第27話 薬屋の朝

 薬を貰いに来た人たちが全員はけて、薬屋の営業が終了したときには外は真っ暗だった。営業を終わりにするため、ボクは部屋の隅で薬を飲んで眠っていた患者さんの息を確かめる。

 その患者さんは息を引き取っていた。彼は既に随分冷たくなり身体は固くなっていた。それを見たガーリィさんは患者さんの顔前で手を合わせて拝み、薬屋の解剖部屋に運び込んだ。

 そんな彼の様子を見て、ボクはなんとも言えない気持ちになる。彼を救いたいと思うが救えなかったから彼は死んでしまったのだ。救いたいなんて傲慢だと思うがそれでも思わずにはいられない。


 シグノアさんは日が暮れる前に薬屋に戻ってきて、ボクやヴァンくんと一緒に薬屋の雑務をしていた。休み無しでひたすら製薬をしていたガーリィさんの顔には疲労の色が見える。

 疲れ切った顔をしたガーリィさんは、あらかじめシグノアさんが作っておいた夜ご飯をものすごい勢いで食べていた。ご飯を最低限咀嚼したら水で流し込むような無茶苦茶な食べ方は身体に悪いと思う。ボクは声をかけようとも思ったが、声をかける隙もないほどの勢いだった。

 疲れ切った顔のガーリィさんはお疲れさんとだけ言って自分の部屋に戻っていった。きっと今頃ベッドで爆睡していることだろう。最近はずっとこんな調子なので少しでも早く寝て、疲れを癒やしてもらいたい。


 翌朝、寝起きのボクに昨日より少し落ち着いた表情のガーリィさんが眠たそうな声の調子で話しかけてきた。


「なぁ、セニルさんのご遺体をうちに運んできてくれないか?」

「え、何に使うんですか? できればご遠慮したいんですけど」

「このはやり病はなんだか気持ち悪くてな。普通の病気なら一週間ほどでピークは過ぎるはずなんだが、一週間以上経っているが患者数は増えるばかりだ。というわけでご遺体をバラして検査をしたい」

「バラすとか言わないでくださいよ。なんかもう少しありましたよね? それとうちにご遺体が一体あるじゃないですか?」

「そう硬いこと言うな。お前はご遺体があると言ったが、一つだけ見て判断するのは良くない。だから複数体あったほうが良い」


 少し表情が落ち着いたと言っても、ガーリィさんの顔色は依然として悪いままだ。そんな人がバラすとか言っていると、背中がゾワゾワして落ち着かない。


「それで、何が原因か目安はついてるんですか?」

「まず前提として、一般的な人は御力によってある程度体力や免疫などが強化されている。免疫が強化された人は忌み子に比べて健康な身体だ。忌み子は病弱であることが多く、病気にかかれば面倒なことになるのは確実だ。ここまでは良いな?」

「はい」


 ボクが魔人になる前は御力を持たない忌み子だったが、体調の悪さを実感したことはなかった。といってもボクはまともな食事を与えられてなかったので常に体調不良のようだったからわからないだけかもしれないが。

 それに、はやり病が誰かと接したときに発症するものなら、誰とも接触してないので発症するはずもない。


「逆に言えば御力が働かない状態にする、あるいは御力を打ち消す何かがあれば、『人』は忌み子と同等の免疫しか機能しなくなる。意識的に御力を用いて身体を保護すればその限りではないが、訓練を受けていない一般市民がそんな事はしないだろう。それ以前にできるものじゃないしな」

「ボク達は大丈夫なんですか? 御力持ってないじゃないですか?」

「あたしたち魔人は瘴気を日常的に扱っているだろ? 御力とは違うが瘴気を使ってあたしたちは自分の身体を守ることができる。さっきの話で言えば、あたしたちは訓練を受けた騎士相当といったところだ」

「……なんとなくわかりました。つまりこのはやり病で亡くなった方のご遺体を解剖して仮説を確証に変えるってことですね」


 ご遺体を受け取って運ぶのは嫌だがちゃんとした理由があるのにそれを拒むのはただのわがままでしかない。それにボクが拒めば他の人に頼むなり自分で運ぶなりするのだろう。ボクが言うのもなんだが、魔人たちは人間関係に難がある。

 ヴァンくんやガーリィさんは語気が強く、大切な人を亡くしてピリピリしている人の元に行くには向いていない。特にヴァンくんは最近の接客で言葉遣いで少し揉めたことがあるので行かないほうが良い。

 シグノアさんは口調などは問題ないが、人の心が読めるが故に葬式と言った悲しみの場に立ち会わせるのが苦しいらしい。

 そんな人達に役を回すくらいなら、ボクが頼みを受ける方が良いだろう。


「そのセニルさんの家はどこにあるんですか?」

「その返答は頼みを聞いてくれるってことで良いな?」

「えぇ、どうやら必要なことみたいなので」

「助かる。それでセニルさんの家なんだが、――」


 ガーリィさんからセニルさんの家の場所を聞いた後、素早く朝食を済ませる。しかしまだボクはセニルさんの家には向かわない。

 空はまだ暗く、目を凝らせば薄く星が輝いているのが見える。こんな早い時間によその家を訪れるなんて非礼極まりないだろう。まだ朝の鐘すら鳴っていないのだからまだ誰も起きていないかもしれない。

 ボクは昨日までに終わらなかった魔草の仕分けや下処理などをして空が明るくなるまで時間を潰す。ボクが作業している隣でガーリィさんはきれいな手さばきで製薬していた。


「なんかいつにもまして手さばきがすごくないですか?」

「あぁ、普段は疲れるからやらないんだが、あたしの魔力を使って作業効率を上げてんだよ。在庫が無いから」

「ガーリィさんの魔力、汎用性高すぎじゃないですか? ボクなんか剣を出すだけですよ?」

「ヴェリド、その言い方だけは絶対に駄目だ」


 ガーリィさんは間髪を入れずに、今までの眠そうな声ではなく凄みのある声で言葉を零した。

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