幽霊カクマップ
貘餌さら
プロローグ
「なあ、幽霊カクマップを作らないか」
「……」
じりりじりりと蝉の声が響く、茹だる夏の日。暇を持て余し、部員たちが各々ゲームやら読書やらをして過ごしている中、オカルトサークル代表の
「幽霊カクマップ?なにそれ」
ワンテンポ遅れて反応を返すのは、
オカルトサークル、その名の通りこの世の怪奇現象や幽霊騒動にここぞとばかりに首を突っ込みに行く団体である。団体、と言っても心霊スポット巡りをする時にしか他メンバーは集まらず、日頃はこうして三人で暇を持て余すだけだ。花々しく同期たちが大学生生活を謳歌している中、彼らが陰気に過ごしているのは、単に大学の雰囲気--いわゆる陽キャと呼ばれる者たちの集まり--に合わなかったためである。
だが、このサークルを立ち上げた菅野だけは違う。彼は本物の怪異好きだった。その並々ならぬ情熱で部員をかき集め、なんとか部室(新しく教授が入るまでという条件付きで得た小さな部屋)を獲得したのだ。
菅野は幼い頃から怖いもの好きで幼稚園児の頃はこわい絵本を買いたがり、お墓を見かけると行きたいと駄々をこねる、そんな生粋のオカルトマニアだ。彼がインターネットを手にしてからは、それが加速しあらゆる情報を見ては自分だけの怪異ファイルを作って……。その趣味が高じて大学でサークルを立ち上げたのである。
サークルを始めたての頃は、まったく人が集まらなかった。それゆえ部室も与えられることなく菅野一人で活動を続けていたが、周囲がわいわいとつるんで楽しそうにしているのを見ると、流石の菅野も寂しくなった。
そこで大学二年の夏、菅野は同じ講義に出ていた村岡と東に声をかけたのだ。あまりの熱意に村岡は渋々、東は嬉々としてサークルに加入した。更にそれに釣られるようにして、心霊スポットに行きたい男女がサークルに出入りするようになった、というのがこのサークルの浅い歴史である。
ただ、大学側としては心霊スポットへ行くだけの、なんの成果もない(ともすれば各所から苦情が来かねない)連中に部室を開け渡すのは勿体無いと考えたのだろう。今年度中にサークル活動の成果物を出せと言ってきた。そこで菅野が思いついたのが『幽霊カクマップ』である。
「そういうわけで、我々オカルトサークルは成果物を出さねばならなくなったわけだ」
「いや、だから幽霊カクマップって、何」
菜々子は戦闘が終わりひと段落したゲームを机の上に置いて、菅野に再度尋ねる。菅野はごほん、とわざとらしい咳をして、後ろ手に持っていたらしい大きな方眼紙を見せつけた。それには何やら細かく書き込みがされている。
「昨日俺が徹夜で書き上げた、東京の地図だ。……まだ西の方は書けてないけど」
菅野は方眼紙を開き、大きく、しかし精密に描かれた東京都の地図を机の上に乗せた。菜々子は少し迷惑そうにゲーム機を端に寄せると、その中身を覗き込んだ。
「うわ、あんたすごいね。……でも白地図でも印刷すれば早かったんじゃないの?」
「いいんだよ、手作りの方が趣があるだろ」
「はいはい」
菅野は機械に任せず、自らの手で作り出すことに価値を見出すきらいがあった。そんな菅野に、部員たちは慣れっこだ。
「……で?これをどうするの」
流石の村岡もここまでの熱意ある行動を見せつけられては無視できなかった。村岡ははぁとため息をつきながらも、続きを促した。
「幽霊や怪異の出没する場所を巡って、ここに記すんだ!もちろん詳しい内容は別途レポートにして出すんだけど、これがあればどの地域にどんな怪異があって、どこに集中しているとか分析できるようになるだろ?」
「小学生の自由研究みたいだな」
「まったくもって同意」
二人の呆れ顔はものともせず、菅野はくるくると方眼紙を巻いて紐で閉め、丁寧にファイル棚の横に立てかけた。ちなみに、ファイル棚には菅野が独自で調べた怪異情報ファイルが死ぬほどある。
「要するに、実地調査して記録するってことでしょ?」
「その通り、理解が早くて助かるよ」
菅野はキラキラとした目で二人を見つめた。嫌な予感に菜々子と村岡が目配せした瞬間、菅野は言った。
「早速、今日から行こうと思うんだ」
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