第3章 追跡者

「天帝の兎が動くわ」


 善見城を囲む庭園の一つ、歓喜苑かんきおんの川のほとりで、神谷恵利かみやえり悪戯いたずらっぽい眼を光らせた。


 ポニー・テイルがこめかみの皮膚を引き上げ、眼が吊り上がっていた。華奢きゃしゃな身体を大きめのトレーナーで包み、ショートパンツから延びた足は少年のように細かった。


 少女でありながらその姿は、少年の姿をした小鬼こおにを連想させた。


 彼女には、「透視能力」があった。


「かぐや姫を探すつもりだね」


 分厚い苔が蒸した大岩の上に座った如月玲司きさらぎれいじが、細長く血の気を無くした白い指を頬に当て、青白い顔には不釣り合いな、赤い唇を弱々しく動かした。


「やっと動く気になったか。でも簡単には見つからないと思うよ。だってこの半年、俺たちは恵利の透視を使ってかぐや姫を探したのに、見つからなかったんだから」


 苔が幹まで這い上がっている、歓喜苑の中でも一段と大きな劫波樹こうはじゅに寄りかかっていた、六条院ろくじょういん清四郎せいしろうは大樹を見上げた。


 それだけで枝が折れて、ばさりと音を立てて落ちてきた。


いらついて『念動力』を使うなよ! 驚くだろう?」


 玲司は弱々しく自分の胸をさすった。


「天帝ったら、兎を放っておいたんだって」


 トレードマークのポニー・テイルを小気味好くゆらして、恵利は清四郎を見た。


「兎?」


 生まれつき命令する側の人間の顔をした清四郎は、冷たい視線を恵利に向けた。


「うん。天人を探し出せる兎だって」


 清四郎の高飛車な表情に無関心な恵利は、ポニー・テイルで吊り上がり気味の眼を、さらに吊り上げて意地悪な光を放ったが、息が上がり苦しそうに顔をゆがめた。


「へえ。そんなことしてたんか。じゃあ、天帝に放たれた兎が入りこんでる人間を見つけよう。そいつらのあとをつけてれば、かぐや姫にたどり着ける可能性がある」


 清四郎はみぞおちの下に痛みを感じ、手できつく抑えつつもにっと笑った。


「まさか、かぐや姫が逃げ出してたなんて、思いもしなかったもんね」


 玲司が細い指を神経質に組み合わせて、大きな溜息をついた。


「全くよ。どこへ行っちゃったのかしら? とにかくここに連れてこなければいけないのよね。ここって、かぐや姫でないと役に立たないんだから」


 恵利は呼吸を整えながら、呆れたかのようなイントネーションで呟いた。


「だから、天帝も必死なのさ」


 清四郎が好戦的な口調で言った。


「帰るよ、玲司。天帝の兎より先に人間界へ戻って、奴が来るのを待とうじゃないか。恵利。監視できるな」


「さぁ? 玲司に言ってよ。玲司がここと人間界をつないでおいてくれれば、透視してられるわ」


 恵利は肩を少し上げて、無責任な言い方をした。


「玲司?」


 清四郎は彼を見た。


「いいよ。でもそんなに長くはできない。けっこう力がいるんだ」


 少女のように華奢な玲司はゆっくりと立ち上がり、雑草や土を神経質に払い落としてから、疲れた声で呟いた。


「二人とも、その間身体は持つかい?」


 高飛車な物言いをしていた清四郎だったが、心配そうに二人を交互に見た。


「大丈夫よ。ねぇ、玲司。さぁ、兎が善見城を出るわよ」


 恵利が空元気からげんきを出して、小鬼のように眼を吊り上げて笑った。


「ということは、そろそろ飛ぶな。玲司。帰るぞ」


 玲司の眼が一瞬光を放った。同時に三人の姿が歓喜苑から消えた。



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お読みいただきありがとうございました。


お時間がありましたら、同時公開している「SF小説」の方にも訪ねてみてください。よろしくお願いします。


https://kakuyomu.jp/works/16818093074758265076


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