【KAC20249 】エイプリルトゥルー

花沫雪月 (元:雪月)

エイプリルトゥルー

「メリークリスマス!今日はクリスマスね!」

「……あー、イヴ?それはもしかしなくてもエイプリルフールかい?」


 ある国の小さな街の小さなアパートの一室。

 時刻はAM9時を少し回った頃。

 ぽかぽかとした春の陽気に、普段よりゆっくりとした朝を過ごしていた茶髪の青年ルドルフは、突然ドンドンと叩かれたドアの音に淹れていたコーヒーを一口飲む前に眠気を飛ばされた。


「メリークリスマスったらメリークリスマスなの!」

「うん、まぁ、メリークリスマス。とりあえず上がってよ。ちょうどコーヒーを淹れたところだからさ」


 扉を開けると付き合いはじめて4年になる恋人のイヴがいた。

 長く伸ばした金色の髪に春らしい長袖の水色のワンピースがよく似合っている。


 開口一番に「メリークリスマス」と大きくてハキハキとした、そして若干の怒りの含まれた声を上げたイヴをアパートに上げるとルドルフは慣れた手つきでイヴの分のコーヒーカップにシュガーポットから角砂糖を2つ落とした。


 お互い静かにコーヒーを飲む。

 少し落ち着いただろうかとイヴの顔色を窺いながらルドルフのほうから話を切り出した。


「それで……突然どうしたんだい、イヴ?昨年まで君はエイプリルフールなんて興味なさそうにしていたじゃないか。それに急にメリークリスマスだなんて」


「だってだって、ルドルフったら付き合いはじめてから一度もクリスマスを一緒に過ごしてくれたことがないじゃない!」


「それは大切な仕事が……」


「世の中の家族や恋人はクリスマスには仕事を休んで一緒に過ごすのよ!私のパパとママだってそうしていたわ」


 拗ねたようなイヴはどうやら、クリスマスを一緒に過ごせていないことがずっと不満だったらしい。

 たしかにクリスマスにはたいていは仕事なんかしないで家族や恋人と過ごすものだ。

 しかし、ルドルフにはクリスマスはどうしても外せない“大切な仕事”があった。


 どう宥めたものか、そうルドルフが思案しているとイヴのほうから「だから、ね」と少し恥ずかしそうに話を続けた。


「だから今日はクリスマスなの。嘘だってなんだって……クリスマスなの。だから今日はずっと一緒にいて?」

「イヴ……」


 いじらしいイヴをルドルフは思わず抱きしめたくなったが、同時にかなり困ったことになったぞと内心はパニック寸前であった。

 今日も午後からまた“仕事”があったからだ。


 混乱が顔に出ていたのであろうか。

 イヴはまたみるみる不機嫌なような泣きそうなような顔になってしまう。


「……また仕事なの?」

「えっと、その……そうなんだ」

「……もうルドルフなんて知らない!」


 イヴは目に涙をためながら部屋から飛び出していってしまう。

 慌てて後を追ったルドルフだったが、イヴはかなりの健脚の持ち主であっという間に走り去ってしまった。


「参ったなぁ……嫌われちゃったかな……よし、ものは試しだな」


 ルドルフは一度部屋に戻ると、受話器を持ち上げて彼の雇い主に電話をかけることにした。


「もしもし?ルドルフです。ミスター?……え、え?なんで知ってるんですか?……お見通し……はい、はい、え、いいんですか?はい、彼女なら大丈夫だと思います!ありがとうございます!」


 ▽


 イヴが自室で枕に顔を埋めていると、コンコンと窓を叩く音がした。


「イヴ、僕だ。ルドルフだ。さっきはゴメンよ……」

「え、ルドルフ?!」


 イヴはびっくりして変な声がでそうになってしまう。

 なぜならイヴの部屋は3階にあるのだ。

 窓の外から一体どうやって……とイヴはベッドから飛び起きて慌ててカーテンを開いた。


 そこには……宙に浮かんだ真っ赤なスポーツカーがあった。

 運転席の窓からはルドルフがにこやかに手を振っている。


「やぁ、イヴ。実は僕の雇い主に話をしてみたんだ。仕事は休めないんだけど……君を一緒に乗せていくことはOKが貰えたから迎えに来たんだけど」

「ルドルフ!?これ、どうなってるの!?」

「話せば長くなるんだけど……あ、紹介するね。僕の雇い主のミスターニコラウスだ」


 後部座席には真っ赤な服に立派な白ひげをたくわえた……どうみてもサンタクロースがいた。

 サンタクロースはニコニコと笑みをたたえている。その姿は絵本からそのまま抜け出してきたようだ。


「今まで黙ってたんだけど……実は僕、サンタクロースの専属運転手なんだ。まぁ普段はタクシードライバーなんだけどね」

「え!?ええ!?」

「さぁ、乗ってイヴ。今日はエイプリルフール。迷信が本当になる日……伝説の存在が一堂に会するパーティー会場に連れていくよ」


 イヴを助手席に乗せると、ルドルフは真っ赤なスポーツカー発進させた。

 彗星のような速さで空を走り出したスポーツカーはしかし誰にも気づかれることはなかった。







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