髑髏鬼の宴
@RITSUHIBI
西行於高野奥造人事
同じころ、高野の奥に住みて、月の夜ごろには、ある友達の聖と、もろともに橋の上に行き合ひ侍りて、ながめながめし侍りしに、この聖、「京になすべきわざの侍り」とて情けなくふり捨て上りしかば、何となく同じく憂き世を厭ひ、花月の情けをもわきまへらん友、恋ひしく思えしかば、思はざるほかに、鬼の、人の骨を取り集め侍りて人に作りなすやうに、信ずべき人のおろおろ語り侍りしかば、そのままにして、広野に出でて、骨をあみ連ねて造りて侍れば、人の姿には似侍りしかども、色も悪く、すべて心もなく侍りき。
声はあれども、絃管の声のごとし。げにも、人は心がありてこそは、声はとにもかくにも使はるれ。ただ声の出づべきあひだのことばかりしたれば、吹き損じたる笛のごとし。おほかたはこれほどに侍る。不思議なり。
「さても、これをは何とかすべき。やぶらんとすれば、殺業にやならん。心の無ければ、ただ草木と同じかるべし。思へば人の姿なり。しかじ、やぶれざらんには」と思ひて、高野の奥に、人も通はぬ所に置きぬ。もし、おのづから人の見るよし侍らば、「化物なり」と、おぢ恐れむ。
さても、このこと不思議に思えて、花洛に出でて帰りし時、教へさせ給へりし徳大寺へ参り侍りしかば、御参内の折節にて侍りしかば、むなしくまかり帰りて、伏見の前中納言師仲の卿の御もとに参りて、このことを問ひ奉りしかば、「何としけるぞ」と仰せられし時、「そのことに侍り。広野に出でて、人も見ぬ所にて、死人の骨を取り集めて、頭より手足の骨を違へで続け置きて、ひさらと云ふ薬を骨に塗り、苺とはこべとの葉をもみ合はせてのち、藤の若ばへなどにて骨をからげて、水にて洗ひ侍りて、頭とて髪の生ふべき所には、西海枝の葉と槿の葉とを灰に焼きて付け侍りて、土の上に畳を敷きて、かの骨を臥せて置きて、風もすかずしたためて、二七日置きてのち、その所に行きて、沈と香とを焼きて、反魂の秘術を行ひ侍りき」と申し侍りしかば、「おほかたはしかなり。反魂術、なほ日浅く侍るにこそ。われは思はざるに、四条大納言の流を受けて、人を作り侍りき。今、卿相にて侍れど、それとあかしぬれば、作りたる者も、作られたる者も、溶け失せければ、口より外には出ださぬなり。それほどまで知られたらむには、教へ申さむ。香をば焚かぬなり。その故は、香は魔縁を避けて、聖衆を集むる徳侍り。しかるに、聖衆、生死を深く忌み給ふほどに、心の出でくることかたし。沈と乳とを焚くべきにや侍らむ。また、反魂の秘術を行ふ人も、七日物をば食ふまじきなり。しかうして造り給へ。少しもあひ違はじ」とて、仰せられ侍りし。
しかあれども、「よしなし」と思ひかへして、その後は造らぬなり。
(引用:『撰集抄 巻五‐十五』
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