第24話②

昼食は今日もリリカポリタンを頼む

レシピはマスターしたが、うちではルネが食べたがらないから

不人気メニューになったら困ると思って責任払いをしているが、幸いすこぶる好評のようだ


午後も雨

結局部活にも入らぬうちに女王になってしまったから、放課後も学生らしいことはしていない

女王の職務も結局、どこか定められた場所に出向いて立っているか座っているかするだけだ

決め事も私が口出しをすれば捻じ曲げることは出来るが、それで進めてください、と言っておく方が楽だ

だって最初から結論が出ているのだから

私はそれを承認するだけ

時々フレオに怒られることもあるが、これまで特に問題は起きていない

子供の頃は、ものを考えているのは自分だけなのではないかと思ってしまう時代がある

だがみんな寄ってたかって知恵を絞っているのが実際の社会だ

ここだってそれは変わらない

私一人が何もしなかったくらいで世の中が止まったりはしない

「じゃあ、これで進めてください」

今日は秋の文化祭の予備折衝

実行委員会の権限についてガイドラインを定め、そこから先は権限の範囲内は勝手に進めてもらう

もちろんガイドラインは先に出来上がっていて、私はそれに目を通すだけ

でもこういう場では時々これ見よがしに越権行為を滑り込ませてくる事がある

例えばここでは、校庭の使用優先権を部活動に優越するよう設定したりだ

女王がゴーを出せばそれで通ってしまうので、この項目は改めさせた

項目自体を削除してしまうと揉めたときに私の仕事が増えるので、実行委員会の優先権は平日6時以降と定めた

実行委員会は好き好んで文化祭の準備がしたい人達なのだから、放課後学校に居残ることなど厭うまい

むしろ学校で夜を明かすくらい頼まれなくたってやる

お祭り好きとはそういう人種だ

「要領がいいね」

帰りしな、傘を片手のルネが言う

「多少恨まれても、こじれてから責任取るよりいいでしょ」

潜在的な衝突が存在してる以上、大なり小なり解決する責任も生じている

だったら芽が小さいうちに摘むに限る

こうして一日雨に降られている

雨で憂鬱にならない人種が羨ましい

「雨を楽しむことだよ」

ルネは水たまりでケンケンパしながら帰り道を進む

買ったばかりの私の真っ赤な傘は、続く長雨に早くも音を上げ始めている

天日に干せばまた水を弾くようになるとルネは言っていたが、かれこれ10日は晴れ間を見ていない


おかげで最近はコインランドリーも混み合っている

ルネはお前もこっちへ来いよぉと陰気な笑みで脱いだ下着をかごに放り込んでいるが、私はこの程度の梅雨で諦めたりはしない

ルネが脱ぎ捨てた下着も問答無用で袋に詰めて、一服寺のコインランドリーへ向かう

やっぱりあそこのが一番先進的だ

ルネは誘ってもすげないので一人で行く

掃除炊事洗濯にはまるで興味がないのだ


ガラス張りのスイングドアを開け放って場内に入ると、コインランドリーはきれい好き女子でごった返している

ここへ来る女子は清潔で通じ合っているので、何も言わなくても目配せすればわかる

入口近くの子がそろそろ空きそうな洗濯機を指して示してくれた

私は静かに頷く

言葉は必要ない

図書館のように静寂がルールなのかって?

もちろんそうではない

洗濯機の音とそれに張り合う話し声で、そう簡単に会話が通じないからだ

「つむじー!ここ!ここ空いてる!」

目ざとく私を見つけたクラスメイトが開いているベンチを勧めてくれている

「今日混んでるね!」

ここでは複雑な会話はできない

てにをはは省きがちになる

「洗濯物溜まっちゃって!」

「何!?」

「せ・ん・た・く・も・の!」

「ああ!洗濯物!何!?」

「いっぱい!洗わないと!」

「そうだね!」

「これ二回目!」

「二回!?溜めすぎ!」

ここが一番先進的とは言ったが、静粛性が高い家庭用の最新型洗濯機というわけではない

特別静かというわけではないが、ただそれでも十分我慢できる範囲の音だ

1台や2台なら

ここは今や30台からの洗濯機・乾燥機が常にフル回転している

脱水に入ってゴトゴトいっている機械もあれば、乾燥機の蓋を威勢よく開け締めしている子もいる

その騒々しさはさながらパチンコ屋のようだ

「そういえばさ!聞いた!?」

こういう聞いた?は大体聞かない方がいい話だ

「知らない!」

聞きたくない

「野犬が出たって!」

ほら見ろ

野犬?

