第62話 前世の故郷

 国体から帰宅後すぐに市の新人戦があり、そこで俺は国体で出した以上の記録を出し100m自由形で優勝をした。

 実は水泳の大会で優勝するのは初めての事だった。 水泳界にわずかながら名を刻む事が出来たと少しだけ嬉しかった。

 100mバタフライは決勝で1回目のスタートにフライングが出てしまい、それが気になり2回目のスタートが遅れた事で5位でのゴールとなった。

 ちなみに100m×4のフリーリレーで2位、100mメドレーリレーでは3位で、オルカは400mと800mの自由形で大差で優勝をしたし、坂城も200mで3位、400mで2位を取った。

 1年生からは、残念ながら入賞者は出なかった。


 その後中間テストが終わる頃に早めの寒波が訪れプール納めが行われ水泳部は冬シーズンに突入した。 俺はバスケ部の練習への参加を増やしウィンターカップの予選に向けての練習に勤しむようになった。

 

 また同時期に文化祭が行われた。 水泳部は特に出し物を予定していないので見学で回るだけだ。

 大学の学際の様に露店を開いて外部から人を多く招くようなイベントでは無く、平日に開催される文化祭が中心となった成果発表の場でしかない。 見る事も生徒の自由に任せている事もあって、1日目の朝のホームルームに出て、体育館で行われる校長による開会の挨拶を聞けば、あとは2日間自由に過ごしていいそうだ。帰宅も自由になっているので、興味が無かったらすぐに帰ってしまって2日間自宅で過ごしても良かったりする。


「去年はどこ回ったの?」

「1日目は漫研の冊子をパラパラ読んで、体育館で吹奏楽の演奏と演劇部の劇を鑑賞したあと、パソコン部の自作ゲームを1回触ったよな?」

「うん、その後は中庭でお弁当を食べたあと、家に帰って公園で1on1したよね?」


 ユイは文化祭の面白さを聞きたいようだが、去年、俺とオルカはすぐに飽きて家に帰宅していた。


「2日目は?」

「俺は学校行かず筋トレしたり勉強してたな」

「私はお婆ちゃんのお店の手伝いしてたよ」

「なんだ・・・なんかもっといいもの無いの?」

「科学部と文芸部と絵画部が凄いらしいけど、俺達が興味持つと思うか?」

「サトイモが出ちゃうよ?」

「里芋?」

「里芋の出し物なんかあったかな?」

「えっ? ほら京都で見たテレビで、お笑いの人がつまらない事を「サトイモが出るわ!」って言ってたじゃん」

「そうなんだ・・・」

「・・・もしかしてサブイボの事か?」

「あっ! それそれっ!」

「サブイボって何?」

「関西で鳥肌の事をサブイボって言うんだよ」

「関西の人はつまらないと寒いって感じるみたいで、鳥肌が立つみたいだよ」

「へぇ・・・変わってるね」

「えっ? そうだっけ?」


 比喩表現な気がするけど、俺も関西の人とそれほど接した事ないし、もしかしたらそうなのかもしれないな。


『比喩表現です』


 スミスの憑依体からツッコミが入ったので訂正する事にした。


「関西の人がつまらない事を寒いと表現するのも、鳥肌が立つと表現するのも、体質じゃなく比喩表現だよ、実際には寒くもならないし鳥肌も立たないけどそう表現してるだけなんだ」

「比喩表現?」

「えっと昔に習った気がするけど何だっけ?」

「実際とは違うものに例えて表現する事だよ、速く泳ぐ人をトビウオのようと言ったり、身軽な人を猫のようと言っりするだろ?」

「あっ! 分かった! オルカちゃんの漫画で「このメスブ「ユイ! ストップ!」」」


 なんだろう、ユイの口からとんでも無い言葉が聞こえた気がしたけど、オルカが慌ててユイの口を押さえているので多分俺に聞かせたくない事なのだろう。


 オルカはユイの口だけでなく鼻まで押さえてしまっていたようで、ユイの顔が真っ赤になり手足をバタバタさせたので、オルカの頭にチョップをして解放させた。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・オルカちゃん・・・苦しかったよ・・・」

「ごめん・・・」

「そういう窒そ「ユイ! ストップ!」」


 オルカがまたユイの口と鼻を押さえ、ユイが真っ赤な顔をして手足をバタバタしだしたので、またオルカの頭にチョップをして解放させた。


 ユイはオルカから漫画を借りて読んでいるのは知っていたけど、やめさせた方が良いだろうか。


「ほ・・・ほらっ、去年の文化祭といえば事件があったよねっ? タカシっ?」

「・・・俺たちは見てないけどな・・・」


 オルカはあからさまに話を逸らそうとしていた。 ユイも息を整える時間が必要だろうし、後でユイに聞けば良いかと思い、この場は流す事にした。


 去年の文化祭で起きた事件とは、ゲームの科学部、文芸部、美術部のヒロインが起こした事件の事だ。

 俺達は早々に文化祭から抜け出したので状況が分からないのだけれど、科学部の実験で異臭騒ぎに発展し警察が事情聴取に来た事と、文芸部が官能小説ギリギリの作品を販売して風紀員が一斉突入して没収を行った事と、美術部の展示で見るものに吐き気を催させ嘔吐者続出騒ぎとなり救急搬送まで起きるという事が起きたらしい。


