第19話「――宣言、それは決意」

 今日も今日とて、アスミはゼルセイヴァーの整備に余念がなかった。

 ピカピカに磨かれた黄金の機体は、今度こそ目からのビーム照射時にモニターが真っ白になる不具合を直されたところだった。

 それと、もう一つ。

 左の肩にどうせだから、大きく魔王軍の紋章と109の番号を入れた。

 魔女王ロード・オブ・ウイッチことリルケのマーキングと、謎の予言ワン・オー・ナインのナンバリングである。

 上機嫌で作業を進めれば、開けっ放しのコクピットからラジオの音が流れてくる。


『え、ジルコニア王室は本日付で極北禁地きょくほくきんちを放棄、魔王が一人、魔女王リルケレイティアの復活を宣言しました。それにともない――』


 そう、砲台ひしめく陣地を先日、アスミたちは突破した。

 なぐさみものとして囚われていたエルフの男女、その数500人は解放され、そのほぼ全てが魔王城に保護された。今頃は一族のおさであるジルが色々と手続きをしてくれている。

 ジルはリルケには及ばずとも魔力が高く、なにより弓の腕が凄く達者だ。

 だが、彼女の本来の能力は、女王として民を滑る指導者としての政治力だった。


「まあでも、これで一安心……とはいかないだろうな。ジルコニア王国と本格的にことを構えることになってしまった」


 リルケたちの領地の南に広がる、北方大陸最大の巨大国家、ジルコニア王国。この国は他にも多くの紛争や戦争を抱えていて、近代兵器による戦闘で大量の人間が今も死んでいる。

 それでもまだまだ殺すために、資源は星から搾取され、マナは枯渇こかつしつつあった。

 それは、自分で自分の首を締め合うチキンレースのようなものである。

 地球にかつてそういう時代があったように、ここゼルレキアでも人々は滅びに向かっていた。


「おし、いい感じだ。んー、やっぱり塗装くらいはスキルでポン! より手を汚してやらなきゃなあ。うんうん……つや消し吹いとこうか? あ、ちょっと塗りむらがあるような」


