第14話 魔猿の土葬

「すみません、お待たせしました」

「落ち着いたか?」

「お陰様で」


 ボクは森の木々と木漏れ日を眺めていた。木漏れ日の光が涙の溜まる目に染みる。光が涙で散乱し眩しかった。しばらくした後、ボクはガーリィさんに声を掛けた。


「お前さん、足折れてるだろ。足を診せてみな」


 ガーリィさんに促されるままに、ボクは骨が折れているだろう左足を出す。改めて左足を意識すると、違和感と痛みを感じる。見ると足が本来曲がるはずのない向きに曲がってしまっていた。これを見ると無理して戦っていたことがよく分かる。


「これくらいなら魔力での治療はいらないな。少し待ってろ」


 ボクはこれくらいという言葉に違和感を感じた。ガーリィさんは近くの太めの枝を折ってボクの太ももに当てて添え木とした。枝の上から包帯でグルグルと巻いてしっかりと固定する。この状態では歩くのも一苦労だ。


「瘴気での身体強化も体を痛める原因になるから気をつけろよ」

「そうなんですか」

「ああ。体に瘴気を流して無理をさせているわけだからな。さ、そろそろ帰るか」

「ちょっと待ってください」


 ボクの足の手当が終わって帰る前に、ボクにはやりたいことがあった。それはボクが殺した彼らの弔いだ。弔いと言ってもしっかりした形のものではなく簡易的なものだ。本来ならしっかりしたほうが良いのだろうが、本格的なものは詳しいやり方を知らない。


 ボクは彼らが入るための大きめの穴を一つ掘る。左足が折れていて踏ん張りが利かないが、時間を掛けて土を穴から掻き出す。土は粘土質で大変な作業だった。しかしその作業はガーリィさんも手伝ってくれたおかげで思ったより早く終わらせることができた。

 穴を一つにしたのは面倒だったからではなく、死後も彼らが共に在れるようにという願いを込めてだ。ボクの目には彼らは愛し合っている夫婦のように見えた。


 穴の中に二人の死体を優しく運び入れる。飛び散ってしまった内臓や体の一部もできるだけ穴の中に入れた。穴からボクを見つめる目は少し穏やかなものになった気がした。

 次に彼らの足元から順に土を被せていく。土を投げ入れるのではなく、土を死体の上に乗せるように土を被せていった。足元が埋まれば腰回り、腰回りが埋まれば胸元という具合に土をかける。

 首から下が全て埋まって、残るは顔だけとなった。顔に土を被せるのは気が引けるが、躊躇いながらも彼らの顔に土を被せる。


  ボクは彼らを土葬し、胸の前で手を握る。図らずともそれは「救済の儀」にいた聴衆達と同じ姿だった。きっと人は何かを願うときに胸の前で手を握るのだろう。彼らは罪人に罰が下ることを望んでいたのだろうか。

 ふと記憶にないはずの記憶が想起される。その記憶のボクは石畳の上で倒れていた。「救済の儀」で殺された時のボクのように胸元から血が出ているのが見えた。少女はボクの手を握って涙を零しながら、ひどく顔を歪めて何かを伝えようとしている。だが彼女の言葉を聞き取る事はできなかった。驚くべきことに、その少女は聖女に酷似していた。


 静寂に包まれた森は強い風を受けて草木を大きく揺らした。その草木には一般的な植物から魔草まで含まれていた。それは彼らの魂を送り出すようにボクは感じた。


「行きましょう」

「あー、この魔猿を何匹か持って帰りたいんだが、良いか?」

「大丈夫ですよ、何に使うんですか?」


 ガーリィさんは自分が殺した魔猿たちを指さして申し訳無さそうに言った。死体を埋葬した直後にふさわしい言葉ではないと思うが、それは彼女もわかっての言葉なのだろう。


「ここで暮らしてもう数十年経つが、こいつらを見たのは初めてだ。新種が気づかれずにここまで繁殖するのは違和感がある。それ以外にも奇妙な点があるから持って帰って研究したい」


