第7章 異常食欲者 Vol.1

「食べられれば膨らみ、食べられねば膨らむ駅」行きの電車を待つプラットホームには、2・30人の人間が立っていた。男も女も一様にふとっていた。


「なんか、感じ悪い」


 みちるは顔をしかめて呟いた。


「なに?」


 拓郎が少し腰を屈めて、みちるの声を聞き取ろうと、顔を近づけてきた。


「……拓郎って、本当に背が高いのね」


 その仕草にみちるは動悸を覚えた。この3年、こんなふうに優しく接してくれた人がいなかったので、どう対応したらいいのかわからず、なんの脈絡もないことを口走っていた。


「そう? うさぎが小さいんだよ」


 拓郎は小首をかしげて笑った。その仕草がとても優し気だったので、みちるは常に張っていた警戒網をいて、つい話題を続けてしまった。


「あたし、日本人女性の平均身長くらいはあるわよ」


 みちるはすねたような声と、むっとした表情をした。


「日本人女性の平均値って、いくつ?」


 拓郎はくすくす笑いながら、再びみちるの耳元で尋ねた。


「158センチ」


「やっぱり小さいなぁ」


 拓郎は楽しそうにみちるの頭を撫でた。


「拓郎はいくつあんのよ」


 みちるは自分の頭を押さえて防護しながら尋ねた。


「俺?」


「どうやっても鼻のあなより上が見えにくいわ。いつも座って話してたから気がつかなかったけど、立ってると、おでこの広さがわかんないわよ」


 みちるは打ち解け始めている自分に驚きながらも、本音を言ってしまった。でもそれで、拓郎の態度が変わるとは思わなかった。


「あ、ずいぶんな言い方。187センチだよ」


 拓郎は鼻の孔に人差し指を当ててふさいだ。


「でかっ! マジにモデルじゃんか! でも拓郎って、白身魚のイメージだから許すわ」


 みちるは、余計な肉がついていない拓郎を見上げて笑った。


「なんだよ、それ?」


あぶらっぽくなさそう」


 みちるは小声で呟くと、拓郎のシャツの襟を引っ張り、屈むように合図した。


「ここにいる人たちね、なんだか脂が沢山ついた豚のばら肉ってイメージがあるの。それに横柄な感じがする。嫌だわ、なんだか」


 彼女は拓郎に耳打ちしながら眉を寄せた。


「そう?」


 拓郎はみちるに言われて、初めて周囲の人たちに気がついたようだった。


「拓郎ってさ、人間に興味がないみたい」


 みちるは呆れたように言った。


「マイ・ペースなだけだよ。興味がない奴は見えないんだ、この眼」


 拓郎はおどけたように言うと、みちるに顔を近づけて自分の眼を見せた。


「便利ね」


 みちるはくすくすと笑った。


「おっ! 来たぜ」


 拓郎は滑り込んできた電車に、みちるの頭を押しながら乗り込んだ。


「どんな人に興味があんの?」


「そうだなぁ……」


 拓郎は躊躇ためらうように言葉を切ったが、電車に乗り込みながら呟いた。


「絶対に人には語らない、何かを抱えてる奴……かな。だから、お前には興味があるよ」


 拓郎はみちるを見つめた。


「眼が赤いからでしょう」


 みちるは睨みつけた。


「かわいげないなぁ。眼なんかどうでもいいんだってば。お前の全身癇癪玉ぜんしんかんしゃくだまみたいなところが、おもしろいんだ」


「あたしが癇癪玉を抱えてるって言うの!」


 みちるはぷっとふくれた。


「ほらな。だからお前の姿は一発で眼に入ったぞ」


 拓郎はみちるの頭を軽く叩いて笑った。




「彼女が消えた!」


 清四郎が素っ頓狂な声を発した。


「うそ!」


 昼寝をしていた恵利と玲司が、ベンチから慌てて身体を起こした。


「こっちだ!」


 清四郎は叫ぶと、みちるたちが吸い込まれたゴミ箱に向かって走り出した。


「どうなってるんだ? 男と言い争いをしながら、ゴミ箱に向かったのは見たんだけど」


 清四郎は呆然と呟いた。


「このゴミ箱の辺りで消えた」


 清四郎が指差した。


「どれ?」


 玲司はゴミ箱を覗いた。


「ゴミ箱の中にいるわけないでしょう」


 恵利は呆れたように言った。


「でも他に隠れる場所はないぞ」


 清四郎は見張っていた手前、かなりうろたえた声で呟いた。


「かぐや姫を捜しに行ったんかもしれないね」


 玲司はゴミ箱を叩きながら呟いた。


「どこに?」


 恵利は二人を交互に見た。


「それを捜すのは、恵利の役目だ」


 清四郎は彼女を見下ろした。


「それは……。彼女の物がなにかあればいいんだけど」


 恵利は困ったように爪を噛んだ。


「恵利って犬みたいだもんな」


 玲司が肩を丸めて笑った。


「悪かったわね」


 恵利は対象者の思念が残っているものを辿って、探し出すことができるのだった。


「ほら」


 清四郎が恵利の前に、白いハンカチを持った手を出した。


「髪の毛? やった。さすが清四郎。一番探しやすいものよ。でも、どうして?」


「彼女に話しかけながら肩に触れたのさ。その時に失敬しっけいしたんだ」


「これで、彼女がどこにいても捜しだせるわよ」


 恵利はハンカチの上にある、みちるの髪の毛に手をかざした。


「人間界に気配はないわ」


 しばらくして、恵利は清四郎を見上げて言った。


「と、いうことは、他の五道のどこかへ飛んだな」


 清四郎はしばらく空を眺めていたが、やがて玲司を睨んだ。


「玲司。どこかの世界とつなげられるか?」


「ああ、どこでも」


 玲司は芝生に座り込んだ。


「天界からいくか」


 玲司が恵利を見上げた。


「了解」


 彼女は玲司の横に座って彼の左手を握った。

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