第4挑☆ファイナルレジェンドバタフライファンタジー Ⅹ
私の名前は紫燕。世間を熱狂させているチョウ・ダンサー・バタフライマンの正体は私です。庶民の心を掌握するなど、超人類の私にとっては赤子の手をひねるようなもの。
しかし、この私を悩ますゲームが存在します。それこそ、『ファイナルレジェンドバタフライファンタジー X』――この世に2つしか存在しないゲームです。
ゲームの所有者、つまりマスターは私と、
マスターは、ゲームにプレイヤーを50名まで登録することができます。
つい先日まで我が陣営最強プレイヤーだった大日影は、あげは陣営最強プレイヤーの烏によって殺されてしまいました。最強プレイヤーは失うわ、プレイヤー総数も減るわ……ガッデム!! この屈辱、何が何でも先にこのゲームをコンプリートしてあげはに勝たなくては晴らせませんよ!
このゲームはバタフライ争奪戦です。バタフライとのエンカウント率を上げるためには、プレイヤー総数をマックスの状態に保っておくことが大切です。珍しいバタフライと遭遇する確率にプレイヤーのレベルは関係ありませんからね。
珍しいバタフライを賭けて戦うとなると、レベルが関係してきますが、バタフライを発見したら強いプレイヤーに情報を流して、強いプレイヤーに戦ってもらえばよいのです。
情報収集にレベルは関係ない。とにかくプレイヤー数が多いほうが有利。
そういうわけで、芹に新しいプレイヤー候補を連れてくるように言ったのですが……。
コンコン。ノックの音がしました。
「失礼いたします」
さすが芹。もう連れてきましたか。
芹に続いて入って来たのは……おや、珍しい。私と同等、もしくは私より身長が高い男。つまり、190センチはありそうですね。作業服を着ていてもわかる、体格の良さ。赤茶色の髪はボサボサですし、目つきは悪いし、不良やってました感がすごいですが、なかなか使えそうです。
もう一人も高身長、180センチはありますね。こちらも汚い作業服を着ていますが、……おや、サラサラの長めの黒髪に、愛くるしい瞳をしているではありませんか。格好のわりにどことなく品の良さを感じさせますね。ちょっと可愛いかもしれません。
「……あの」
黒髪の青年がいぶかしげな目で私を見つめています。
「距離、近いです」
「!」
おおっと、私としたことが! 黒髪の青年の唇の5センチ前まで顔を近づけていました。可愛いものや美しいものを見ると、つい間近で観察したくなるのです。
慌てて距離を取ったとき、芹のすねた表情が目に入りました。ああ、芹、私の可愛い執事。心配しなくてもあなたのほうが美しい。
芹は「こほん」と咳ばらいをすると、2人の来訪者を私に紹介してきました。
「燕さま、こちらがチョーアンドカイソンのお2人です」
芹は2人に目で合図を送りました。まずは、キン肉マンのほうが口を開きました。
「俺は大一文字挑だ。腕っぷしと足腰には自信がある。夢は……」
「次」
私がチョーの話を切ると、もう一人が口を開きました。
「俺は石川開尊です。えっと、俺たち、バズ動画を撮るために、チョウ・ダンサー・バタフライマンさんに弟子入りしにきました」
「バズ動画? バズりたいなら、まず身なりを美しくしなさい。カイソン……と言いましたね。あなたなんか、顔でバズることもできそうですよ」
「顔……」
あら、なんだかムッとした表情になりましたね。カイソン、この私が人の顔をほめるなんて東京ドームに隕石が落ちるくらい珍しいのに、なぜ不満なのでしょう。
まあ、いいでしょう。
「よく来ましたね、チョー、カイソン。初めまして、私がチョウ・ダンサー・バタフライマンこと紫燕です。よろしく」
私は手を差し出しましたが、チョーは腕を組んだままです。まあ、なんと失礼な男でしょう! 元不良説は濃厚ですね。
さらに、チョーはこう言ったのです。
「あんた、本当にチョウ・ダンサー・バタフライマンなのか?」
「そうですよ?」
「なんつったらいいのか、動画とちょっと顔が違う気が……。紫色のコスチュームは同じだけど、なんか信用できねえっつうか」
顔が違うですって!? そんなもの、芹のハイパー編集技術で映え力最大値に引き上げているだけでしょう! そんなことしなくても私の美しさは人類最強ですけどね、それをさらに素晴らしく見せるために演出はしていますよ、演出は。
まあ、脳筋をまともに相手するのは大人げないですね。ここは冷静に対応しましょう。
「では、どうしたら信じてもらえるのでしょう?」
「ここで一曲踊ってみてくれよ」
……なんですって?
「ちょっと、チョーさん、それは……」
ふむ、隣の黒髪ワンコちゃんのほうが賢そうですね。
総再生回数200億回を超える、この私に、タダで踊れですって!? この男は私の存在を知っていて、弟子になりたくてここに来ているのですよね? 怒りを通り越して呆れ果てますよ。失礼にもほどがあります!
ああっ、でも、この失礼さに心が揺さぶられたせいで、勝手に身体が……!
