第5話 ブラコンな妹とご機嫌取り

 夏葉を家まで送った後、俺は今朝の花凛のことを思い出していた。

 おかしな距離感、態度の違い、そして呼び方。

 ただ通う校舎が変わっただけでここまで変化するとは考えにくい。

 あれこれと思いつくことを考えているうちに家はもうすぐそこという距離まで帰ってきていた。


 結局答えを出せないまま、俺は家に到着した。

 ドアを開けると玄関には花凛が立っていた。

「おかえりなさいお兄様」

「ただいま花凛。待ってたのか?」

「はい。私はどこにいても、お兄様を見つけられますので……」

 ただならぬ悪寒を感じる。


「それで?お兄様、今日はお昼までのはずでしたが、どこで何をしておられたのでしょう?」

「そ、それはだなぁ……そう俺副会長になったんだよ!」

 今の花凛の機嫌が悪い、そう思った俺はとっさに話題をそらそうとする。

 しかしそれは花凛によって遮られた。

「それは当たり前です。お兄様の能力ならもはや会長でも問題ないです!」

 進級初日から会長は無理があるだろう。


「ですが、それにしたって遅いですよね?」

 余計なことを考えるスキを与えないとでも言うように花凛の問い詰めは続く。

「お兄様あえて、もう一度言います。私はいえ、私たちはどこにいてもお互いを見つけることができます。普段はプライバシーも考えて少ししか使わないようにしていますが……」

 少ししかという部分がとても気になった俺だが今はそれどころではない。

 花凛は夏葉と星をいつも何かと敵視しているのである。

 今日の午前中は星に付きっきりで、放課後は夏葉とデートをしていた。


 もしこのどちらかでも視られていたのであれば間違いなくそれが原因で不機嫌になっているのだろう。

 俺の頭から魔装車の中で考えていたことは消えており、どうやって不機嫌な妹の機嫌をとるかに切り替わっていた。


 ふと、あることを思い出す。

「花凛、夕飯はどうする?」

「お兄様が帰って来られてから作ろうと思っていましたのでまだですが……」

 突然の質問に戸惑い、一瞬不機嫌なことを忘れ普通に答える花凛の根の良さは隠しきれない。

「そうか。なら着替えてこい、久々に外食をしよう」

 そういうと俺は「もちろん二人だけでだ」と付け加えた。

 花凛は一瞬訝しんだ様子を見せたが満足そうに「お兄様も着替えてくださいね」と言って自分の部屋へ向かった。


 三十分ほどで支度を終えた俺たちは黒命家が所有するホテルの高級レストランに来ていた。

「こんなレストラン私は知りませんでした。お兄様よくご存じでしたね」

 花凛から棘のある視線がとんでくる。

「ここに来るのは俺も初めてだよ」

 俺は内心冷や汗を流し疑いを晴らす言い訳のように言う。

 いくら当代最強と呼ばれる龍仁でも妹の前に兄はそこまで強くは出られないのだった。


 レストランに入ると二人は手厚い歓迎を受けた。完全予約制の人気レストランに突然訪れても歓迎される理由はもちろん二人が黒命家の直系だからである。

 

 俺たちは一流レストランのフルコースを楽しんだ。

 食事中は楽しそうにしていたが、食事を終えるとまた花凛の不機嫌が戻ってきていた。

 しかし先ほどのように問い詰めるようなものではなく何かを話してほしいといった感じだった。

 俺は当たり障りのないことから始めることにした。

「花凛、学校はどうだった? 会長は忙しいか?」

「いえ、お兄様の引継ぎをしただけですから問題なくこなせます」

「そうか」

 当たり障りのない会話では、今日は話が続かない。

 俺は仕方ないと腹を決めた。

 はぁ……と一息ついて決心を固める。

「今日は固いな花凛」

 花凛はハっと息を吞むも何も言ってこない。

「まず朝だ」

 そう言って俺は回想していく。

「いつも通りお前は俺を起こしに来てくれた。それで俺はいつも通り起きた」

 いつもありがとうなと言いつつ続ける。

「1つ目の問題はここだ。いつもより明らかに丁寧な口調、まぁこれは寝る前にそういった口調の妹キャラが出てくる小説でも読んで影響された可能性はある」

 重くなりすぎないよう冗談めかしてそう言う。

「ち、違います」

 恥ずかしそうな声で花凛が否定する。

 まぁ、それはいいとして。

「2つ目の問題点、これが重要だ」

 花凛が下を向く。

「家の中でも二人の時でもお兄様呼びだ」

 そう。これが最大の違和感。

「別に呼び方をいちいち気にする俺ではないが、お前のお兄ちゃん呼び、好きだったんだけどな」

 そう言いながらチラッと花凛の顔を見る。

「……いじわるです。兄さん」

 そろそろ兄さん離れしないと、と思ったのに……。

「そんな風に言われたらもう一生兄さん離れできないかもしれませんよ?」

 花凛が仕返しとばかりに冗談めかして言う。

 さすがにもうお兄ちゃんとは呼んでくれないか。

 しかし俺はそんなことを考えながら大真面目な顔で言い切る。

「いいよ、一生しなくたって。花凛ひとりの面倒くらい、いつでもいくらでも見てやるさ」

 花凛は顔を羞恥に染め上げ、数分間動けなくなっていた。

 

 帰路につく頃には俺のよく知る花凛に戻っており、魔装車は自動運転にして後部座席でぴったり俺にくっついたまま、家に着くまで離れなかった。



 ◇ ◇ ◇

 

 昨晩はなかなか離れようとしない花凛を何とか寝かしつけて結局就寝した時間は午前二時を回っていた。

「おはよ兄さん」

 今日は少し照れながらもいつも通りの口調で起こしに来た妹に安心感を覚えつつ、何とか目を覚ます。

「おはよう花凛、やっぱり花凛はそうでなくちゃな」

「もう、からかわないで兄さん」

 穏やかな朝を過ごし、今日はいつも通り遅刻ギリギリの時間に登校する龍仁だった。

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