ep:1-2

 最初は、ただの怒りだった。

 忌々しい事件から5年。20歳になる今日、たまたま母との思い出の森に足を運んだ。屋敷の外からは余り出ることが許されなかった自分の唯一の外出の時間。屋敷近くの森は母と散歩した幼き日の大切な思い出が詰まってる場所。


 それを土足で踏み荒らす者がいたから、ユーリはその怒りの矛先を間違った方向に動かしてしまったのだ。

 拉致監禁という最悪のことに。


「ここは……」


「よお、お目覚め?」


 赤目で白髪ボブヘアの少女が目を覚ます。牢屋の中で、手を縛られて。歳は同じ頃合くらいか?牢屋の外から眺めていたユーリは気軽な様子で声をかけた。

 そんなユーリに少女は不審がる。


「あなたは誰?」


「……おれ?おれはユーリ。おまえをそんな目にあわしてる張本人」


「なんでこんなこと?」


「……金だよ。おまえをどこぞに売り捌いてその金で遊んで暮らすのさ」


 嘘。そんなこと微塵みじんも思ってない。

 しかし少女は恐怖からか少し体が震えていた。ユーリはそれを見て淡々と質問する。


「おまえあの森で何してたの?」


「……私は、珍しい花があるからって聞いて見に行ってた」


 少女の話を聞いて巳早は少し驚く。しかしすぐに目を伏せて、乾いた笑いを漏らした。


「まあ、好奇心が運の尽きだってことだな」


 その言葉だけ吐き捨てるかのように呟いて、ユーリは移動する。

 少女の目が死んでいなかった。活路を見出そうと抗おうとする瞳。逃げ出す勝算でもあるのかと思って、ユーリは今度はおかしそうに笑う。

 逃げるならばどうぞ。今度はこんな蛇に捕まらないようにと皮肉な願いを込めながら、その後の成り行きを静観する。


 無事に逃げ出した少女が屋敷の外に出たところで鉢合わせた。

 その時の驚いている顔がまた笑えた。


「そう身構えるなって。もうおまえが逃げようが興味ないから」


 不思議そうにする少女にユーリが何を思ったのか。引きこもって逃げた自分とは違う前を向く少女に抱いた思い。

 自分が成し得なかった、今更の後悔を……押し付けるかのように、絞り出そうとした声。


「……悪かった」


「え?」


 小さな声は、この後現れたこの国の皇子によって掻き消され、ユーリは頬に拳を喰らう。

 その衝撃と痛みから相手を睨みつけるが、立場の違いから何も言えなかった。


 輝く金髪と碧眼へきがんをもつ我が王国第一皇子レックス・オルキニス。

 ユーリと同年代くらいで、若いのに頭もキレて腕も立つこの国の実力者。

 その男が大事にしていたのが目の前の少女だとはと、ユーリはしくじったと舌打ちする。


 レックスにトワと呼ばれた少女。ああ、この子は独りじゃないのかとまたしても理不尽な妬みを覚えて……その後はそのまま。拉致監禁容疑でお縄につく。


 もう会うこともないだろうなと思いながら、お人好しにもレックスに殴られたこちらの傷を心配するトワにユーリは思わず「なあ」と声をかけた。


「おまえの居場所ってどこよ」


 疑問系で聞かなかったのは、答えを求めてないから。


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