第27話⑤

下着選びなんて基本的には自己満足の世界だが、人に見られるとなると話は違ってくる

たとえば、おしゃれなタンスの内側がベニヤ丸出しだったら失望するだろう

外と同じように塗装してあったり、内張りがしてあったりした方が気分が上がる

冷蔵庫の中が白一色なのもセンスないなぁなんて思っていたが、これに関しては白の方が輻射熱を小さくできるという、ちゃんとした理由があるのを会社の資料で見た

何らかの客観的な合理性が求められるが、いずれにしても透けにくくするのとは違った力学が働く


翌日の朝、このパステルイエローの下着に身を包み、姿見の前に立ってみる

何か足りない感じがする

ふと思い立って、小物箱から黄色いガーゼのハンカチを取り出す

ハンカチで髪の結び目を縛ってみた

「ルネ、どう思う?」

ルネはシルクっぽい薄鼠の下着だ

大体いつもパッとしない色ばかりだが、今日はちょっと高級めな質感のやつを選んでいた

「そこの色を合わせるの?」

「見えないおしゃれ」

「あたしにしかわかんないのに」

人間見えていなくても自分の姿形を思い描くことができる

自分では黄色い下着を身に着けてるとわかっているのだから、こういう部分で色を合わせた方が精神的にうまく着こなしている気分になる

着せ替え人形にアウターだけ着せて満足してしまうタイプの子には伝わらないこだわりかもしれない


「つむじ様、おはよーございまーす」

「はい、おはよう」

確かに、人目を意識した下着を着てくると透けが気にならなくなってきた

自信を持って人前にお出しできる、とは言わないが、見えても「これこれこういう理由で選びました」と胸を張れる

目立たないよう配慮を尽くした、という後ろ向きな選択ではない

「カバンもっと上に背負って。引っかかって裾がめくれる」

ルネにしては珍しく私の格好に気を払っている

「見せて歩かないでよ」

露出狂じゃあるまいし

まあこの自慢の下着を見せびらかしたくはある

「おっ、つむじ様ー。おはよー」

ちょうどいいところにお誂えの人物がやってきた

「会長これどう思う?」

ふふん

いいだろう

………

名人長考中

フィッシング同好会会長は眉間にシワを寄せて首を傾げている

「…柔軟剤変えた?」

「違う!これはルネの香り!」

今日のルネはいちご味のハイチュウみたいな芳香を漂わせていて、完全に私の香りが負けている

「これだよこれ!」

と胸を張って制服をピンと伸ばして見せる

「ああ、何?今日は盛れたって?」

「ああもう!そうじゃなくて…」

「朝から何を揉めてますの」

登校時にフレオと鉢合わせるなんて珍しい

品行方正で生きてきたフレオは、誰よりも早く登校して教室の窓を開けたり花瓶の水を取り替えたりしていた

らしい

以前の彼女にしてみたらまあまあの重役出勤だが、それでも十分人並みの登校時間だ

女王でなくなって憑き物が取れたとでも言うか

「散々人の下着を透視してきたくせに、どこに出しても恥ずかしくない一張羅には気づかないんだよ」

「人聞きが悪いな。人を覗きか何かみたいに」

「透けて見えないのなら結構じゃありませんの?」

「だってせっかく選んだんだよ?あんなに毎日頭を悩ませてさぁ…」

「つむじ!本末転倒でしょ!」

そう言って伸ばしたルネの手は私の肩を掴むはずだった

後の本人がそう証言している

しかし踏み出したルネの足元には石畳が剥がれてくぼみが出来ていた

ローファーのつま先をとらえたくぼみはいとも簡単にルネの姿勢を崩し、ルネの手は私の鞄に引っかかった

思いがけずルネの全体重で鞄を後ろに引っ張られた私は、私を後ろに引き倒そうとする力に抗った

しかし坂を登ろうと体重をかけていた軸足は踏ん張りきれず、膝を折ってしまいそうになった

末席とは言え女王が膝を屈するなど言語道断

私は咄嗟に手を伸ばし、なんでもいいから2人分の体重を支えようとした

私の手が届くところにあったのはフレオの制服の襟だった

ここでは誰もが超人とルネは言った

その時の私の握力は確かに超人的であったろう

私の手は、ルネと私の体重とフレオの体重とで引き合っても、掴んだ襟を離さなかった

するとどうなるだろう

これまでのところ、ニュートン力学は現実通り作用しているように見える

だからフレオは私とルネの体重に打ち勝つことは出来ず、3人仲良く後ろにひっくり返った

それも登り坂の途中で

後ろ向きにでんぐり返しをしてしまった我々は、坂の登り口の辻まで派手に転がり落ちてしまったのだった

「大丈夫か!?」

フィッシング同好会会長が血相変えて坂を駆け下りてきた

立ち止まると一転

「えっ…ペアルック!?」

会長は私達を見て駆け寄ってきたときより驚いている

頭を下にして大の字になっていた私はやっとのことで体を起こす

スカートが派手にめくれてパンツが丸見えになっていたことに気づく

慌てて裾を直す

…と横を見ると、フレオもパンツ丸出しで坂道に突っ伏していた

パステルイエローの、ガザニア模様の刺繍のパンツで

選んで買ったとは言え大量生産品だ

同じ下着を着ている人間がいるのは別に不思議ではない

だが、なぜ、よりによって、それがフレオなのか

私がフレオを意識したからか

いや、これ以外のあらゆる下着が否定されたからだ

断じて

同じ格好をしようとしたわけではない

そうだろう?

でも、ここまで外堀を埋め尽くした末にこの下着を選んだのは他でもない私なのだ

このときここで抗弁のしようがあったろうか

何と言えば会長の口を塞ぐことが出来たろうか


「つむじ様おはようございます!」

「…おはよう」

翌日まで待つ猶予すらなかった

私達が学校につくころには既に噂が広まりきっていた

みんなが好奇の眼差しで私を見る

いいんだ

根掘り葉掘りされるのにはもう慣れた


翌日から私は下着を意識するのをやめた

もうじきやってくる夏休みの間に、噂が雲散霧消していることを祈りながら

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