第2話地獄の沙汰も、《スキル》次第

「かぁぁぁあ、腹立つ腹立つ腹立つ!なーにが、『何も考えず駒として動け』だっ。犬畜生よろしく従順なペットにでもなれってか、あのクソアマ。容赦なく蹴り飛ばしてくれやがって!」


 軍の8輪装甲車に000オールゼロの大声が響いた。

 傍迷惑はためいわくにも、座席を蹴りつけながらである。


 周囲には20近くの《隷勇》の目。

 しかし、その叫び声を口汚く罵る者は誰一人としていなかった。


 当然だ、ここにそんな余裕のある人間は存在しない。


 周りを見れば、絶望したように項垂れている者、頭を抱えている者、死んだ魚のような目をしている者。

 どいつもこいつもそんな奴ばかり。


 車内を唯一照らす天井の照明ですら、連中の醸し出す湿った闇を払う事は出来ないでいた。


 窓から陽の光でも差し込めばもっとマシだったろうが、生憎とこのいかにも硬く重厚そうな迷彩色の輸送車には、仕切りの向こうの運転席以外に窓が一切なかった。


 コレに必要なのはたった2つ。

 乗員を無事に目的地へ運ぶための防御力と、幾らかの走行能力のみだったからだ。


 ――そう、ここにいるのは皆、《勇者》をたった数分足止めするためだけに寄せ集められた特攻兵。


 少なくとも、今から向かう所は戦場であり、死地なのだ。


 ガタガタの舗装されていない道を走っているのか、酷い揺れ。

 いくさ前のひりつくような匂いに交じって、車内ではエンジン音だけが大騒ぎしていた。


 さながら、ここは死刑囚の檻の中だった。


「っけ、つまんねぇ連中……」


 一気に現実に引き戻された感じがして、それを誤魔化すように000オールゼロは小さく悪態をついた。

 しわがれた声がはたから聞こえたのは、その直後だった。


「はぁ、ったく、相変わらず元気だけは一丁前だなぁテメェは。000オールゼロ」 


「ぁあ?――って、アンタ440ジーフォースじゃねぇか」


 ケンカ腰で言葉を放った男を睨むも、そこに座っていたのは見知った顔の老兵だった。

 背の高く、身に着けた軍服がはち切れそうなくらい分厚い体。

 豪快な髭には、頭と同様に白髪が黒髪と混在している。


「久しいなぁ。5年前の作戦以来か」


《隷勇》はある程度育つと隊を組んで、お守り役を隊長として戦場に送られるようになる。

 440ジーフォースは、当時000オールゼロの所属していた隊の隊長だった。


 数年戦場を共にした仲で、最近は見かけなかったがまだ生きていたようだ。


「いやぁ、イラついてて気ぃ付かなかった。老けたな」


「そういうお前は相変わらずガキだな。……まぁ、軍の御偉方が理不尽でムカつくのは分かるけどよ、どうせが外れたりしない限り、俺ら《隷勇》はこの世界じゃあ自分の命を人質に取られた奴隷だ。んなカッカせずに、心の中で舌出して従順なフリでもしとけ。俺みたく60年は生きられるぞ」


「生憎ともうおせぇよ、あの世行きの車に乗っちまってるからな」


「おっとそうだった、お前弱っちいもんな。その名の通り、知力も魔力量も、身体能力すら最低の全数値最低オールゼロ。まさか、捨て駒にされる程たぁ思わなかったが。まぁ、頼みの《スキル》もひでぇから当然か」


「くっ。るっせぇ、俺だって不満なんだよ!昨日までは普通に平隊員だったんだぜ?おかしいだろこんなの」


《隷勇》。

《勇者》がこの地の人間と交わって生まれた、《スキル》という力を持つ能力者。

 その力を封じる首輪によって国家に管理され、《勇者》との戦いを強制される者。


 行く道は地獄だ。

 強い《スキル》も持たず、武功を立てられなければクソみたいな環境で野垂れ死ぬ。

 あるいは、こうして死地に送られてくたばるか、そうでなくてもいずれどこかの戦場で呆気なく生を終えるがオチ。


 それでも、今回の作戦はおかしかった。いや、前の作戦でもそうだ。

 ああいうのは、本当にどうしようもなくなった時の最終手段でしかない。


 それが時間稼ぎなどという名目で、気軽に行われている。

 こんなの――。


「生憎と全く変ではないぞ、雑兵共」


 突然、粘着質な声が000オールゼロ達に話しかけて来た。

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