 そんな事があったのに今年も平年通り開催される文化祭って変だなと思う。 俺は学校経営に携わっている訳でも無いし、文化部でも無いし、被害者でも無い。 だから特に声をあげたりはしないけれど、前世ならメディアが学校に詰め掛けて謝罪会見が行われ中止に追い込まれていたのではと思う。


「みんなでどこか出かけようよっ! 私行きたい所があったんだっ!」


 ユイは息を整えている間に何か思いついたようでキラキラした目をして提案してきた。


「それが良いかもな」

「そ・・・そうだねっ」


 俺はただ単にユイの提案に乗っただけだけど、オルカはホッとした顔をしているので話題が逸れて安心したという感じなのだろう。

 そんなこんなで、俺とユイとオルカは文化祭を完全スルーして帰る事にした。


 ユイが思いついたのは、深海のデカいダンゴムシっぽい生き物が話題になった水族館に行きたいというものだった。

 休日は凄く混んでいるという噂になっていやので、話題が落ち着いたら行こうと話していた場所だった。

 その水族館はこの街にある水族館と違い、遠出になるためかゲームのデートスポットにはならない場所だった。 けれどこの街にある水族館より大型でペンギンやアシカやイルカのショーもしている場所なので、実際はこの街でも行く人が多い所だった。

 

 昼食は各々学校に弁当を持って行ったので、それを俺が背負うリュックに3人分入れた。お財布と麦茶を入れた水筒も入れたので買い食いせずとも困らないだろう。

 2人は肩掛けのポーチを持っているので財布やその他もろもろを持って居るようだった。


「出発!」

「オルカちゃんテンション高い!」

「ゆっくり行っても見る時間は充分にあるぞ~」


 時間はまだお昼前で水族館に入館前に食べるぐらいが丁度良い時間になりそうだった。水族館の周辺は海が見える公園のようになっているし、ベンチもあるのでそこで食べれば良いだろう。


 バスで駅まで行き、そこから電車に乗って20分、そこから海岸線を走る電車に乗り換えて水族館に向かう。 海が近づく気配にオルカのテンションがどんどんあがって来る。 俺はこの近辺は前世に住んでいた場所の近くで、そして俺がおぼれ死んだ場所だ。 家や建物や道路の感じは違うのだけれど、海と山だけ切り取ると前世の故郷と同じ場所なので懐かしい気分になる。


「お兄ちゃん変な顔してるよ」

「小学校の頃にもここに来たことがあるんだよ」

「ユイカさんと一緒に?」

「ううん一人でだよ」

「えっ!」

「お小遣い貯めてここに来てみたんだよ」

「遠くない? 何か目的があったの?」

「なんでだろう・・・テレビで見て憧れたのかな?」

「ふーん・・・」


 確かに小学校の時に1人で旅行するには片道3時間はかかる遠い場所ではある。 でも親父が死んで、お袋が働きに出て、学校から帰ると夕飯用にと300円がテーブルに置かれるようになった。 暖かい弁当屋の260円ののり弁や290円のから揚げ弁当を、隣のパン屋の100円前後の総菜パンと60円牛乳に替えれば、2ヶ月ぐらいでここまでの往復が出来るお金を手にする事が出来ると思い至った。

 以前から前世の故郷の周辺が気になって居たので夏休みの期間にこっそり見に行こうと思い至ったのだ。 たとえそれが俺の知っている日本と違っていたとしても故郷に行けば何かあるのではと思ったのだ。 親とキャッチボールした公園とか、兄弟と通っていた公園とか、幼馴染とザリガニ釣りしたドブ川とか、悪友とピンポンダッシュして怒られた古いお屋敷とかそういう奴があると期待したのだ。


 電車の窓から見える海をニコニコした顔で見ていたオルカが、いつの間にか隣にいて俺の顔を見つめていた。


「どうしたの?」

「タカシは時々そういう顔をするよ」

「どういう顔?」

「口元はいつもと同じように笑ってるのに目は笑ってない顔」

「目かぁ・・・きっと懐かしい気持ちになってるんだろうね」

「懐かしい・・・」

「小学校の時の思い出だからね」

「なにわタワーも思い出?」

「なにわタワー?」

「修学旅行の時にタワーが見えた時も同じ顔してたよ」

「憧れてたものが見れたからじゃない?」

「・・・そうなんだ・・・」


 オルカは腑に落ちないという顔をしていたけれど説明しようが無い事なので仕方がない。 前世で見ていたものと形が似ていたからなんて言っても、頭おかしいと言われるだけだ。

 そんな事を話している内に、前世の俺の故郷にあたる場所は過ぎ去っていき、窓から見える景色がなつかしさを感じないものに変わっていった。


「それよりも降りる駅を間違えないようにね」

「はーい」


 前世でも同じ場所に規模は違うけれど水族館が建っていた。 俺が産まれた時からあったかなり古い水族館で、俺が定年し戻って来たときにはリニューアルされていた水族館だ。

 ここは海洋生物を研究するに適した地形なのだと思う。 だから違う世界であるこの日本ででも、同じ位置に水族館が建てられたのだと思う。

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