我輩は猫又である

マニアックパンダ

プロローグ

 我輩は猫又である。

 名前はカキ、少々気にいっている。

 年齢は人間で言うところの88歳、年月で言えば18年ほど。

 最近気が付いたら尻尾が分かれて猫又と呼ばれるものになっていたのだが、それと同時に猫になる前は人間として生活していた記憶が蘇った、いわゆる転生したら猫――猫又だったという訳である。

 追加情報として、つい先ほどまでは飼い猫だったのだが、現在はほやほやの野良猫又になったところで、さらに言えば突然知らない場所へと転移していた転生転移猫又でもあり、只今絶賛迷子でもある。


 なに? 情報量が多すぎる?

 確かにそれはそうかもしれない……我輩自体も怒涛の展開に戸惑いを隠せていない。

 なので順を追って今に至るまでを確認してみよう。


 まず猫時代を振り返ろう。

 産まれたのは民家の軒下で、野良の母親の元に誕生した。 微かに覚えているのは、俺の他に7匹ほどの兄弟姉妹がいたはずだが、ある日母猫が戻ってくる事がなくなり、俺以外がどんどんと餓死していった。 そして俺も限界を覚え――意識を取り戻した時には爺さんの膝の上で餌を与えられていた。 爺さんは民家の持ち主で、俺が死に掛けで必死に鳴いていたのに気が付いて助け出してくれたらしい。 その日からつい先日まで、俺は爺さんとずっと一緒に暮らしてきた。 朝から晩飯までいつも一緒に食事をとり、寝る時も爺さんの布団の中で。 当時はただの猫だったために、爺さんが話しかけてくれていても何を言っているのかわからなかったが、多くの愛情をもって接してくれていた事だけはわかる。


 だがそんな楽しい日にも終わりがくる。 ある日爺さんが突然顔を真っ白にして倒れたのだ。それまで何か薬を服用している様子などはなかったが、歳も歳なのでそういう事態になる事もあるだろうと今ならば理解できる。 だがその時俺はすごく焦った、焦りまくった。 なんたって爺さんは俺の親であり、長年一緒に過ごしてきた友なのだ。 倒れて青色吐息の中、何か俺に話そうとしているのを見て、心から人間の言葉を理解したい、爺さんの言葉を聞きたいと願っていた。 すると体に違和感を覚えると同時に、爺さんが何を俺に話しかけているかわかるようになっていた。 さらに俺自身が以前人間として生きていた事もわかったのだ。


「カキ、婆さんが死んで一人になって、息子も孫も来ない家でただただ生きるだけだった儂の所へ来てくれてありがとう。 お前のお陰で毎日が楽しかったよ。 お前もいい歳だ、儂とどっちが先に逝くかと思っておったが、どうやらお前を残して逝く事になりそうだ。 あぁ……お前のこれからが心配だ。 誰かお前の世話をしてくれれば……すまんな。 もし来世があるのなら、その時はお前と話してみたいなぁ」

「爺ちゃん! 爺ちゃん! 死んじゃヤダ!!」

「あぁカキの声が聴こえるようだ」

「爺ちゃん俺だよ! カキだよ!! 死んじゃヤダ!! 」


 俺の声は届いているようだけど、爺ちゃんはまるで幻聴が聴こえてきたみたいな反応だった。 それでも必死に話しかけていると、爺ちゃんは目を見開いて俺をマジマジと見てきたんだ。


「もしかしてカキなのか? 本当にカキなのか? あぁ……」

「死んじゃヤダよ!! 爺ちゃん!! 」

「無理を言っちゃいかん。 儂はもう寿命だ。 それよりもカキの尻尾が増えとるぞ。 こりゃ猫又になったのか……それならなんとか生きていけるかもしれんのぉ」


 爺ちゃんに言われて初めてそこで俺の尻尾が2つに別れている事に気が付いた。 ただその時は猫又になった事よりも、爺ちゃんの事が心配で仕方がなくてそれどころじゃなかった。 どうしたらいいんだろって悩んでいる内に、爺ちゃんはいつもの優しい顔になって、ゆっくりと目を閉じていき、俺の声に反応することはなくなっていた。

 爺ちゃんが死んだって気が付いたのは、しばらく経ってからだ。 少しの間何も考えられなかったけど、人間だった時の記憶から死体をこのままにしておいてはマズいと思ったが、猫の身体で警察や救急車を呼べるはずもなく途方に暮れていたら、よく煮物とかを持ってきてくれる隣宅のおばさんが訪ねて来たのがわかったんだ。 2日に1回は来ていたから、きっと独居老人の安否確認も兼ねていたのだろう。 何回も玄関先で爺ちゃんを呼ぶ声がしたと思ったら、心配そうな声色で家に上がってきた。 あぁこれで爺ちゃんの身体を腐らせなくて済む、よかったとホッとした時だった、天井が眩く光ったのは。 天国からのお迎えが来たんだ、爺ちゃんを迎えに来てくれたんだ。 そんな風に思っていたのに、光が治まったと思ったら周りが森林になっていたんだ。 どうやら天国からの迎えじゃなくて召喚? 転移? の光だったみたいだ。 まぁそうだとわかるまで大分時間を要したけどね……パニクってニャーニャー鳴いていましたとも。


 周りの木々はこれまで暮らしていた場所でも、前世の記憶でも見た事のない樹木だ。 なんで断言できるか? 猫・人間時代に樹木にそこまで興味があった訳でも詳しい訳でもないが、さすがにパッションピンクの葉っぱを茂らせる木なんてないと思うんだ。いや、もしかしたら南米の熱帯雨林とかにはあるかもしれない、だが垂れさがっているスイカほどの大きさの果実に口が付いていて、近寄ってきたそこそこ大きい蜘蛛とかを捕食しているのはおかしいと思うんだ、うん。どう考えても俺の知っている世界じゃない。


 こうして異世界に転移? してしまった訳だけど、多分人間であった時ならば喜んだかもしれない。 ハッキリとはわからないけど、前世は大学生くらいまで生きていたと思うし、異世界転生や転移などというジャンルの小説やアニメを嗜んでいた記憶がある。 だけど猫又としてはかなりキツイ。 人間の記憶がある俺が猫として生きていくのでさえ難しいと思われるのに、それが異世界だなんて無茶にもほどがある。 ネズミとか捕まえて喰うなんて無理なんですけど!! 知らない異世界で何を食えばいいんですか!? 爺ちゃんと暮らしている時はどうしてたんだって? その当時は人間の記憶がなかったのもあるけれど、爺ちゃんが食べる物を分け与えられていたから問題なかったんだよ。 果実は顔が付いていてこちらが喰われそうだし、野生の動物を獲って生食とか考えただけで無理だし…… もう詰んでいる気がする。


 よし、人間を探そう。

 もしかしたら爺ちゃんも転生しているかもしれないし。 

 そして飼い猫又となって、人間の食事を食べながら安穏と暮らすんだ!!

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