8️⃣

 ここで、レキャットの勢いが止まる。あら、詰みか?

 マリアは黙ってその様子を見ていたが、「実は……」とレキャットが差し出した封筒を見て両親は顔色を変えた。マリアの座る位置からは見えないそれに、マリアはただ首を傾げる。


「こ、これは……本当に……?」


「本当にマリアにサティサンガ家の長男様からの縁談が……!?」


 両親の言葉に、マリアも驚いてしまった。


 サティサンガ公爵家。この国で暮らしているなら知らない者は居ないほどの名家であり、歴史も当然ダントルトン家より長い。この国が始まった時から王家を支えてきている三大公爵家の一つ、と言えばその凄さは伝わるだろうか。


 男爵と公爵では身分に差が大きすぎるため公爵家の人間と交流を持ったことなど無い。家同士の交流を目的とした大規模なお茶会にも来賓することは滅多に無い。


 思うことは様々あるが、一つ確かに言えることは、こんな没落目前の田舎貴族に縁談話が来るなんてありえないということだ。そもそもこの男爵家の存在が認知されているのすら不思議なものである。


「——なにかの間違いではありませんか?」


 父親に叱られるのを覚悟で、マリアはこの対談中初めて口を開いた。だっておかしい。身の丈に合わない提案が齎される時は大体詐欺だとマリアは知っている。伊達に日本人やっていない。


「勿論わたくしも公爵家のお名前は存じております。存じているからこそ、何故アタシなのでしょうか。なにか、手違いとか……例えば同姓同名の別の方と間違われているとか……」


「いや、マリアくん。当人にも確認を取ったが、『縁談相手に間違いは無い』と断言されてしまった。『俺が強く希望する女だ』、と……」


 レキャットの返答に、マリアは肩を窄め小さくなった。何故会ったことも無い男に『強く希望する女』なんて断言されるのだろう。怖い。詐欺の香りしかしない。その男に体良く利用される未来しか見えない。ちょっと無理。


「冗談でしょう? その……先生の方から、その方に進言して頂けませんか……? アタシは勿論父や母から男爵家の次女として相応しい教育を受けさせて頂いております。故に公爵家の長男様とお会いしても恥ずかしくない淑女であると、ダントルトン男爵家の次女として断言します。

 しかし……そう、アタシ、やっぱりアタシには婚約は早いと思ったんです。ねぇ、お母様もそう思いますよね? お母様、アタシに婚約はまだ早いとさっき仰って……アタシも今、現実を直視してそう思いました。アタシに婚約は早いです。このお話を聞いて、殿方と結婚の約束を結ぶということを改めて理解して、怖くなってしまいました。

 レキャット先生、婚約の話は一度、無かったことにするというのは出来ませんか? 婚約をしなくても、学校には通えるでしょう?」


 マリアはダメ元でレキャットにそう懇願した。両親は顔を見合せ何かを考えている。いや、考えていることは大体わかる。マリアでも予想はつく。

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