第32話「――強奪、それは海賊行為」

 真っ二つになった潜水艦は、文字通りおかに上がったカッパだ。

 そして、その中の搭乗員は負傷すれども死者は一人もいない。当然だ、アスミは物理的に陸まで潜水艦を運んで、ゼルセイヴァーのひざに叩きつけただけなのだから。

 当然、王国の兵たちは捕虜となり、そして手続きを経て解放される。

 だが、アスミにはまだやるべきことが残っていた。


「……さすがに三人は、ちょっと狭いな」


 今、巨大な剣を乗りこなすゼルセイヴァーは、そのコクピットに本来いない人間が追加されていた。巨大な剣をそばにたてかけた、ナルである。

 彼はなんだか少しうれしそうにして、アスミの膝の上に座っている。

 小柄で華奢きゃしゃで、おまけにいい匂いがして……どう見ても美少女にしか見えない。

 だが、男だ。

 そう思っていると、頭上からムンズと頭をリルケに踏まれた。


「マスター、わかっていると思いますが」

「ハ、ハイ……」

「あくまで今回は特例です。ナルもいいですね? ここは、この玉座は……私とマスターだけのものなのですから」


 こころなしか、リルケの機嫌が悪い。

 先程からぶすっとむくれてしまって、なんだか年頃の少女に戻ってしまったみたいだった。だが、そんな魔王様もなんだかかわいくて、アスミはついつい頬が緩んでしまう。

 今、三人は再び北の海へと飛び出していた。

 そこでは先程の大海戦もあって、まだ王国の軍艦がうろうろしている。

 だが、小型の艦艇が救助活動に勤しんでいるだけで、全く攻撃してこなかった。


「それで、だ……これから極北の地に隠れ住んでいる、同胞たちを助ける」

「そのためには、移動手段として船が必要だって話だね」

「そゆこと。えっと、ああ、あれがいいかな。ちょっと申し訳ないんだけど、


 アスミもだんだん、魔王の主たる風格がでてきたかもしれない。魔女王リルケレイティアは、そんなアスミを満足気に見下ろしフフンと鼻を鳴らす。

 ようするに、足がいるから輸送艦を一隻丸ごと強奪しようという話である。

 もちろん、平和裏に譲ってもらえるなら、怪我人はでないだろう。

 徹底抗戦されても、死人だけはださないつもりだった。


「んじゃま、行きますか!」

「そーれ、いっちゃえアスミーッ!」


 膝の上ではしゃぐナルを乗せて、アスミはゼルセイヴァーを一隻の輸送船に向ける。

 向こうでも接近に気付いたのか、すぐに白旗が上がった。

 高専の意思がないことを証明する、降伏と交渉のための旗である。

 それを確認して、ゆっくりとアスミはゼルセイヴァーを横付けした。同時にコクピットを開くと、真っ先にリルケが降りてゆく。彼女は長い髪を海風に遊ばせ、凛々しく叫んだ。


「我は魔王、魔女王ロード・オブ・ウイッチリルケレイティア。船を今すぐ明け渡しなさい。大人しく差し出せば、血が流れることはないでしょう」


 やや威圧的だが、向こうから始めた戦争なのだからしかたがない。

 あれだけの大艦隊を、たった一機のスーパーロボットに壊滅させられた……その事実は、今は王国へ激震を走らせているだろう。

 そうこうしていると、自慢の剣を背負ってナルが軽快に輸送船に飛び乗った。

 甲板に立った彼は、ガツン! と剣を付きたて、その柄に両手を乗せる。


「魔女王第一の腹心、ナルティナード・オルドス! 逆らわば、船ごと叩き斬る!」


 もちろん、脅しだ。

 実際にナルは一撃でこの船を両断できるだろうが……困るのはお互い様で、誰も得をしない。とにかく、今の船員たちには別の艦に移ってもらって、この輸送船はもらい受ける。

 なんだか海賊じみた行為だが、手段を選べぬ程度には自体は逼迫していた。

 なぜなら、400年もの間極寒の地に太陽となって命を燃やした魔王……魔龍王ロード・オブ・ドラゴンゲオルゲヒオスはいないのだ。今頃、多くの魔物たちが凍えながら救いを待っているだろう。