「燕さま」
タイミングよく、芹が重低音を利かせたミュージックを流してきました。私はどんなジャンルでも踊りこなすことができます。ヒップホップ系も当然。
『OHOH こんな奴を相手すると腐るYO バカにつける薬はないYO』
素晴らしく人をディスる歌詞なのですが、英語だとわかりませんよね。舌出して裏ピースしても振付にしか見えません。
一曲踊り終わると、チョーとカイソンはなんだかいやそうに拍手をしました。
「なんか、めっちゃムカついたけど、確かにダンスは上手かった」
「はい。めちゃくちゃバカにされた気分と、チョウ・ダンサー・バタフライマンの生ダンスが見れた高揚感で情緒不安定ですけど」
「とにかく、これで満足しましたか」
チョーとカイソンは不服そうにうなずきました。私のダンスを前にして頭を下げない者はいません。
2人が私を本物のチョウ・ダンサー・バタフライマンだと理解したところで、話を進めます。
「2人とも、弟子にしてほしいということですが、面接は合格です」
「えっ、じゃあ、オッケーなのか?」
「まだ、条件があります」
私はチョーを制して言いました。
「あなたたちには、ゲームをしてもらいます」
「ゲーム?」
「そうです。芹、あれを」
「はい」
首をかしげているチョーとカイソンを椅子に座らせ、2人の前にあるテーブルの上に、芹は1枚ずつ紙を置きました。
「誓約書……?」
チョーが呟きました。
そうです。誓約書です。
『誓約書
(乙)は、(甲 紫燕)について知り得た情報の一切を外部に漏らしてはならない。
(乙)は、(甲)の所有するゲームに関する情報の一切を外部に漏らしてはならない。
(乙)がゲームに参加した場合、ゲーム内で発生するいかなる事象についても(甲)は(乙)に対して一切の責任を負わない。
(甲 紫燕) (乙 ) 日付
署名 』
「なんだこれ」
チョーが質問してきましたが、ここではまだ質問は受け付けません。
「ゲームをやるか、やらないか。やるならサインをしてください。やらないなら弟子の話はなかったことに。即刻帰ってもらいます」
チョーは眉間にしわを寄せていますし、カイソンは誓約書を持って紙に穴が開きそうなほど見ています。
「怪しい……」
チョーが小さな声で呟きました。ヒソヒソ話しても無駄です。私には聞こえます。
「チョーさん、どうします? なんか、ヤバそうな気がしてきました」
「ただのゲームするのにこんな誓約書とか書かなきゃならねえもんなの?」
「それもですし、ゲーム内で発生するいかなる事象についても一切の責任を負わないって、なんか怖くないですか?」
「馬鹿言え。怖くはねえよ。ただ、なーんか、いやな感じがするだけだ」
「どうします? やめます?」
「うーん」
悩んでいる2人に向かって、私は手を叩き、注目を集めました。
「3億」
「!?」
2人の目の色が変わります。
「ゲームをコンプリートできたら、一人につき3億円の報奨金も出しましょう」
「え、やります」
カイソンが即座にうなずきました。チョーは、「おい!?」とカイソンの肩を掴みましたが。
「チョーさん、3億あったらバイトなんかしないで動画撮影に専念できますよ!」
「いや、でも」
「こんなビッグな話、もうないですって。チョーさん、ここで引き下がったら、ただのフリーター人生やるだけっすよ。男を見せるときですよ。いっちょやりましょうよ!」
いいですね、カイソン。そうやって煽れば、たいていの筋肉バカは……。
「……そうだな。いっちょやるか!!」
と、なりますからね。ちょろいもんです。
「では、誓約書にサインしてください」
2人は用意しておいた万年筆でサインをしました。芹がさっと誓約書を回収します。
サインさえもらえばこっちのものです。
「いいでしょう。では2人とも、ついてきなさい」
部屋から出て、私、芹、チョー、カイソンの順に縦に並んで廊下を進みます。西の端の部屋の中に、地下へと続くエレベーターがあります。これで、地下2階に降ります。
地下2階は病棟のように部屋が並んでいます。各部屋にゲームのプレイヤーがいます。
214号室という表札がついた部屋に、チョーとカイソンを入れました。
「うわ、なんだこりゃ!」
チョーとカイソンは驚いています。まあ、最初はみんなそのような反応をするものです。
部屋にあるのは入院ベッドではなく、大の大人の男性が一人入ることができるくらいの大きさのカプセルです。カプセルのなかには黒のリクライニングチェアがあります。ちょうど、チョーが入る用と、カイソンが入る用の2台のカプセルがあります。
「2人とも、この中に入ってください」
チョーとカイソンは、ワクワクしている様子で、それぞれカプセルに入ります。
「チェアの両脇に、腕と脚に装着するベルトがあります。それをすべて装着してください。それから、チェアの上に置いてあるヘルメットを被って」
「なんだなんだ、リアル体感ゲームか?」
2人とも、ゲームへの接続準備は完了しましたね。芹に合図をすると、それぞれのカプセルの透明な蓋が閉まりました。
「燕さま」
「ええ。始めてください」
芹は頷き、スマホ型のリモコンを操作しました。すると、カプセルがエメラルドグリーンの光に包まれます。しばらく光輝いたあと、カプセル内は落ち着いた緑色の光で満たされました。
チョーとカイソンの姿は、もう、ありません。ただ、それぞれのカプセルの中に、一匹ずつ蝶が舞っているだけです。今はまだ、名もなき透明な蝶たち。
私はふふっと笑いました。
「さあ、ファイナルレジェンドバタフライファンタジーⅩ、新章の始まりです」
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