第32話 変死体


 夜間の間、街の出入り口は硬く閉じられていて一般の人々は通ることができない。仕方がないので、お馴染みとなった旧下水道を通って森の中の小屋へ出た。

 下水道を通ってきたので、ボクの身体は下水の臭いに包まれていた。ひどい悪臭にボクはげんなりしてしまう。ガーリィさんはというと、魔力で臭いを消したようだ。前に注意されたばかりだが、なかなか便利な魔力だと思う。

 夜の瘴霧の森は昼の姿とは全く違い、まるで闇を腹に蓄えた怪物のようだ。光の差さない森は暗いというよりも黒い。星々の光が差さないせいで足元はおろか目の前すらろくに見えない。目を開いているのか閉じているのかわからないほどの闇の中を歩くのは骨が折れた。


「瘴気を巡らせて周りの物を感知すれば良い」


 しかしガーリィさんの助言があってからは、ボクは今まで目に向けてきた意識を普段から展開している瘴気の力場に向けた。そうすると目では見えてこなかったものをたくさん感じることができた。

 それは高所に実る果物であったり、力場に過剰に反応する魔草であったり、ボクたちから逃げる小動物であったりと、本当に様々なものだ。しかし大きな動物や魔獣の姿を捉えることはできなかった。

 瘴気による力場は周辺の物体の動きによって力の流れが乱れることで感知している。周りのものが動いてるわけではないのに力場で感知できるのは自分たちが動いているからだ。自分たちが動くことで相対的に周りの物体が動いてるものとして感じることができる。

 力場に意識を向けているときはあまり違和感を感じなかったが、休憩のために立ち止まったときに周囲の情報が急に無くなって驚いた。今まで感じていた感覚に裏切られた気がして、ボクは驚きと共に恐怖も感じた。しかし急襲に備えるというためならば、動くものに力場が反応するので問題なさそうだ。


 前にこの森に来たときにも感じたことだが、魔獣の姿がとにかく少ない。リヴェルの気配を感じて逃げているとしても、数が少なすぎるように感じた。

 この森に入ってから長い時間歩いているが、未だに魔獣の姿を一匹も捉えていない。交戦ではなく姿を捉えていないのだ。夏にこの森を訪れたときは魔猿やそれ以外の魔獣に出会った。冬だから冬眠していると考えれば良いのかもしれないが、楽観視するのは危険な気がする。

 前を歩いているガーリィさんが歩みを緩めてこちらに振り向いた。数瞬の後、ボクもガーリィさんが感じただろうソレを感じた。


 ボクたちが感じたソレは魔獣の死体だ。しかし普通の魔獣の死体ならば異なる魔獣の闘争などいくらでも説明がつく。魔獣が少ない今、魔獣の闘争でも少し違和感を感じるがそれだけではない。

 その死体は身体の筋肉の全てが膨張してはち切れているようだった。全身の毛皮は身体の膨張によってところどころ破れていた。また皮の一部は破れること無く筋肉に食い込み、筋肉を引き裂いている。

 あまりの変わりように最初はどんな魔獣だったのかわからなかった。しかし、かろうじて残っている毛皮から、それが熊型の魔獣だとわかった。

 そしてその魔獣の死体には普通の魔獣では考えられないほど大量の瘴気を含んでいた。その死体が力場に入った瞬間、身の毛がよだつほどの禍々しさを感じた。魔獣の死体は目には見えないが、力場で捉えることで死体の全貌が鮮明に浮かび上がってくる。その輪郭はおおよそ生き物の姿ではなかった。


「ヴェリド、これをどう見る?」

「この森で普通に過ごしているだけならこんな風にはならないと思います。この森になにか大きな異変が起きているとしか」


 ガーリィさんはその死体の方に近寄りながら、かすれそうな声で囁いた。ボクも同じように囁き声で答えると、ガーリィさんはおもむろに木の棒を拾ってきて、その魔獣の死体をひっくり返そうとしている。


「この死体は少なくとも死んでから数日経っているな。身体が腐敗してグズグズだ。それに腹んとこ見てみな、蛆が湧いてる」


 ボクはその場に止まってその死体を観察していると、身体の中心で蠢く存在を確認することができた。死体は動いていないのに内臓を食い漁る蛆虫の動きがなんとも気持ち悪い。死体の腐臭と相まって、胃液が喉元までせり上がってくる。


「これは酷いですね……。ガーリィさんはなにかわかりますか?」

「すまないがあたしにもよくわからない。ただヴェリドの言う通り、まずい事になっていることには間違いないな」


 ここで話していても埒があかないので、リヴェルの元へ向かうことにする。リヴェルを倒せば、この森の異変が良くなると信じて。

 それからリヴェルの元へ向かう間、先ほどのような奇妙な魔獣の死体を見つけるようになった。森の奥に入るほど、変死体を見つける頻度が高くなっていった。

 先ほどの死体は毛皮があり、人と同じくらいの大きさだった。新たに見つけた死体には蛇のような鱗が生えている。種の異なる魔獣でも異常発達が見られたのだ。

 これが街で流行している病に関係しているかはわからない。しかし明らかに異常であり解決すべき問題だ。今は魔獣にしか見られていないが、人にもこの症状が見られるようになるかもしれない。そうなれば病気よりも騒ぎになるのは目に見えている。

 なにか大きなことが起きるような気がして、胸騒ぎが止まらなかった。

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