「さあさあ! 船長さんがいるなら出てきてねぇん? ボク、手加減はできないタイプだから」


 だが、どうやら話はすんなりとは進まないらしい。

 大方の船員たちが戦意喪失で手を挙げる中から、いかつい軍服の巨漢が進み出る。彼は腰のサーベルを抜くと、身を揺するようにしてナルに怒鳴った。


「船を渡せだと? 海の男にとって、船は我が母、我が伴侶はんりょにも等しい!」

「あー、わかる。それはわかるんだけどさ」

「ほざけ、魔王軍の悪しき乙女よ! 邪悪なるダークエルフよ! 我が勇者の血に誓って、船は渡さん! そう、俺の祖母の兄の従姉妹が勇者だったのだから!」

「……あ、うん。じゃ、やろうか?」


 返事は鋭い刺突だった。

 大男の割りには速く、鋭く、そして際どい連撃がナルを襲う。

 思わずアスミは身を乗り出したが、リルケは余裕の笑みだ。


「ナル、殺してはなりませんよ? 凝らさぬ程度に」

「ああ、わかってるよリルケ! 半殺しとまではいかないけど、痛い目を見てもらう!」


 ブン! と北風を切り裂き、ナルの大剣が振るわれる。

 だが、船長は巧みな剣さばきでその大ぶりな攻撃を避けた。かなりの手練れ、勇者の遠縁にあたる男だけはある。

 ナルはまだまだ余裕が見て取れるが、実際には甲板上で追い詰められていた。

 そして、船長の奮闘が周囲の水兵たちをも奮い立たせる。


「いいぞ船長! 頑張れ! 俺の、俺たちの船を守ってくれ!」

「そうか、船長も勇者の血筋なのか……頼むっ! 勝ってくれ!」

「艦隊のみんなの敵討ちだ! やっちまえーっ!」


 中には、銃を手に船長に加勢しようとする者まで出てきた。

 だが、リルケが軽々とゼルセイヴァーの手に飛び乗るので、アスミはコクピットに戻って彼女を甲板の上に下ろす。

 舞い降りた魔女王は、その絶対零度の視線で周囲をねめつける。


「一騎討ちの邪魔をするならば、この我が相手になりましょう」


 あっという間に、どこからともなくリルケは大鎌を取り出す。

 その冴え冴えとした刃の輝きに、海の男たちは誰もが黙って一歩下がった。

 一方で、ナルと船長の剣舞は徐々に加速してゆく。


「わっ、ととと、やるねえ! ボク、熱くなってきちゃった」

「貴様こそ、大したものだ! 殺すには惜しい!」

「同感、ボクもちょっと……生かしておくにはめんどくさいって感じ!」


 とっさに距離を取ったナルが、剣を振り上げ気迫を叫ぶ。


「セカンド・シフト! ……さあ、ギア上げていくよん?」


 身を覆うほどの巨剣が、ひと回り小さくなった。普通のロングソード、あるいはバスタードソードくらいである。それを手にして、ナルのスピードが一段階上がる。

 彼の魔法剣が、刃に炎を灯らせていった。

 だが、船長も必死に食らいついてくる。

 そして、圧倒的な体格差は小柄なナルの体力を削り続けていた。


「やば、息が上がってきた。やっぱ強いじゃん、おじさん!」

「お、おじさん!? ……フン、貴様もな。だが、船に女は乗せられぬ! 海に叩き落としてくれるわ!」

「あ、ボクは男なんだけど……ウフフ。おじさんみたいなの、タイプ、かな、っと!」


 両手で剣を構え直して、さらにナルが魔力を高める。

 両刃の剣はその片面に炎を灯したまま、もう片面にバリバリと氷の棘を無数に尖らせる。ニ種類の属性を同時に駆使するのは、ナルの特殊なスキルがもたらす必殺技だ。

 だが、船長もひるまず応戦し、ついにはサーベルを振りつつ腰の銃を抜いた。


「危ない、ナルッ!」

「ん、まだ平気! あーもぉ、飛び道具はちょっとまずいかな」


 だが、そうはいいつつもナルは笑っていた。

 闘争を心から楽しんでいる、そういう残忍でぞっとするような美しさだった。

 同時に、鍔迫り合いながらものけぞり銃弾を避けて、そのまま背後へバク転で飛び退く。その隙をつくように、さらなる攻撃が殺到した。

 アスミは見ていて気が気じゃないが、逆にリルケは涼しい顔をしている。


「ナル、そろそろいいでしょう。片付けて船をいただくとしましょう」

「気軽にいってくれるなあ、マイロード! んじゃま、裏技いきますかあ!」


 ナルは踏み込むと同時に、両手で振り抜く剣から炎を放つ。同時に、氷の礫が船長を襲った。その直後には、ナルは騎士の礼に乗っ取るがごとく剣を眼前に立てて構える。


「――サード・シフト。ダメ押し、いっくよん!」


 また剣が変わった。

 今度は更に細く鋭く、刺突に特化したレイピア状に変化する。

 さらなる魔力圧縮で、その刃は瞬時に稲妻をまとった。

 そこから先は、一方的で、それでいて一瞬の出来事だった。

 アスミの目には、ただの一閃に見えた。

 瞬時に鋭い突きを放って、そのままナルが船長を通り過ぎる。

 その瞬間、無数の雷光が煌めき瞬く。

 船長は、光の星座を刻み込まれてその場に倒れた。


「ほい、終わりっと。じゃ、いいかな? 船をもらうけど」


 さすがのナルも、ややお疲れのようだ。

 押し黙る船員たちは、船長を助けて抱えるや、全員で救命ボートを降ろし始める。悪いなとは思ったが、今は仲間たちの勝利が嬉しいアスミだった。

 意識を取り戻した船長は、最後に部下に下ろすよう言って自力で立ち上がる。


「……いい勝負だった。ダークエルフの少女よ」

「いやだから、男だってば。確かめる? 一晩なら付き合うよん?」

「いや、いいだろう。なんにせよ、戦いは続く……せいぜい気をつけるんだな」


 それだけ残して、敬礼するや船長は部下を連れて救命ボートに乗った。

 こうしてアスミたちは、やや強引ながら同胞たちを極寒の地から救う船を手に入れるのだった。

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