5話:名も無き殺し屋は赤き少女に見惚れ朽ちた
1️⃣
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鬱蒼と茂る暗緑の木々、鳥の鳴き声一つしない森。これが“庭”なのだから、この屋敷の広さには感服である。だが今、俺にそんなことを気にしている余裕は無い。そもそも庭に感動する感性なんて持ち合わせちゃいないが。
「クソ……! クソッ!! クソッ!!!」
吐き捨てるように叫んでも、事態は好転しない。さっきからずっと駆けずり回っているのに、この“庭”から出られる兆候すら見つからない。サティサンガ家の庭はどうしてこう広いのか。確かに広い庭だと聴かされてはいたがここまでだなんて聴いてない。何もかも、聴いてない。
「あの野郎……! ハメやがって……!!」
憎らしげに歯噛みするのは、つい二週間前の夜のことだった。
この国の三大公爵家の一つサティサンガ家の次期当主リーロン=サティサンガの暗殺は、成功すれば死ぬまで遊んで暮らせるだけの報酬と暗殺者としての地位と名声を得られる美味しい仕事だ。しかしハイリターンにはいつでもハイリスクが付き纏うもので、リーロンの周りには常に彼の側仕えがいる。返り討ちに遭えばまず命は無い。今迄何人もの人間がそれに挑み、敗れ、骸となり墓も無く朽ちた。だから皆この仕事には手を出さない。しかし俺はツイていた。
『リーロンをさぁ、殺して欲しいんだよね』
リーロンの側仕えの一人、アインが自らそう依頼して来たのだ。
この国の首都の一角、繁華街から一本外れた通りにある警察すら放置した無法者達の溜まり場となった裏路地で経営されている酒場の中で一人飲んでいた時、『相席いい?』と座ってきたのがこの男である。フードを頭からすっぽり被っていて周囲に溶け込んでいるが、その下から覗けた美しい顔に俺は一瞬言葉を失った。それ程までに美しい顔だった。しかし彼が『頼みたい仕事があるんだ』と矢継ぎ早に続けたからさらに驚いた。
『“リーロンを殺す”ねぇ……そりゃまたどうしてだ? お前のご主人様だろ?』
『形だけ、ね。ヴァリアルテ家は侯爵家として
ギラリと彼の瞳が野心を灯す。そうしているとより一層この男は美しい。
『リーロンに取り入ったのはそれが理由。
あっけらかんと話す彼は、勧められた酒の入ったグラスの淵を持ちクルクルと手首を回して掻き混ぜる。
『邪魔だからもういらない。だからさ、殺してほしいんだよ。
リーロンは常に側仕えを一人は護衛として付けてる。俺が担当の日に、決行してほしい。殺し屋は十人程度で、報酬は言い値で払う。取り敢えず前金ね』
言って、アインは封筒をローブの下から取り出す。膨らんだ封筒、見れば一目では数えられないほどのラドル紙幣がその中には入れられていた。
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