6️⃣

「マリア、今日の昼に客人が来る。お前の……学校だとか……そんなの話をしに来るそうだ」


「もしかして、レキャット=クウィックレーさんですか?」


「あ〜、確かそんな名前だった。失礼の無いようにするんだぞ。俺に恥をかかせたら、分かってるな?」


 マリアは「はい、お父様」と定型文で返して、身支度のために部屋に急いで戻る。メリンダと共にパタパタと慌ただしく部屋の中を動き回り着替えを済ませ化粧をしながら、どうしてあの父親は報連相もまともに出来ないのだろうと頭を抱えた。レキャットが急に屋敷を訪問するとは考えづらいしそもそも貴族の屋敷は簡単に出入りできない。だから最低一週間前にはアポイントメントが入って来訪の予定が組まれていたはずだ。なのに何故、当日の朝に言うのか。きっと今朝執事から一日の予定を聴きそういえばそんな予定もあったと思い出しつい先程マリアに伝えたとか、どうせそんなところだろう。嗚呼腹立たしい。これだから仕事の出来ない人間はダメなんだよ。自分もそっち側だから同族嫌悪が凄まじい。


 長年続いた名家の当主というステータス以外何も持たないあの肥えた豚のような父親が、正直者で誠実な教師にどんな無礼を働くか、考えるだけで胃が痛かった。


「あの教師、本当に来ましたね」


 マリアの髪を編み込みながら、メリンダはマリアにそう話しかける。メリンダはマリアの白金プラチナ色の髪が本当に好きで、実際ヘアアレンジがとても上手いため髪型に関しては一任していた。


「えぇ、本当に。もう来ないかと思った」


「メリンダも思ってました。だからここはマリア様と駆け落ちするしかないかと思ってもいました」


「そんな危ないことアナタにさせません。

 上手くやってくるから、メリーは部屋で良い子にしてること。いいね?」


「メリンダは待ってるしか出来ないんですか……?」


「時に“待て”が出来るのも、美徳だとアタシは思うけど?」


「……良い子に待ちます」


「よし良い子だ。じゃ、行ってくるね。帰ってきたアタシにとびきり美味しい紅茶いれてくれるの楽しみにしてるから」


 支度の済んだマリアはメリンダの首筋にキスをして、部屋を出る。来客を門まで出迎えるぐらいのことはしないとと、マリアは急いで門に走る。だが少し遅かった、というより約束の時間が思っていたより早かった。マリアは間に合わなかったので、玄関口で父親達に混じって教師を迎えることになった。


「はじめまして。お時間ありがとうございます。レキャット=クウィックレーと申します。本日は面会の席を用意していただき光栄に思います」


 約束の日、約束の時間に、約束通りに彼は来た。やはりこの男は誠実だった。しかしマリアはもう胃がキリキリとしていた。父親は彼の言葉に対し挨拶を返さなかったし、それは同席にしていた母親も同様だった。執事の案内で応接間に移動する間も、マリアは思わず胃のあたりを押さえる。

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