 日頃プラモデルを作っていたような感覚である。

 染料は相談したら、ナルが色々と用意してくれたのだった。

 かつては廃城だったこの城も、今は逃げ延びてきた亜神や魔族たちで賑わっている。自然とかつての隆盛を思い出させるように、そこかしこにリルケの旗がはためいていた。

 その中庭で、アスミは作業を続ける。

 監視されているとも知らずに。


「おーい、アスミー? なになに、さっきの染料そんなことに使ってたの?」

「おう、ナル! どうだ、城内の様子は」

「ん、大丈夫。みんな弱ってるから、最初はおかゆとか食べてる。ユイが結構あれこれ働いてくれるから、今のところ落ち着いてるよ」


 あのユイがと思って驚いたが、これはありがたい。

 一応、アスミのスキルで生まれた初のロボット、初号機なのだから。

 それをいえば、骨だけだった肉体に生体部品を散りばめたリルケが更に先になる。

 どっちにしろ、アスミのスキルは一人の魔王を復活させ、この惑星ゼルラキオを少しだけよい方向に動かし始めた。

 それがわかるだけでも、励みになるし、転生した甲斐もあるというものだった。

 問題は、自分の低すぎるMPだが、それもとある手段を使えば解決する。


「ん? アスミ、顔が赤いよ? ……なんか、やらしいこと考えてない?」

「い、いやっ! そんなことはない」

「あ、そう? それならいいけど。それと――」


 突然、ナルは背の大剣を引き抜いた。

 その巨大な刃が炎をおびるや、振り向く彼の一閃で中庭に火球を飛ばす。

 シュボン! とある程度の距離を飛翔して、苛烈な炎が爆ぜた。

 そして、驚いたことにその置くから、ゆらりと人影が現れたのだ。


「隠密の術、ほぼ完璧だったね。アスミじゃ気付けない訳だよ」

「えっ、ちょ、ちょっとまて、誰? お仲間さん?」

「さあ? ボク、アスミ以外で人間の友達っていないし……って訳で、はい、自己紹介!  ……喋らないなら次は斬るよ?」


 現れたのは、すらりとした長身の男だ。

 だが、その全身が筋肉で鍛え抜かれていることがすぐにわかる。

 そして、ただ立っていても全く隙を感じさせなかった。

 男は小さく鼻で笑うと、両手をあげて近付いてきた。


「俺の名はアラド。家名は捨てたが、グシオン家のアラドだ」

「グシオン家……ああ、転生勇者の末裔の!」

「そうだ」


 かつてこの星に、108人の転生勇者が召喚された。

 そして七大魔王はことごとく滅ぼされ、最後にリルケが死んで平和が訪れたのである。

 そこからこの世界は近代に突入し、文明が大きく発展していった。

 勇者たちはそれぞれ特殊能力を子々孫々に残し、ある家は滅び、ある家は栄えていったのである。


「確か、今でも72の家が残ってるんだっけ?」

「ああ。だがもう俺には関係のないことだ」

「……以前、ゼルセイヴァーがコクピットだけの状態から立ち上がった時、真っ先に弾丸を打ち込んできた奴がいたな。傭兵とかどうとか」

勿論もちろん、俺の仕事だ。だが、もうジルコニア王国との契約は済んでいる」


 そう言うと、アラドは間近でゼルセイヴァーを見上げ、小さく呟いた。


「ふむ、コクピットはやはりあそこか。密林に誘い込んで取り付けば……爆薬を仕込むなら、あそことあそこと、あとここか」

「お、おいおい、なに言ってんだよ」

「フッ、先日は見事な戦いだったがな。俺なら一人でこの金巨神を破壊できる」

「なっ……ど、どうやって!」

「勿論、生身の肉体と武器とでだ」


 アスミは唖然あぜんとした。

 巨大ロボット、それもスーパーロボットを前にして、生身で勝てると豪語するのだ、この男は。そして実際、現在のゼルセイヴァーには対人兵装が無いのも現実である。

 だが、アスミはいわゆる対人地雷だの対人ブラスターだのが好きではない。

 ロボットは、より強い存在と戦ってこそである。

 あるいは、単騎で無数の敵を圧倒してこそ、とも。

 たった一人の人間を殺すための武器なんて、積みたくはなかった。

 そんなことを思っていると、ナルが大剣を構えつつ問いただす。


「で? 無契約になった傭兵さん、再就職かな? だったらまず、リルケに」

「それには及ばん。そして、暗殺は俺の流儀ではない」

「ということは」

「ここでそこの男……ワン・オー・ナインを殺せば片がつく。しかし、それは俺の流儀ではないということだ」


 アスミは思わず身構えたが、勝ち目がないのはわかっていた。

 ナルが守ってくれてなければ、本当に殺されてもおかしくない。

 格闘技や体術の訓練は以前受けていたが、あまりいい成績ではなかったのだ。


「今日は挨拶だ。次は隙を見せれば……ワン・オー・ナイン、お前を殺す」


 デデン!

 などと頭の奥に例の効果音とBGMが鳴ったが、アスミだって黙ってばかりはいられない。


「なるほど、でもどうしてだ? 契約を終えたなら、金でこちらにつくことはないのか」

「傭兵家業としては、そういうこともできる。だがな、お前……アスミといったか」


 アラドは真っ直ぐ、アスミを見詰めて言い放った。


「この金巨神と戦ってみたい。そして、倒す……俺の流儀で、俺は戦うのみだ」

「雇い主がいなくてもか?」

「そっちの方はもうすぐ目処がつく。まだ契約がなされてないから、今日はここで御暇おいとましようということだ」

「なるほど」


 すかさず「逃がすと思う?」とナルが腰を落とす。

 今この瞬間にも、踏み込むなり撫で斬りにしようかという構えだ。

 だが、それを手で制してアスミはコクピットを振り向いた。


「もうすぐか……まあ、アラドだっけ? 今日は帰れよ。……俺たちの決意を聞いてからな」

「決意? それは」

「同じ転生勇者として、最後の転生勇者として俺は……この星のために戦う。お前たち人間は、この惑星をむさぼり過ぎたんだよ」


 その時だった。

 突然、ジルコニア王国の国営放送を流すラジオの電波が歪んだ。ノイズが走って言の葉が引き千切られ、得体のしれない沈黙がザーと砂嵐を鼓膜に浴びせてくる。

 そして突然、凛とした声が響き渡った。


『私は七大魔王が一人、魔女王リルケレイティア。これよりジルコニア王国および諸国の王に通達します。私はここに、第二次封印戦争の開幕を宣言、この星全ての人類国家へ宣戦を布告します』


 静かな無表情だったアラドも、流石さすがにぴくりと片眉を跳ね上げる。

 アスミにはこの電波ジャックはわかっていた。

 ラジオというのは電波の周波数を使って伝わるものなので、雷系を含む全ての魔法を極めたリルケから見れば、糸電話よりもたやすく乗っ取れるものである。

 そしてリルケは、これぞ恐るべき魔王という威厳もたっぷりに言葉を続ける。


『いまだ亜人を迫害し、自然の魔物を置いたて、この星を吸い付くさんとする人類たちよ。思い出すがいい……お前たちの天敵を。人類の敵は人類ならず、唯一この魔王、魔女王リルケレイティアと知れ。今すぐ同族同士の領土争いをやめ、再びかかってくるがいい』


 宣戦布告、人類側の国家同士の儀礼にならった手続きだった。

 そして恐らく、この放送はジルコニア王国は勿論、北大陸から南大陸まで轟いたに違いない。

 今、この星の人類は400年ぶりに思い出した。

 最も恐るべき、この惑星ゼルラキオの守護者たちを。


「フッ、こいつは面白くなってきたな。今日はこのへんで帰るとしよう。アスミ! いずれ戦場で相まみえることになるが……それまで死ぬなよ、俺以外に殺されるな。いいな?」


 それだけ言うと、アラドもまた派手に煙幕をブチまけて消えた。

 咳き込みむせる中、白煙に包まれながらも……立ち尽くすゼルセイヴァーは今日も陽の光を浴びて金色に輝いているのだった。

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