とあるギルドの受付嬢♂

小林一咲

第1話 本業は掃除屋です

 見慣れた受付台、依頼書が重なり合う掲示板。外では馬鹿な冒険者同士が殴り合いの喧嘩をしている。

 

 ――いつもの光景。今までの私とは違う、新しい居場所。


「マリ、お願いできるか?」


 申し訳なさそうにギルマス代行が汗を拭う。

 一人では喧嘩を止められなかったのだ。


「おい」

「ま、マリちゃん……おはよう」


 このギルドに長くいる冒険者なら、私が声をかけただけで喧嘩をやめる。

 それは私が美少女に見えるからか? 

 

 いや、違う。


「なんだあ? ただの受付嬢が何しに来やがった?!」


 久方ぶりに生きの良い冒険者だ。恐らく他ギルドからの遠征か、初心者か。

 たとえ、先程まで喧嘩していた相手でも同じ冒険者。命の危機が迫っていることを知らせようとしている。


「お、お前――」

「これも洗礼ってヤツです」

「だけど流石に……」


 ある冒険者が言い放った、洗礼という言葉に、止めようとしていた冒険者の手が引っ込む。

 

「では、私と一戦お付き合い願いましょうか」

「へっ……なんでテメエみたいな女と」


 彼は気づいていない。周りの冒険者の顔が、この満点の晴れ空のように青くなっていくのを。

 

「私に勝てれば今回のことは無かったことにし、ギルマスにもお伝えは致しません」

「本当か?!」

「ええ」


 彼はノリノリで、ギルド地下にある訓練場に入り、木刀を振り回している。

 これじゃスライムすら倒せなさそうだ。


「立会人は王都ギルド本部、ギルマス代行のネルソン・ジャズが務める」


「なんでこんな見物客が多いんだ? まさか俺様の武勇を一目見ようと……」


 彼は勘違い満載の笑みを浮かべ、観衆に手を振る。

 この時、訓練場に居合わせた誰しもが同じことを思った。「お前じゃない」と。


「決闘での作法は守る主義さ。だから名乗ろう。俺様はナイト・アデル、トンゴ村の英雄さ!」

「私はマリアナ・ランカスター。王都ギルド本部の受付嬢」


 嘲にも似た笑いを起こしたのはアデルの取り巻き。ギルド本部初心者の群だ。

 熟練冒険者やギルドに通い詰めている者は苦笑いを浮かべている。


「始め!」


 ギルマス代行の声でアデルは一直線に突進してきた。

 冒険者はモンスター討伐が一番の収入源。だから対人の戦い方を知らない者が多い。彼もそのひとり。


 私は寸前まで木刀を引きつけ、それを勢いよくかわし、村の英雄の急所をひと突き。

 悶絶するアデルと、開いた口が塞がらない彼の取り巻きたち。 


「終わったな……そこまで!」


 ギルマス代行の合図で決闘は終了。

 取り巻きのひとりが治癒魔法を使い治療すると、アデルは目を覚ました。


「お、おい早く治療してくれ!」

「何言ってるの? もう治癒魔法はかけたわよ」

「え。じゃあこの痛みは何なのだ……イタイ、イタイ」


 経験値がどうとか、レベルがどうとか、対人戦においてはその効力はほぼ発揮されない。冒険者はもっと対人戦の経験を積むべきだ。

 ちなみに、英雄の急所が痛み続けている理由は、私の闇魔法のおかげだ。機能不全になる心配はないのでご安心を。


「久しぶりなのに終わらせるのが早いぜ」

「そうだよ。もっと見たかったな」

「そんなに決闘好きなら、闘技場にでも行ってください。それと先程、彼と喧嘩していた方はどちらに?」


 神妙な面持ちで手を挙げる冒険者。


「またグッチイさんですか」

「……謝礼金はツケでお願いします」

「先月分と同じく、報酬から引かせてもらいますから」

「は、はい」


 去っていく大柄な男の背中は、子どものように小さく見えた。


 

 それからしばらく、私は通常業務に勤しんでいた。

 この王都ギルド本部が管理するダンジョンのうち、一つが内部崩壊を起こし、各地の冒険者が一堂に介した。

 そのおかげでモンスター素材や鉱物の採取で収益は潤ったものの、ダンジョン内での死傷者も多い。


「死者多数につき、本日から明日未明までダンジョンを封鎖する!」


 ギルマス代行の声に、遠方から来た冒険者からは非難が殺到したが、本部ギルド専属の者たちによって説き伏せられた。

 さて、ここから私の本来の仕事が始まる。


「アンタには必要ない言葉かもしれないが、気をつけてな」

「それを言われて嫌になる人間はいませんよ。では行ってきます」


「……お前、人間じゃないだろ」


 

 私の本来の仕事とは、ダンジョン内に取り残された冒険者、またはその遺体や物品を回収すること。

 簡単に言えば掃除屋だ。

 これをしないと、内部崩壊が起こる度に冒険者の死体が散乱する羽目になる。大事な仕事だ。


「こんな大荷物置いて行くなよな」


 どれだけ遺体や物品があっても、一夜で回収しなければ冒険者が反乱を起こし兼ねない。実にブラックな仕事だが、性に合ってる。


「誰か居ませんかー?」


 声を響かせ、冒険者を探しながら歩くので当然といえば当然の結果――。


『グオオオオッ!』


 モンスターに出会う。

 しかし、ここはまだ第四層だから回収した荷物片手でも悠々倒せる。

 第五層へ続く階段まで到達したところで、回収した荷物と、ひとりの遺体を持ってダンジョンの入り口へと戻る。


「お疲れさま」


 立っているのはこの国の憲兵。崩壊が起きた時はこうして警備を任せられている。


「ギルドに知らせてもらえますか?」

「了解」


 崩壊は滅多に起きないものの、強力なモンスター出現の度に封鎖されるので、彼らとは顔馴染みだ。


 そして私は第五層へと戻る。


 何よりキツイのは、遺体と荷物を持って往復しなければならないこと。


『グオオオオ!』


「早くギルマス帰ってこないかなあ……」


 そんなことを呟きながら、本日八体目のハイランドオークを討伐した。




_________________________________________


読んでいただきありがとうございました。


初めましての方は、はじめまして。

ファンタジー作品を中心に書いております。

小林一咲こばやしいっさくと申します。


連載中の人気作

【ようこそ神様 〜もしも、工作が好きな普通の男の子が伝説のスキルを手に入れたら〜】

https://kakuyomu.jp/works/16817330666797580306


作者おすすめの短編文学

【ドライフラワーが枯れるまで】

https://kakuyomu.jp/works/16817330654678879653



今回の作品は、滅多に焦点が当てられないギルドの受付嬢が主人公。

続くかどうかは――謎です。


それでは。

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