここは新潟県か!?」


「何ヘクタールあるんでしょうね」


「カイソン、ヘクタールってなんだ?」


「面積の単位ですよ。1辺が100メートルの正方形の面積が1ヘクタールです」


「ええ、見た感じ何百メートルどころか、何キロメートルも続いていそうだが……」


 そこで、ポワロンが「おほん」と咳ばらいをした。


「ヘーアンの国は、世界でも有数のお米の産地なの。水田の総面積は、15万ヘクタールもあるのよ」


「ええ!? 15万ヘクタール! って、つまりどのくらいだ?」


「新潟県の水田を全部合わせたのと同じくらいの大きさっすよ」


「うっそ! 広ぇな!」


 そのとき、強い風が吹いた。真っ青な空の下、平らに広がる緑の田んぼがさあっと波打つ。そのときできた緑の濃淡がきれいでよ。ここでトンボでも取りてえなって思ったよ。そういや、虫取り網は持ってんな。


「シロたちはこの国を通って行ったんすかね?」


 カイソンが言うと、ポワロンは「たぶんね」とうなずいた。


「さっそく、田んぼにいる人たちに聞き込みをしてみましょう」


 田んぼの中には農作業をしている人たちがちらほらいる。片っ端から声をかけて、シロと稲妻を見ていないか訊いて回ったところ、一人の日に焼けたおっさんがこう答えたんだ。


「ああ、白髪の子どもに黒いマントの大男なら、観光ホテルに入っていくところを見かけたよ」


「こんなところに観光ホテルなんかあるのかよ!?」


「ああ、あっちに」


 おっさんが指を差した方向に、『ヘーアン観光ホテル』というでかい看板を掲げた、安いビジネスホテルっぽい建物があった。その隣に、高い塀で囲まれた一画がある。塀の上部から顔をのぞかせているのは、黒光りした瓦屋根。


「おっさん、ホテルの隣はなんだ?」


「あれは、大統領の屋敷だよ」


 大統領の屋敷。ホテルより何倍も大きく見えるぞ。田んぼの周辺にちらほら建っている家は藁で作られたようなボロ小屋ばっかりなのに、大統領の屋敷はやけに立派じゃねえか。あんな高い塀作って、セキュリティは万全だしよ。

 ふとおっさんの身なりを見ると、薄汚れたシャツの裾はびりびりに破れているし、ズボンは穴だらけだし……。


「おっさん、この国って米で有名なんだろ。儲かってんじゃねえの?」


 おっさんは弱弱しく「あはは」と笑った。


「いやあ、大統領が、他の米の産地に勝つために、安く売っているからなあ。上がった利益の90パーセントは大統領が持っていくし……」


「はあ!? クソ統領じゃねえか!」


「いや、でも大統領が外交もうまくやってくれているから、小さい国なのに戦争にも巻き込まれないで、独立していられるからさ……。この国に生まれたら、一生農作業してりゃ、生きてはいけるからさ」


「そうかもしれねえけど、他に楽しみは!?」


「そんなの、考えもしないよ」


 なんてくたびれた笑顔なんだ。何もかもあきらめて生きてますって大人の代表か。

 俺が「おい」と言いかけたとき、細い畦道を走ってくる女の子の姿が見えた。


「ちょっとー! ここはバタフライの幼虫厳禁なんですけど!」


「ええ?」


 目のくりくりした女の子が、頬を膨らませて俺たちに注意してきた。後ろにいたモコがビクッと身体を震わせて、もじもじ丸まろうとしている。丸くなれないけど。


「稲の葉っぱを食べる幼虫もいるから、田んぼの中をバタフライ連れて歩かれたら困るんです」


「おお、すまねえ。でも、モコは食べてないぞ。なあ、モコ」


 俺が言うと、モコはうんうんとうなずいた。


「でも、紛らわしいから幼虫は連れて入らないでください」


「まあまあ、つぼみ。そんなに怒んなくてもいいじゃないか」


 おっさんが言うと、蕾と呼ばれた女の子はおっさんを見上げた。


「お父さん! ここのお米は無農薬が売りなんだから。バタフライ避けスプレーとか使っていないんだからね。バタフライの害が出て収穫量が減ったら、また生活費減っちゃうんだから」


 おっさんは困ったように笑いながら、「すまんすまん」と言っている。


「なんか、しっかりした娘さんっすね」


 カイソンが言うと、おっさんは、


「はは。仕事も私より蕾のほうができるくらいですよ」


と答えた。


「見た感じ、中学生くらいでしょ? 学校は?」


 カイソンが蕾に声をかけると、蕾は表情を曇らせた。


「……行ってないよ、そんなとこ」


 蕾の身なりを見ると、おっさんと同じく、汚れたボロボロのシャツに、穴の開いたズボンを履いている。長靴は泥まみれだ。長い黒髪は無造作にひとつにまとめいていて、顔に化粧っけはない。小麦色の肌を見れば、毎日太陽の下で作業をしていることが想像できる。


「とにかく、早くそのバタフライを連れて行って! お父さんも、作業に戻って」


 蕾に怒られて、俺たちは「はい」と返事をするしかなかった。



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