ヤブの中

一の八

藪の中



いま、茫然自失と目の前にあるそれと対峙していた。

何が起きてしまったのか。

すぐに理解出来ないでいた……






15分前-



僕は、何度も手元の財布を確認した。

「あれっ、おかしいなぁ…」


自分の部屋をいたるところを探してもそれは、影すら見せなかった。


何度も…何度も…


確認しても変わらなかった。

なぜなら、そこにあるべきものが無かったからだ。


もしかして…これは…

身体の血液が下がっていく気がした。



僕の頭の中では、一番考えたくないシナリオが浮かんできた。

周りの話で聞くことは、あったけど

まさか自分が

”そんなはずは、ない”


自分自身に疑心暗鬼になっていた。

ふとっ目をやると、スマートフォンがあった。


考える間もなく、電話していた。




トゥルートゥルー


「もしもし…」

「もしもし…どうした?」






まず電話したのは、職場の年の離れた同僚だった。


何度かコールする音が自分の心拍数を上げる。


「もしもし」

「もしもし、どうした?」


「ちょっと、変な事聞くんですけど…財布のお金とかって無くなったりしてませんか…?」


「んっ?…お金?ちょっと待ってて。えっ〜と…うん!大丈夫だな。なんかあった?」


「それが…財布の中のお金が無くなってまして…」

「えっ?マジ?いつからないの?」

「たぶん、今日の昼頃かなぁと思うんですけど…」


「とりあえず、俺は大丈夫だけど。他の人は、どうだろうな?」


「あっそうですね。他の人にも聞いてみます。ありがとうございます。」

「うん、全然いいよ。」

ガチャッ

ツーツー



よかった!大丈夫。


だが、まだ他の人がやられている可能性もある。

早く気づかせてあげなければ…



また、別の同僚に電話をかける。

トゥルートゥルー


「もしもし」

「もしもし…お疲れさん。」


「ちょっと聞きたいんだけど、いつも仕事場に財布って持ってきりしてる?」

「どうして?」

「さっき、家で財布を確認したら、お金が無くなって。」

「マジ?」

「マジ。」


「それでどうしたの?」

「だから、いま色んな人に聞いてる?」


「あっ…そうなんだ……えっ?ちょっとそれマズいでしょ!」

「えっ?何で?」

「もしも、身内にいたらどうするの?」


「あっ!そうか。そこまで頭が回ってなかった。」


もう少し冷静に考えてみたら、当たり前の事じゃないか!


周りに『“犯人ですか?”』『そうですよ。』

そんな事を聞いて回ってようなものだ


ましてや自分で被害報告を伝えているでわないか。

改めて自分の行動の愚かさに自己嫌悪をが刺してくる。



「分かった。とりあえず、課長に連絡してみるわ」

「うん、そうした方がいいよ」

ガチャッ





時計を見ると、夜の8時回ろうとしている所だった。

少し躊躇いがあった。


針が刻々と動くたびに

早く、早く、早く、

と促されている気持ちになった。



あぁ〜もう!

だが、そんな事を考えてる場合ではない。



手元にあるスマートフォンの連絡先から課長の番号を見つける。



意を決しって、

緊張しながらもコールボタンを押した。


トゥルートゥルー


「もしもし、お疲れ様です。」

「もしもし、おつかれ」


「いま、お電話大丈夫ですか?」

「どうした?」


こんな事を言っても変なことを言ってるやつかと思われるだけだ。


けれど、そんな悠長な事を言ってる場合か!と自分に鼓舞をして、ことの詳細を伝える事にした。



「お金が無くなりました。」

「お金が無くなった?えっ?はぁ〜マジか。」

「えっ、はい。」

「昨日か?いつ気がついた?」

「今さっきです。たぶん、今日だと思います。」


「今日か。けど、だいたいの時間おったはずだけどな。昼間で誰にもいない時間ってどのくらいあった?たぶん2〜30分くらいだろ?」


「そうですね。そのくらいだと思います。」

「そうなると、その短い間に、迷いなく、そこを開けて、お金だけを抜き取り、出て行ったって事になるな。」


たしかにピンポイントでそこを狙って出ていたという事になる。

けど、どこでもいる普通の人がそんな芸当出来るものか?



自分の中で一つの気掛かりがあった。


前日に財布の整理をしていた事だ。


家に手元にあるものの他にもうひとつの財布があった。



一つは、普段使っているもの。

そしてもう一つは、家に置いてある財布。いわば、金庫の様な役割と言った所だろうか。




そこで、もしかしたら…



ー前日の話


「昨日の使ったお金は、俺が建て替えのやつがあって、これとこれを足してこのくらいか。」


前の日の打ち上げで使ったお金を建替えていた。


手元にあるレシートを確認する。

昨日は、かなり使っていたな。

これは、もう少し財布の紐を締めないいけないなぁ。


「まぁ〜いっか!」


”その分、他のところで働いて返します”と心の中で曖昧な約束をしながら、

昨日の使ったお金を整理していた。




「こっちのに合わせてと」


会計帳簿に前日に使ったお金を記載する。


記載した金額と通帳と財布の中身を足し合わせる。

「ふっ〜何とかあったなぁ」


「これで一安心だ」


その後は、自分の財布と金庫の財布を確認した。


「うわぁ、かなり減ってたな」

これで何とかなるな。

「建て替えのお金を戻してと。とりあえず、いつもの財布15,000入れておくか。」




ー現在


昨日の記憶だとたしかに入れていたはずなんだよな…

となると、どこに消えた?



どれだけ頭の中で前日の回想を広げてみても、自分には、そこにあったとしか考えられない。



課長に問われる。


「昨日の内によく確認したのか?」

「はいっ、一通りに昨日の辺りはみました。」

「そうか…そうなると分からんな…」



んっ?

もしかしたら…


以前、あるテレビ番組でこんな事を聞いた事があった。

『目の前のお客さんを信じさせたいのなら、実際に手で触らしたり、持ってみるのが有効的ですよ!そうするとですね、目の前にいる人も周りの人もそれがあると信じますから』



まさか…


そんなはずは…


いや、待てよ…




思わず昨日まで自分を振り返ってみた。



話せば話す程に自分自身に疑念が強まる。

本当に正しいと言い切れるのか?



いやいや


あれだけ注意してるではないか!



そう

そのはずだから!


そう?

そのはずだから…?


本当にそうか?



まさか、家を出て行ってから今に至るまで

もしも、中身が空のままだとしたら?


マジシャンの声が蘇る。


「実際に触ってみると信じますから…」


疑念が強まる。


考えれば、考えるほどに自分が間違っていたのではないのか?


だが、このまま自分が間違えていた事を周りに知らせてどうなる?

だとしたら、このままにしておこう。


真実は、昨日の記憶の中へ消してしまう事にした。



そう、解決策は、どこにも見つからないのだから…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤブの中 一の八 @hanbag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