第19話 創園祭と首飾り

「お祭りに来るのは初めてですけど、賑わってますね」


 季節は秋、今日は祭りがあるということでシグノアさんと街に出ている。その祭りの名前は創園祭というそうだ。ガーリィさんとヴァンくんは気が乗らないらしく、薬屋に残っている。クロウは相変わらずどこかへ行ってしまった。

 創園祭は今暮らしている場所――箱庭を作った神に感謝するお祭りらしい。また、秋ということで収穫祭も兼ねているとか。


 普段も大通りは繁盛しているが、今日はいつにも増して人が多い気がする。以前シグノアさんに言われた力場を今も展開しているが、人の動きが多すぎてソワソワして仕方がない。

 通りにはいつもは見ないような面白そうな店がたくさん出ている。そこには複数の食べ物を売る店が競い合うように横に並んでいた。それぞれの店は季節の野菜を使った料理を売っている。店に掲げてある横断幕を見ると、「料理が美味しかった店に投票を!!」と書いてあった。

 面白そうだと思ったが今は何かを食べる気分ではない。人混みに揉まれて早くも疲れたボクは、少しでも人が少なそうな場所を指差してシグノアさんに尋ねてみる。


「あれはなんですか?」


 ボクがそう言って指した指の先では小さな男の子が箱の中に手を入れて弄っていた。その子は箱の中から紙切れを取り出して女性店員に渡し、その代わりにお守りを貰っている。男の子は嬉しそうな顔をして両親と手をつないで店を離れていった。


「あれはくじ引きというものです。箱の中からくじを取り出してそこに書かれたものをくじを引いた人に渡すというものです」

「くじを引くのに意味ありますか?」

「何が出るかわからないという楽しみがあるのですよ。もしかしたらとても高価な物が貰えるかもしれません。そういった運試しのような楽しみ方もあるんです」

「面白そうですね」

「ヴェリドくんもやってみますか?」


 シグノアさんの言葉にうなずき、店員さんに声をかける。ボクが店員さんにお金を渡すと、六つある箱から好きなものを選ぶように言われた。ボクは自分の髪と同じ紫の箱を選び、先程の男の子のように箱の中に手を入れた。

 目の前にある箱は遠目から見ていた時は大きく感じたが、手元に来ると意外と小さい。きっと小さな子供がくじを引いていたから大きく見えたのだろう。


 一番下にあるくじが良いような気がして、箱の中のくじをかき回して下の方にあるくじを掴んだ。くじ同士が擦れる音がして、その音がボクの心を踊らせる。思いの外楽しんでいる自分に驚きながら、心に決めた一つのくじを箱から引き上げた。

 そのくじは三角に折られていて三角形の頂点に糊付けされている。そのくじの外側には心臓と剣が交差しているような紋章が描かれていた。

 思い返せば聖女が着ていた法衣にも同じ紋章が描かれていたような気がする。きっとこの紋章は宗教の紋章なんだと思う。


 ボクは興奮しながらくじを開くと、内側には「6」と書かれていた。


「六って書いてあるんですけど、ボクは何貰えるんですか?」

「おぉ……、お兄さん珍しいですね。六等なんてなかなか出ないんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、うちのくじは六等と一等の確率が同じなんです。去年やった時は一等も六等も出なかったんですから」

「……運がいいのか悪いのかわかりませんね」


 どうやらボクは一等と同じ確率のハズレを引き当ててしまったようだ。店の張り紙を見ると六等が一番低い等級らしい。くじを開ける前まではとても興奮していたのに、くじの結果が喜んで良いのか悲しむべきなのかわからない。


「『天災のちの箱庭』という言葉もあるくらいですから、気に病むことはないですよ」

「その『天災のちの箱庭』ってどういう意味ですか?」

「悪いことがあっても良いことがやって来るって意味です。語源となっているお話は教会の前で語り部さんが話してると思いますよ。気になったら聞きに行ってみてください」

「なるほど、ありがとうございます」

「あっ! お兄さん景品忘れてますよ」

 

 店員さんはお礼を言って店を離れようとするボクを引き止めて、なにか小さな物を手渡してくれた。ボクはくじを引くのが楽しくて肝心の景品をもらうのを忘れてしまった。恐る恐る手渡されたものを見ると、それは小さな頭蓋骨のようだ。

 ボクは本物の頭蓋骨を見たことがないので頭蓋骨に似ているのかはわからない。さわり心地は骨に近いが、軽く小突いてみると思いのほか固く丈夫そうだ。

 また、丁寧に茶色い紐が付いていて、首から掛けられるようにしてある。状態はとても綺麗でどこかが欠けているということはなく変色もしていない。


「……なんだか不気味ですね」

「私のおじいちゃんの家にあったもので、不気味だから早く手放したいって話してたんです。でも縁起が悪そうで捨てるに捨てられなくって」


 確かに、これを捨ててしまえば呪われてしまいそうだ。直径五センチほどの小さなものだが、無下に扱うまいという気になるのもうなずける。

 シグノアさんに首に掛けたらどうだと言ってきた。こんな不気味なものを首から掛けるのは嫌だという気持ちと少しの好奇心が乗ったボクの中の天秤がシグノアさんの言葉で好奇心側に傾く。ボクは言われたとおりに紐を首に通してみる。


 頭蓋骨の首飾りを掛けたら嫌悪感が湧き出るものかと思っていたが、案外大したことはない。むしろボクの心が穏やかになった気がする。

 ボクは首飾りから本来なら感じないはずの温もりを感じる事ができた。この首飾りがボクの元へ来たのはそういう運命なのかもしれない。


 シグノアさんから見ても、手元で見ていたほどの威圧感はないそうだ。ただ、それでも不気味なものは不気味なので服の内側に隠したほうが良いと言われた。

 ボクは服の下に首飾りを下げながら、くじ引きの店員さんに教えてもらったお話を聞くために、祭りの様子を眺めながら街の中心に向かって歩いていく。


 ボク達が教会を視界に捉えたその時、正午を告げる教会の鐘が鳴った。

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