 ガーリィさんが容易く殺していたことから、なんとなく既存種だと思っていたが違うらしい。

 ボクも彼らのことについて知りたいのでガーリィさんの研究に期待して待つことにする。


 ガーリィさんは十体近くの死体から状態のきれいな二体を選んで、紐で縛って背負いやすくしている。表情を変えずにそれを行うガーリィさんを見て、考え方が違うことを改めて感じた。きっとガーリィさんにとって、生物の死は大して大きなものではないのだろう。


「残った彼らはどうするんですか?」

「こいつらは放置していると腐って獣が群れるから処理する。具体的にはある場所に持っていく」

「ある場所って?」

「竜に持っていて食わせてやるんだよ」


 ガーリィさんは口角をあげてニヤリと笑った。先程まで無表情で死体を縛っていたとは思えない顔だ。いたずらが成功したかのような彼女の表情は聖女が見せた表情のようで恐ろしさを感じた。


 竜に食べさせるために魔猿たちをまとめて縛り上げて引きずって移動させる。ガーリィさんに死体を背負うか死体を引きずるかの二択を迫られたので、ボクは迷わずに死体を背負うことにした。

 死体を引きずってこれ以上痛めつけるのは気が引けた。たとえその後に食べられることになっていてもだ。ボクには、彼らにとって自然に還る事が幸せだと信じるしかできない。


 しかし死体を背負うことも決して心地良いものではない。自分の背中に感じていた温もりが段々と消えて、死体が冷たくなっていく。力の抜けた冷たい手足が魔猿たちが死んでいることを意識させる。

 心情的なものとは別に肉体的にも大変だ。左足が折れているせいで上手く歩くことができない。身体強化を使いすぎると良くないと釘を刺されているので、身体強化を使うことも憚られる。

 ボクより多くの死体を運んでいるガーリィさんは疲れている様子はなく、移動の最中にボクのために何度か休憩を挟んだ。


 休憩を含めて一時間ほど歩いたところ竜のもとに着いた。移動の最中に魔獣の襲撃にあったがガーリィさんが無力化してくれた。死体を増やすと処理が面倒ということで魔獣たちは無防備に眠っている。

 なぜ殺さなかったか聞いてみると、魔力で殺すのは体力の消費が激しいらしい。殺したいがお荷物があるから体力は温存しておきたいとのこと。ボクはお荷物と聞いて、自分のことだと申し訳ない気分になった。

 竜はボクと対峙した時は哮っていたのに、今回は静かにしている。この竜はガーリィさんを恐れているようだ。


「この竜、ガーリィさんに怯えてるみたいですけど何したんですか?」

「こいつ――リヴェルは随分前にあたしが殺したんだよ。今はペットみたいなもんだよ」

「すごいですね……」


 リヴェルが持つ再生能力はガーリィさんの能力の一部を引き継いでいるからなのだろう。ボクの魔剣も弟の光剣が元になっているのだろうから、このことは間違いないはずだ。そしてガーリィさんは竜を殺すほどの魔力を持っている。もしかしたらリヴェルもその能力を持っている可能性がある。

 ボクの現在の目標である竜殺しは、とても大きな壁であることを改めて感じさせられる。竜の不明瞭な力を凌駕しなくてはならないのだから。


「お前も餌やりするか?」

「しません」

「こんなに可愛いのにな。可哀想に」


 リヴェルは口を大きく開けて彼らを頬張る。リヴェルのくすんだ茶色の鋭い牙を見て、身体を固くする。彼らをガーリィさんは可愛いと言うが、自分の何倍もあるような竜が自分と同じ大きさの生物を食べている姿を見たら恐怖しか浮かばない。


「餌やり終わりましたよね。帰りませんか?」

「そろそろ帰るか。元気にしてろよ!」


 ガーリィさんはそう言うとリヴェルに向かって手を振りながら別れの挨拶をした。

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