第3挑☆思いがけない迎え! 魔王城にようこそ!?後

 生まれて初めて乗ったベンツの乗り心地は最高だった。クラシックなんか聞きもしないが、バッハのオルガンが鳴り響くような感じと言ったらいいのか。


「カイソン、ベンツっていいなあ」


「ですねえ」


「つっても、お前ん家も金持ちだったよな。ベンツくらい乗ったことあるんじゃねえの?」


「父親は昔BMWとかアウディに乗ってたみたいですけど、俺が家を出るときにあったのはマセラティとクラウンぐらいですよ」


「庶民が聞くと歯ぎしりしたくなる遍歴だな」


「いや、たいしたことないっす」


 カイソンは実家のことを話すとき、いつも冷めた目をしている。昔っからそうなんだよな、こいつは家柄を鼻にかけたことは一度もねえ。


「それより、どこまで行くんすかね」


 カイソンはちらっと窓を見たが、サイドもバックも黒のブラインドシェードが取り付けてあって、外を見ることができねえ。しかも、このシェード、取り外しができない。

 運転席と後部座席の間には仕切りがあって、俺たちから運転手の様子を見ることはできない。当然、フロントから見える景色がどんなものかもわからねえ。ベンツに乗っているのではあるが、犯罪者用の護送車にでも乗っている気分だ。





 何時間くらい乗っていただろうか。車が停まり、運転席のドアが開く音がして、俺は目を覚ました。

 青葉瀬芹が後部座席のドアを開けた。カイソンも、眠そうにまぶたをこすりながら、ドアの開いたほうを見た。


「到着いたしました」


 俺とカイソンは促されるままに外に出た。それから目に飛び込んできた光景は、現実のものかわからないようなものだった。


「……ええ……?」


 門城公園の20倍は広いだろう、美しく整備された庭園。植物園かと勘違いするほど、さまざまな木々や花々が植えられている。夜空のもと、各所に電灯が設置されており、庭園の緑がほんのりと明るく照らされている。

 まあ、驚いたのはこの庭園っていうより。


「えーと、今って令和ですよね?」


 カイソンが呆然と見上げているのは、城だ。


「ルネッサーンス!」


「え、ここ東京じゃないの? 東京にこんなおフランスな城ってありましたっけ。ディズニーじゃないっすよね。いや、ディズニーの城よりずっとでけぇ」


 空に向かって見えないワイングラスを掲げる俺と、うろたえるカイソン。そりゃそうだろ、超巨大な西洋風の城が建っているんだぞ! これが、驚かないでいられるか!


「てか、どこまで続いているんだ、この城。維持費もハンパなさそうだな」


「上空からの写真見たいっす」


「残念ながらそれはできません。この城は、どの衛星にも引っかからないようにセキュリティがかかっていますから」


 俺とカイソンは、会話に割って入って来た青葉瀬芹を見た。


「ここはチョウ・ダンサー・バタフライマンさまのお屋敷です。ここは治外法権。チョウ・ダンサー・バタフライマンさまこそが法律ですので、よく心得ておいてくださいね」


「……はあ」


 とりあえず、バタフライ野郎は一般庶民じゃねえってことはよーくわかったぜ。


「さすが、超人気クリエイターともなれば、国家権力も及ばないってことか」


 カイソンは感心している。


「チョーさんもバズったらこんな城に住むんですかね?」


「馬鹿ヤロー、こんな昼も夜もないようなキラキラしたところに落ち着いて住めるかよ。住むならせめて日本の城だ。金のシャチホコつけて、名古屋城みたいな城にする」


「そしたら、チョーさん、殿とのっすね」


「殿……悪くねえな」


 そんな話をしながら、俺とカイソンは青葉瀬芹のあとについて城の中に入った。


「うわあ……」


 舞踏会でも開くことができそうなくらい広いエントランスホール、正面の奥には螺旋階段。左右にはどこまで続くのかわからない廊下、ほかにもいくつかドアが見える。


「あれか、RPGの魔王城か」


「チョーさん、これから弟子入りする相手に向かって魔王はヤバいでしょ」


「でもよ、こんな城建てられるって、本当に動画クリエイターだからなのか? なんかヤバいことやってんじゃねえの?」


「チョーさん!」


「こちらについてきてください」


 青葉瀬芹は、俺とカイソンの会話なんかいっさい気にしていないみたいだ。そのすました態度、なーんか気に食わねえな。

 でも、カイソンは目をキラキラさせているしなあ。俺は、実はまだそんなに乗り気じゃねえんだけど、カイソンはバタフライ野郎のダンスしろって言ってっし。

 ここまで来たし、とにかくバタフライ野郎の面を拝んでやっか。




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