7️⃣
「えぇ、まぁ……教えてくださる方もいらっしゃらなかったですし、父も母も姉もアタシが魔法を使うことを嫌いますので……」
これはほんの愚痴のつもりだった。心の中に溜められた澱みを吐き出すように、名前も知らないこの紳士に愚痴を吐く。メリンダにはあまりこういう話をしたくはないのだ。彼女はマリアに夢を見ている節があるため、彼女の前ではあまり弱音を吐きたくない。
「……今夜は嵐になりますね」
奥方の状態が安定したのを確認してから、二人は彼女を寝かせた客室を出て応接間で過ごすことにした。紳士は落ち着いていたが何かを考えているようにじっと黙ってしまい、気まずい。
「客間を用意させておりますので、そちらでお休みになってください。名前は、いっそ訊かない同士と言うのはいかがですかね? 嵐の中で見た夢幻だったと思い合う、というのは……」
「——君は、今の状況に満足しているかい?」
突如振られた紳士からの言葉に、笑みを取り繕うのが一瞬遅れた。
「困ります、突然話を振られても」
「君は今この状況に満足していない、そうだろう?」
「だったとしても何が変わりましょうか。心の底からの“同情”は時に相手を惨めにすることだってありましてよ」
マリアはせめてこの男に『可哀想』なんて思われてたまるかと思った。行きずりの、名前も知らぬ男だから優しくしてやったのに、どうしてマリアの内側に入り込んでこようとするのだろうか。
「君がこの家を出たいと思うなら、私は君の力になれる」
次の瞬間、マリアは紳士の襟を掴み床に押し倒してその首筋にナイフを押し当てていた。命の奪い方は知っている。そういう“記憶”がある。
「——君は今、何を考えている?」
男の澄んだ二つ目が、下賎な“マリア”を見上げていた。以前から感じていた、自分の中に別の“誰か”が居るような感覚。きっとそれはカードの魔法を完成させた時の自分が“記憶”となって己の中に残留しているだけだと、そう思っていた。
今、この男を殺そうとしている自分はなんだ? 体術もナイフの使い方も自分は知らないはずなのに、
「アナタの殺し方」
「正直だな。正直は美徳だ」
「アナタを殺して、奥様を殺して、
「それは困るな」
「何故なのかしら。アタシはアナタが殺したい訳じゃない。でもアナタを殺すことになんの躊躇いも無い。不思議ね、牛を屠殺して細切れ肉にするのと同じだと、思っているのかしら」
雨音と、時々響く雷鳴。それをBGMに、淡々と二人の会話は進んでいく。トントンと、マリアは自身の顎に指を置き唇を人差し指で叩いた。トントン、トントン。紳士はそれを見ている。
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