其の参拾陸 鎌倉への帰還
「おや、お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
「お帰りちゃん、霊衛衆ちゃんたち!! 坊や見つかったみたいだね!!」
霊衛衆が鎌倉の御所に戻ると、出迎えたのは、旅芸人一座の観音丸と青蓮御前である。
どこかで遊んでいたのであろう、比羅璃と由羅璃も、本来なら鎌倉殿の御座所に、ぱたぱたと入って来る。
「みとらはげんき?」
「もうあついところにいかなくていいね」
比羅璃と由羅璃は、一番手が空いている紫乃若宮が背負った幼い鎌倉殿、藤原頼経にちょこちょこ近付く。
紫乃若宮は、敷かれていた布団に、鎌倉殿をそっと下ろす。
「ふう。意外と重かったですよ。大きくなられましたよねえ、頼経様」
早速鎌倉殿に近づいて来たのは、執権、北条泰時である。
あまりに色々なことがあり過ぎて、疲労の色が濃いが、それでも鎌倉殿が無事だったことには安堵しているように見える。
「……観音丸殿、青蓮御前殿。鎌倉のモノは消してくださったようだな。感謝申し上げる。比羅璃と由羅璃も、有難く思っている」
黒耀は、綾風姫の転移の術で帰還した鎌倉に、モノの気配がなくなっていることに気付いていたのだ。
御家人たちは、まだ夜を警戒して御所や街中、自宅の警備に当たっているものの、霊衛衆たちの見たところ、市中にモノの影はない。
もちろん、御所からもモノは綺麗に消えている。
御所で亡くなった御家人や使用人たちの亡骸も、どこかに運び出されたようだ。
「ええ、市中と御所からモノは消しましたよ。ただ、恐らく鎌倉を諦めていない者がいるのではないですか? 霊衛衆の皆さんは、何かわかりましたか?」
観音丸がそう問い返すと、黒耀はひざまずいて執権を見据える。
「執権様。この事件の黒幕について、わかったことがございます。その件で……恐らく、観音丸殿たちにも、聞いていただいた方が良いかと」
「うむ。構わぬ。恐らく、そやつをそなたらが潰しに行く間、観音丸殿たちには、御所を護ってもらわねばならぬであろう。聞いていただかねば」
執権に先を促され、黒耀は、改めてひざまずいた霊衛衆と共に、地獄であったことを説明し始める。
「……なるほど。見紫兼徳のところの三姉弟を使って、鎌倉殿を邪教徒に仕立てようと……ふざけておるな」
おおよその説明を聞き、執権は鼻を鳴らす。
「……幸い、鎌倉殿は、地獄に引き込まれた恐怖で、すぐに気絶しておられたらしく、奴らの教義をねじ込まれた訳ではないようにございます。ただ、地獄は灼熱の世界。まだ幼くあらせられる鎌倉殿は、体力を消耗されたかと」
薬師如来咒はおかけしましたが、しばしお休みいただくべきかと。
黒耀はそう言い添える。
「ふむ。ご無事で取り戻したこと、誠にあっぱれ。よくやってくれた。しかし、その邪神姉弟を操っていた奴というのは? 誰が黒幕なのだ?」
あぐらをかいたまま、執権は上体を霊衛衆たちに向ける。
「……それがどうも、我の、醍醐寺にいた頃の同輩だった男のようにございます」
執権はぴくりと眉を跳ね上げる。
「醍醐寺にいた頃の同輩? それはどういうことじゃ? 僧侶ということか」
「かつてはそうだったはずでございますが、話を聞く限り、我が阿野全成様に連れられて、鎌倉に馳せ参じた直後に、醍醐寺を出たようにございます。その男の僧侶としての名は、道震。『呼ばれざる者ども』の間では、大僧都と呼ばれておりました」
執権は、一瞬考え込む様子を見せる。
「……間違いないのか」
「間違いはございません。我とその男の他は、もはや知る者もいない昔の出来事を、邪神姉弟の姉が聞かされておりました。本人だとしか思えませぬ」
黒耀が断言すると、執権は、むう、と低く唸る。
「……そやつは、今どこにいるのじゃ。まさか鎌倉に?」
「……はい。鎌倉殿を『呼ばれざる者ども』に仕立て上げた後は、自らの傀儡として擁立するつもりだったようにございます。道震は、そのために既に鎌倉入りしているとのこと」
執権は、じっと黒耀を見据える。
「鎌倉のどこに潜んでいるのかは、まだわからぬということか」
その途端。
「あーーー!!」
叫び声を上げたのは、紫乃若宮である。
「おい、紫乃……!!」
「ど、どうしたんですか?」
白蛇御前と綾風姫が、ひざまずいたまま首を巡らせる。
「わかった。わかっちゃいましたよ、執権様!! 道震とかいうやつが、どこにいるのか!!」
執権も、黒耀も、目を底光らせる。
「紫乃若宮。道震なる者がどこにいるのか、言うてみよ」
「海です!!」
返す刀で、紫乃若宮はいきなりそんな言葉を投げる。
執権と霊衛衆ばかりか、旅芸人一座も、顔を見合わせている。
「うみ。なにかいるね」
「うかんでいるよ」
比羅璃と由羅璃が、鎌倉殿の両脇に寝そべりながら。
「その道震って奴、すっごい曲者ですよ!!」
紫乃若宮が、そう口にした途端、身体の芯を震わせる揺れが、そこにいる全員を襲ったのだ。
「沖に、島が!!」
◇◆◇
「黒耀は来るかねえ」
万色をぶちまけたような、鮮やかな蝙蝠の翼を持つ男が、その館の二階の窓から身を乗り出す。
人間に似ているが、脚は獣の脚だ。
眼下には、月と星を映してちらちら光る夜の海。
「ああ、来るさ」
とびきり大柄な、男臭いような要望の銀色の直衣を纏う男が、大きな口を歪めてにやり、と嗤う。
「来てもらわなくてはな。俺の苦しみは、終わらないんだよ」
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