「野犬!?」

「高天原の方で!白くておっきい犬見たって!」

「どこ!?」

「うちの学校!あのへん!」

ああ、やっぱり聞かなきゃよかった

いずれ私にお鉢が回ってくる類いの案件だ

でも知らんぷりしてれば誰かがやってくれるかも知れない

「つむじ様なんとかして!」

クラスメイトではない女子も会話?に加わってきた

「私!?私が直接!?」

「動物得意な人!頼んで!」

「誰!?」

「養畜部!」


それはいわゆる生き物係の部活動版だ

しかも面倒見ているのはメダカや鈴虫などではない

うさぎ、ヤギ、でっかいハムスター、フクロウ、ニワトリ

馬術部の馬達もここが普段の世話をしているらしい

まるでブレーメンの音楽隊だ

「今日は卵産まなかったんですよ」

まっすぐ私の目を見ようとしない養畜部員が、鶏舎を掃除しながら言う

「いや、卵分けてもらいに来たわけじゃなくて…」

「わかってますよ、当然。いつも朝一番に採卵しちゃいますし」

卵を採るための鶏はもちろんメスだけ

現実の養鶏場にもオスはいない

この世界みたいだ

ただまあ私達に生理は来ないわけだが

来なけりゃ来ないでなんだかやるべきことを忘れているみたいに感じる

鶏だって卵を産んでいるのに

「犬とかって飼ってないかな」

「なんです?ドッグショーか何かやるんですか」

ちょっと切り出しづらい

ここでミスると私が担ぎ出される羽目になる

「最近この辺に野犬出るって話、知ってる?」

養畜部員はちょっと考えたような素振りを見せる

自分のせいにされていると思っているのか

「動物…特に犬の扱いに詳しい人がいたら紹介してくれないかな」

「特別詳しい、というのはいませんが、手慣れたものなら」

野犬がいたとしても人に危害を加えたりは多分しない

襲われても勝てるだろう

しかし捕らえるとなると話は別だ


「捕らえる?捕まえる必要ある?」

ルネは不服そうだ

「放っといたらまた苦情来るだけでしょ。追い回されて通学に支障があっても困るし」

「お待たせしました」

人見知りっぽい養畜部員が連れてきたのは人見知りっぽい養畜部員だった

「ラビです」

「よ…よろしく…」

前髪が長くて目線が読めないが、多分私とは目を合わせていないと思う

「彼女犬を2頭飼ってるので、何かお役に立てるかと」

「多頭飼い?すごいね」

「いえ…よく言うこと聞きますから」

そういえばヴァンルイエも言葉が通じるみたいだった

足踏みポンプも自分で動かしていたし

犬と話せたらなあ、とは今でも思っている

実家のしんべヱは元気にしているだろうか

「それで、ウチは何をすれば…」

一人称がウチの子は初めてだ

関西系なのか

「野犬を捕まえたいんだけど、何から始めたらいいかな」

「まず見つけることでしょうか」

答えが早い

当たり前と言われたらそれまでではあるが、それにしても考えた様子はなかった

「罠を仕掛けて待つんじゃ駄目かな」

「人に飼われていない犬は用心深いので、ケージ罠にはまず近づきません。虎挟みみたいな全く目につかない罠にうっかりかかることはありますが」

流石に通学路に虎挟みは設置できない

それにしても具体的で詳しい

前に捕まえたことがあるみたいだ

「今飼ってる犬は2頭とも、時間をかけて餌をやって、懐いたところで家に連れて帰りました」

気が遠くなる

というか結構な野良犬がいるみたいな口ぶりだ

「野良犬はたくさんいます。主に花畑に。それが人恋しくなって、時々街まで出てくるんです」

「こないだ花畑を一日歩いたけど、犬なんかいなかったよ」

表情は読めないが、一瞬、呆れたかのような間があった

「野良犬は臆病ですから」

そう言われたら二の句が継げない

こっちは3人と2頭だったし

「そんなに野犬がいるのに飼われてる犬あんまり見ないのは、懐かせるのがよほど大変なのかな」

「たまに撫でたいだけの人間に敏感なんです。ちゃんと面倒見てくれるってわかるまで、ついては来ません」

やはり前世でぞんざいに扱われて捨てられた犬たちなのだろうか

「ねえつむじ、その子の犬に手伝ってもらうっていうのは?」

囲いの中のヤギとのにらめっこに飽きたルネが切り出した

ちゃんと話聞いてたのか

「手伝ってはくれると思います。でも探している野犬の方が出て来ないかも…」

「取っ掛かりもないし、現れたかもしれない場所がわかるだけでも助かるな」

ラビはルネと私を交互に見た(多分)

「わかりました。放課後カズリとサヴィリを連れてきます」

それが犬の名前らしい

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